第六章 迫る悪意②
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感謝を込めて今日はもう1話投稿しようと思っています!
燦と月子が通う、私立瑠璃城学園。
そこもまた、幼き引導師たちを育てる学び舎だった。
エルナたちが通う星那クレストフォルス校にも並ぶ名門であり、創立時期としては、国内でも最も古い学校になる。
燦たちは、そこの初等部に通う六年生だった。
そしてまさに今、彼女たちは授業の真っ最中だった。
巨大な壁に覆われた校門から遠く離れた校庭。何重にも警護、隔離され、外部からは覗き見ることも出来ないその場所で。
体操着を着た燦は、ふらふらと校庭を歩いていた。
だが、散策している訳ではない。
今は模擬戦の最中だった。それもクラス対抗の団体戦だ。
「火緋神が一人でいるぞ!」
「行くよ! あの子を倒せば勝てる!」
そう言って、一組の少年少女が駆けてくる!
「来たれ、風の精霊!」
少年が叫ぶ!
その右腕には、風が渦巻いていた。
「渦巻く嵐よ! 風の王の息吹よ! 我が進軍に立ち塞がりし者を駆逐せよ!」
それは拙いが、言霊を用いた術の強化だった。
初等部から中等部二年ぐらいまでは、言霊は意外と好んで使われるのである。
ともあれ、ちょっとノリノリの轟風は、燦へと襲い掛かる!
「大いなる七つの星よ!」
少女も言霊を用いて叫んだ。
彼女は、刀身に七つの宝玉が埋め込まれた木剣を手にしていた。
「我が命に従い、悪しき宿業を撃ち抜け! 貪狼! 巨門!」
宝玉の二つが輝き、光弾となって燦へと飛翔する。
それらを燦は一瞥し、
「……うっさい」
ボソリ、と呟いた。
その目は完全に据わっていた。
そして、
「――うっさああああああいッ!」
燦は叫んだ!
途端、彼女の全身から雷光が迸った。
次いで、火柱が上がる。敵味方含めてそこに居た全生徒がギョッとした。
「さ、燦ちゃん!」
体術のみで巧く攻撃を捌いていた月子も目を見開く。
燦を覆った高い粘性を持つ火柱は、徐々に形を変えていった。
巨大な掌を持つ長い腕が生え、短い尻尾も生える。
丸くずんぐりむっくりとしたシルエット。
足が極端に短く、跳ねて動くような姿だ。
全高は二メートルほどか。最後に、二本の小さな角がちょこんと伸びた。
現れた炎の怪獣は、全身からバチバチバチと雷を放つ。
これが燦の――火緋神家の系譜術。
個人差はあるが、全身に炎雷を纏う術だ。
その名も《炎奉衣》。
まさしく太陽の衣である。
ただ、燦の場合はまるで巨大な着ぐるみのようだったが。
だが、愛らしい姿であっても、その防御力と攻撃力は絶大だ。
撃ち出された風も光弾も、炎の着ぐるみにあっさり吸い込まれてしまう。
「う、うわっ!」「マジか! 火緋神がキレたッ!?」
戦々恐々となる生徒たち。
もう敵味方関係なく動揺していた。教師まで腰が引けている。
そんな中、炎の着ぐるみは巨大な両手を天にかざした。
『……あたしを』
一拍おいて、
『――抱っこしろおおおおおおッ!』
あまりに無茶な願いを叫ぶ。
直後、着ぐるみが大きく口を開き、そこから火球が次々と生み出された。
まるで火山弾――火山の噴火だ。
そして、火山であるがゆえに、それらは平等に周辺に飛び散った。
「うわああああッ!?」「や、やめろ!? 迷惑女!?」「誰か止め――うわああッ!?」
子供たちは、もはや逃げ惑うだけだ。
「さ、燦ちゃん!? 落ち着いて!?」
そんな中、月子が叫ぶ。
しかし、相棒の声も今の燦には聞こえないようだ。
『あたしをォォ……』
一度だけ火山弾を止めて、
『抱っこしろおおおおおおおおおおお―――ッ!!』
「「「ええええッ!?」」」
さらに噴出される火山弾。
「さ、燦ちゃん!?」
月子は青ざめた。
「そこまで抱っこ欠乏症だったの!?」
『うええええええんっ、おじさあああああああん!』
今度は、泣き声まで上げ出した。
いや、泣いているのは燦だけではない。子供たちも泣いていた。
教師まで涙目だ。
かくして。
子供の泣き声が響き渡る戦場と化した校庭だった。
……………………………。
…………………。
……………。
めっさ叱られた。
放課後。燦は肩を落として下校していた。
足取りは重い。背負ったランドセルさえも重そうだ。
隣には、困った顔の月子が並んで歩いている。
彼女たちは名家の娘だ。普段なら山岡さん――月子の後見人でもある老紳士が、車で迎えに来てくれるのだが、それも今日は断った。燦が歩きたいと願ったからだ。
二人は、多くの人で賑わうショッピングモールに来ていた。
気分転換で来たのだが、燦の表情は暗いままだった。
(うわあ、燦ちゃん……)
月子は、内心では頬を強張らせていた。
これはもう完全に恋煩いだ。
月子にはまだ恋の経験はないが、流石にこれは分かる。
御前さまも仰っていた。
こうなると、もうその人に逢いたくて逢いたくて仕方がなくなると。
(……燦ちゃん)
月子は眉をひそめる。
しかし、あのおじさまはどこにいるのか分からない。
それどころか、名前さえ知らないのだ。
(どうすればいいんだろ?)
頭を悩ませる。と、
「……昨日」
燦が、ポツリと呟く。
「おじさんと会ったの」
「え?」
月子は目を丸くした。
「おじさまと会えたの!?」
「うん。夢の中で」
「あ、夢の中……」
月子は、少し残念そうな表情を見せた。
燦は言葉を続ける。
「あたしもう大喜びで、無茶苦茶抱っこしてもらったの。それだけじゃなくて、おじさんの肩をカプッと噛んだり、ほっぺにチューしたりして……」
「あ、う、うん。そう」
意外と大胆な内容に、月子の頬に朱が差す。
「そしたらね。気付いたら、おじさんが私のほっぺを両手で押さえてたの。おじさん、すっごく真剣な眼であたしを見てて。あたしも凄くキュンキュンして、きっと、これは目を閉じるのが正しいんだって思って……」
「……え?」
月子の顔が、さらに赤くなった。
うなじまで赤くして「そ、それは」と視線を逸らし、明らかに動揺する。
「けど、それで目を閉じたら、次に開いた時にはおじさんがいなくなってて……」
「あ。そこで夢から覚めたんだ」
月子がそう言うと、燦は「ふぐうゥ」と唸った。
唇を尖らせて下を向いている。今にも泣きだしそうな顔だった。
月子は「あわわ!」と動揺した。
「さ、燦ちゃん!」
だから、こう提案した。
「これから、おじさまを探しに行こう!」
「……え?」
燦は顔を上げた。やはり目尻には涙が溜まっていた。
月子は、燦の両手を取った。
「逢いたいんでしょう? だから探しに行こう」
「け、けど……」
燦は困惑する。
「あたし、おじさんの名前も知らないんだよ?」
「うん。だからまず『百貨店』に行こう」
月子は微笑む。
「もしかしたら、そこで逢えるかもしれない。そうでなくても、おじさまを知っている人がいるかもしれない。それでダメなら……」
月子は、あごに指先を当てた。
「あのおじさまは、きっと電雷系のかなり強い引導師だと思うから、その筋で当たればいつか辿り着けるかもしれないよ」
「……つきこおォ」
燦は、くしゃくしゃと表情を崩した。
「……ありがとおォ、うん。あたし、探すよおォ」
「うん。私も手伝うから」
月子は天使のように微笑む。
燦は「つきこおォ!」と叫んで月子に抱き着いた。
月子は、目を細めて燦の頭を撫でる。
「頑張ろ。燦ちゃん」
「うん。あたし、頑張る。あたしの未来の旦那さまを探し出すよォ」
グスグス、と鼻を鳴らす燦。
「え? えっと、もうそこまで考えているんだ……」
と、少し頬を強張らせる月子。
ともあれ、しばらく燦は月子に甘えていたのだが、
「あ、そうだ」
不意に顔を上げて、背中のランドセルを手に取った。
次いで、中から小さな紙袋を取り出す。
燦はニパッと笑って、それを月子に差し出した。
「これ、あげる」
「え? これは?」
月子は受け取った紙袋に目をやった。
柔らかい手触り。どうやら中に何か入っているようだ。
「ようやく完成したの」
元気を取り戻した燦は、腰に手を当ててそう告げる。
「これは月子の霊具。月子のためだけの霊具だよ」
「え?」
月子は目を丸くした。
燦は説明を続ける。
「こないだ『反羊反』を手に入れたでしょう? あれを使って造ったの」
「へえ。そうなんだ……」
月子は、まじまじと紙袋を見やる。
「それがあれば月子の戦い方は大きく変わるはずだよ。後で使い方教えるね」
「うん。分かった。ありがとう。燦ちゃん」
月子は微笑んで、紙袋を自分のランドセルにしまった。
「じゃあ、燦ちゃん、行こうか」
「うん。行こう月子」
言って、二人は手を繋ぐ。
目的地は『百貨店』だ。二人は歩き出した。
――だが、その時だった。
「……残念だが、その予定は変更してもらおうか」
不意に、背後から声を掛けられた。
燦たちは振り返る。
恐らく、この瞬間だったのだろう。
二人がずっと目指していた未来。
これまでの日常に終止符が打たれたのは。
「……火緋神燦。蓬莱月子」
幼き夢の終焉を、その男は告げる。
「悪いが、俺たちの招待に応じてもらおうか」




