第2話「八つ当たり一対一」
「俺、如月の事が好きなんだ」
如月は俺の渾身の告白を聴いた後、スっと目を細めて
「ごめん。永瀬君の事、そういう風に見てなかった。でも、告白はありがとう......」
........................ですよね。ですよね。
こ、これが普通なんだ。学校一の美少女が俺の告白を受けてくれただけでも十分なんだ。
そう、そう、そう......。
「......ちなみに如月は誰の事が好きなんだ?」
ここまで来たら俺の心を抉ってもらって終わりにしよう。キッパリとケジメを付けるんだ。
「......す、凄いね永瀬君は。......振られて心が痛くならないの......?」
「......もちろん痛いさ。でも、なんとなく分かってたから。ここでズルズル引きずっても格好悪いだけだし、如月の好きな人聞いて諦めようと思ってな......」
俺はもはや投げやりだった。俺の恋は終わったのだ。
数ヶ月の間培ってきた恋は認められなかったのだ。
「やっぱり、凄いね。......私の好きな人はね......」
俺はドキドキする。如月さんの方が恥ずかしいはずなのに......。
そういえば、龍司。手伝ってくれたのに振られたって分かったらどう思うのかな......。
悪いことしたな......。
しかし、俺はこの後思いもよらない事を耳にする。
それは、如月の口から発せられた一言。
俺を地から地獄へ叩き落とす一言。
「私、巽君の事が好きなの......!」
「えっ......」
龍司?なんで?
アイツ彼女いるだろ?
「もちろん、巽君に彼女がいることは知ってる。でも、いつの間にか好きになっちゃってた。彼には恋人がいるから告白しても振られるに決まってる。永瀬君はこんな状況でも勇気を振り絞って凄いなって......」
俺を気遣う言葉なんて耳に入ってこない。
それよりも何故龍司なんだよ!
「なんで龍司なんだ?」
「私、バレー部だからたまにバスケ部の練習が見えるの。その時の姿に惚れちゃった」
俺は呆然とするほかなかった。
もちろん怒りは沸く。ただ、それは龍司に向けて良いものか。
「じゃ、じゃあね。これからも友達として宜しく......ね」
如月は俺に一言告げ、屋上から去る。
屋上に吹く風は俺だけを通り過ぎる。
「あはは............」
1人で苦笑するが、内心はもっと酷いものだった。
何がバスケの姿に惚れただよ......。
だったら............。
俺は屋上からある場所に向かって飛び出す。
向かう先は――
「おう、佑か。どうだったんだ?」
「なあ、龍司」
「なんだ?そんな暗い顔して。失敗したのか?」
「俺と一対一で勝負しろ!」
――俺は体育館に来ていた。
八つ当たりなのは分かってる。でも、何もせずには居られなかった。
「いいけど、手加減はしねえぞ?」
「願い下げだ」
ルールは一点先取に決まった。
もちろん、試合後の疲れた龍司VS体力は有り余っている俺。
ボールも俺が持ってスタートだ。
しかし、相手は高校一年でスタメンを獲得。対して俺は――
「いいんだな?」
「ああ」
龍司は俺の良い親友だ。俺の辿ってきた道なんて全て知っている。
ダンッと龍司にバウンドパスをして返される。
スタートだ。
「なんだアイツは?」
「さあ?知らない」
観客はかなり居た。先程の試合のだが。
「あ、私知ってる。あの子ってたしか......」
――元バスケ部員。
中学時代、俺は龍司と同じチームだった。
全国大会出場経験があるほど有名でもあった。
「今はやってないらしいがなんでだ?」
「そこまでは知らないな」
周りは一切の緊張のない会話を繰り広げるなか、コート内は熱気が溢れていた。
右からも左からも突破出来ない。
当然だ。俺には数ヶ月分のブランクがある。
フェイントも全て見切られている。これではどうしようもない。
「どうした?お前の実力はこんなもんだったのか?」
「ああ、こんなもんさ。ブロックの1人も抜く事出来ないまでに落ちぶれた......」
このまま体力勝負に持ち込まれると圧倒的に有利なのは龍司だ。
早めに決着をつけなければ......。
そう思えば思うほど焦りを感じる。
そして、この白熱した戦いを見物している者は皆、龍司の応援へと化していた。
同時に勝負の状況も龍司へと傾いていく。
そんな時......
「巽君頑張れー!」
数ある応援の中からある1人の声が聞こえる。
如月芽衣。
そりゃ当然だ。好きな相手なんだから。
でも、俺も女々しい奴だ。
振られた相手の声だけを脳が一瞬で区別した。
その勢いに押されてか、俺は一歩龍司から遠のく。
どうせ、負ける。なら、格好付けて終わらせよう。
俺はコートのハーフライン辺りからロングシュートを放つ。
もし、これが入ったらまだ如月の事は諦めないでいよう。外れたら諦める。
少し前に諦めたはずなのだが。
恋とは恐ろしいものだ。
俺の放ったボールは放物線を描く。
龍司は目を大きく見開いたまま、視線はその軌道へ吸い込まれる。それはまた観客も同じく。
入るわけない。絶頂期ですら入るかどうか怪しいラインなのに。
しかし、龍司の口からは真逆の言葉が発せられる。
「俺の負けか、やっぱりお前には敵わないな」
ストン、とゴールと華麗に挨拶する。
体育館はしんと静まる。応援対象であった龍司が負けたのだ。俺もさっさと去ろう。
その時、
パチパチパチと拍手。
その音はどんどん大きくなり。いつしかガラスが割れそうなくらいに鳴り響く。
「やっぱり凄いわ、佑は。......もう1回始める気ないか?」
「......考えておく」
◇◆◇
「それで俺に挑んできたわけか」
俺はあの後、龍司と一緒にファミレスに訪れていた。
「ごめん、完全な八つ当たりだ」
いつか如月にも謝らないといけない。龍司にバラしてしまったのだから。
「残念ながら俺は如月に告白されてもNOだな。俺は舞奈が一番だもんで」
舞奈とは龍司の彼女、天谷舞奈である。俺は彼女を見た事はないが、その存在は誰もが知る。
なんてったって大人気龍司の彼女なのだ。
「はいはい。惚気は受け付けんよ」
「ははは......それにしても困ったな。まさかあの如月が俺を好きだなんて。モテる男は辛いねえ......」
言葉とは裏腹にかなり神妙な面である。
「しかも、惚れた理由がバスケの姿だとさ。もう1回始めようかな」
と、自虐を交えつつ空気の重さをはぐらかす。
「歓迎するぜ」
龍司はニヤリと口角を上げる。
いつも思う。俺と龍司の性格はかなり似ている。
しかし、どこかアイツには勝てない気がする。
◇◆◇
翌日、特に昨日のことは考えず、登校する。
周りから視線を感じるがスルー。
にしても、筋肉痛がひどい。久しぶりの運動だったからだろうか。
さらに眠い。立って歩くのがこれほど難しいのは初めてだ。
ボーッと教室へ向かっていると――
「きゃっ!」
――同学年であろう女生徒にぶつかってしまった。これは完全に俺が悪い。
「すみません、大丈夫ですか?」
俺は一言かけるが、ぶつかった相手は、いえこちらこそすみません、と素っ気なく言って足早に去る。
忙しかったのであろうと俺も特に意識はしなかった。
後にこの少女と大波乱があることも知らずに......