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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第3部 『太陽と月の姫』

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第六章 迫る悪意②

いつも読んでいただき、ありがとうございます!

総合2000pt、ありがとうございます!

感謝を込めて今日はもう1話投稿しようと思っています!

 燦と月子が通う、私立瑠璃城学園。

 そこもまた、幼き引導師たちを育てる学び舎だった。

 エルナたちが通う星那クレストフォルス校にも並ぶ名門であり、創立時期としては、国内でも最も古い学校になる。

 燦たちは、そこの初等部に通う六年生だった。

 そしてまさに今、彼女たちは授業の真っ最中だった。

 巨大な壁に覆われた校門から遠く離れた校庭。何重にも警護、隔離され、外部からは覗き見ることも出来ないその場所で。 

 体操着を着た燦は、ふらふらと校庭を歩いていた。


 だが、散策している訳ではない。

 今は模擬戦の最中だった。それもクラス対抗の団体戦だ。


「火緋神が一人でいるぞ!」


「行くよ! あの子を倒せば勝てる!」


 そう言って、一組の少年少女が駆けてくる!


「来たれ、風の精霊(シルフィード)!」


 少年が叫ぶ!

 その右腕には、風が渦巻いていた。


「渦巻く嵐よ! 風の王の息吹よ! 我が進軍に立ち塞がりし者を駆逐せよ!」


 それは拙いが、言霊を用いた術の強化だった。

 初等部から中等部二年ぐらいまでは、言霊は意外と好んで使われるのである。

 ともあれ、ちょっとノリノリの轟風は、燦へと襲い掛かる!


大いなる七つの星よマグヌム・セプテントリオン!」


 少女も言霊を用いて叫んだ。

 彼女は、刀身に七つの宝玉が埋め込まれた木剣を手にしていた。


「我が命に従い、悪しき宿業(カルマ)を撃ち抜け! 貪狼(ドゥーベ)! 巨門(メラク)!」


 宝玉の二つが輝き、光弾となって燦へと飛翔する。

 それらを燦は一瞥し、


「……うっさい」


 ボソリ、と呟いた。

 その目は完全に据わっていた。

 そして、


「――うっさああああああいッ!」


 燦は叫んだ!

 途端、彼女の全身から雷光が迸った。

 次いで、火柱が上がる。敵味方含めてそこに居た全生徒がギョッとした。


「さ、燦ちゃん!」


 体術のみで巧く攻撃を捌いていた月子も目を見開く。

 燦を覆った高い粘性を持つ火柱は、徐々に形を変えていった。

 巨大な掌を持つ長い腕が生え、短い尻尾も生える。


 丸くずんぐりむっくりとしたシルエット。

 足が極端に短く、跳ねて動くような姿だ。


 全高は二メートルほどか。最後に、二本の小さな角がちょこんと伸びた。

 現れた炎の怪獣は、全身からバチバチバチと雷を放つ。 


 これが燦の――火緋神家の系譜術(クリフォト)

 個人差はあるが、全身に炎雷を纏う術だ。


 その名も《炎奉衣(ジ・プロミネンス)》。

 まさしく太陽の衣である。


 ただ、燦の場合はまるで巨大な着ぐるみのようだったが。

 だが、愛らしい姿であっても、その防御力と攻撃力は絶大だ。

 撃ち出された風も光弾も、炎の着ぐるみにあっさり吸い込まれてしまう。


「う、うわっ!」「マジか! 火緋神がキレたッ!?」


 戦々恐々となる生徒たち。

 もう敵味方関係なく動揺していた。教師まで腰が引けている。

 そんな中、炎の着ぐるみは巨大な両手を天にかざした。


『……あたしを』


 一拍おいて、


『――抱っこしろおおおおおおッ!』


 あまりに無茶な願いを叫ぶ。

 直後、着ぐるみが大きく口を開き、そこから火球が次々と生み出された。

 まるで火山弾――火山の噴火だ。

 そして、火山であるがゆえに、それらは平等に周辺に飛び散った。


「うわああああッ!?」「や、やめろ!? 迷惑女!?」「誰か止め――うわああッ!?」


 子供たちは、もはや逃げ惑うだけだ。


「さ、燦ちゃん!? 落ち着いて!?」


 そんな中、月子が叫ぶ。

 しかし、相棒(バディ)の声も今の燦には聞こえないようだ。


『あたしをォォ……』


 一度だけ火山弾を止めて、


『抱っこしろおおおおおおおおおおお―――ッ!!』


「「「ええええッ!?」」」


 さらに噴出される火山弾。


「さ、燦ちゃん!?」


 月子は青ざめた。


「そこまで抱っこ欠乏症だったの!?」


『うええええええんっ、おじさあああああああん!』


 今度は、泣き声まで上げ出した。

 いや、泣いているのは燦だけではない。子供たちも泣いていた。

 教師まで涙目だ。

 かくして。

 子供の泣き声が響き渡る戦場と化した校庭だった。

 ……………………………。

 …………………。

 ……………。

 めっさ叱られた。

 放課後。燦は肩を落として下校していた。

 足取りは重い。背負ったランドセルさえも重そうだ。

 隣には、困った顔の月子が並んで歩いている。

 彼女たちは名家の娘だ。普段なら山岡さん――月子の後見人でもある老紳士が、車で迎えに来てくれるのだが、それも今日は断った。燦が歩きたいと願ったからだ。

 二人は、多くの人で賑わうショッピングモールに来ていた。

 気分転換で来たのだが、燦の表情は暗いままだった。


(うわあ、燦ちゃん……)


 月子は、内心では頬を強張らせていた。

 これはもう完全に恋煩いだ。

 月子にはまだ恋の経験はないが、流石にこれは分かる。

 御前さまも仰っていた。

 こうなると、もうその人に逢いたくて逢いたくて仕方がなくなると。


(……燦ちゃん)


 月子は眉をひそめる。

 しかし、あのおじさまはどこにいるのか分からない。

 それどころか、名前さえ知らないのだ。


(どうすればいいんだろ?)


 頭を悩ませる。と、


「……昨日」


 燦が、ポツリと呟く。


「おじさんと会ったの」


「え?」


 月子は目を丸くした。


「おじさまと会えたの!?」


「うん。夢の中で」


「あ、夢の中……」


 月子は、少し残念そうな表情を見せた。

 燦は言葉を続ける。 


「あたしもう大喜びで、無茶苦茶抱っこしてもらったの。それだけじゃなくて、おじさんの肩をカプッと噛んだり、ほっぺにチューしたりして……」


「あ、う、うん。そう」


 意外と大胆な内容に、月子の頬に朱が差す。


「そしたらね。気付いたら、おじさんが私のほっぺを両手で押さえてたの。おじさん、すっごく真剣な眼であたしを見てて。あたしも凄くキュンキュンして、きっと、これは目を閉じるのが正しいんだって思って……」


「……え?」


 月子の顔が、さらに赤くなった。

 うなじまで赤くして「そ、それは」と視線を逸らし、明らかに動揺する。


「けど、それで目を閉じたら、次に開いた時にはおじさんがいなくなってて……」


「あ。そこで夢から覚めたんだ」


 月子がそう言うと、燦は「ふぐうゥ」と唸った。

 唇を尖らせて下を向いている。今にも泣きだしそうな顔だった。

 月子は「あわわ!」と動揺した。


「さ、燦ちゃん!」


 だから、こう提案した。


「これから、おじさまを探しに行こう!」


「……え?」


 燦は顔を上げた。やはり目尻には涙が溜まっていた。

 月子は、燦の両手を取った。


「逢いたいんでしょう? だから探しに行こう」


「け、けど……」


 燦は困惑する。


「あたし、おじさんの名前も知らないんだよ?」


「うん。だからまず『百貨店(ストア)』に行こう」


 月子は微笑む。


「もしかしたら、そこで逢えるかもしれない。そうでなくても、おじさまを知っている人がいるかもしれない。それでダメなら……」


 月子は、あごに指先を当てた。


「あのおじさまは、きっと電雷系のかなり強い引導師だと思うから、その筋で当たればいつか辿り着けるかもしれないよ」 


「……つきこおォ」


 燦は、くしゃくしゃと表情を崩した。


「……ありがとおォ、うん。あたし、探すよおォ」


「うん。私も手伝うから」


 月子は天使のように微笑む。

 燦は「つきこおォ!」と叫んで月子に抱き着いた。

 月子は、目を細めて燦の頭を撫でる。


「頑張ろ。燦ちゃん」


「うん。あたし、頑張る。あたしの未来の旦那さまを探し出すよォ」


 グスグス、と鼻を鳴らす燦。


「え? えっと、もうそこまで考えているんだ……」


 と、少し頬を強張らせる月子。

 ともあれ、しばらく燦は月子に甘えていたのだが、


「あ、そうだ」


 不意に顔を上げて、背中のランドセルを手に取った。

 次いで、中から小さな紙袋を取り出す。

 燦はニパッと笑って、それを月子に差し出した。


「これ、あげる」


「え? これは?」


 月子は受け取った紙袋に目をやった。

 柔らかい手触り。どうやら中に何か入っているようだ。


「ようやく完成したの」


 元気を取り戻した燦は、腰に手を当ててそう告げる。


「これは月子の霊具。月子のためだけの霊具だよ」


「え?」


 月子は目を丸くした。 

 燦は説明を続ける。


「こないだ『反羊反』を手に入れたでしょう? あれを使って造ったの」


「へえ。そうなんだ……」


 月子は、まじまじと紙袋を見やる。


「それがあれば月子の戦い方は大きく変わるはずだよ。後で使い方教えるね」


「うん。分かった。ありがとう。燦ちゃん」


 月子は微笑んで、紙袋を自分のランドセルにしまった。


「じゃあ、燦ちゃん、行こうか」


「うん。行こう月子」


 言って、二人は手を繋ぐ。

 目的地は『百貨店』だ。二人は歩き出した。

 ――だが、その時だった。



「……残念だが、その予定は変更してもらおうか」



 不意に、背後から声を掛けられた。

 燦たちは振り返る。

 恐らく、この瞬間だったのだろう。

 二人がずっと目指していた未来(モノ)

 これまでの日常に終止符が打たれたのは。



「……火緋神燦。蓬莱月子」


 幼き夢の終焉を、その男は告げる。


「悪いが、俺たちの招待に応じてもらおうか」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 抱っこ欠乏症は可愛いです。耐えられるならですが [一言] もしもし、ポリスメンて通報しなきゃ(使命感)
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