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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第3部 『太陽と月の姫』

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第六章 迫る悪意①

 そこは、星々が瞬く世界。

 全面が流れ星で満たされた空間だ。

 けれど、それらは本物の夜空ではない。

 星々は世界に散らばる『端末』。流星は『回線』を表す。

 ここは電脳空間。いわゆるネット世界をイメージ化したものだった。


『……う~ん』


 その世界で、雷の体躯を持つ巨大な羊が唸っていた。

 従霊の一体。金羊である。

 彼の傍らには、数百体の小さな金羊が集まっていた。

 この無限の世界を駆け抜ける金羊の分身体だ。


『……マジで候補がいないっス』


 長から命じられた肆妃の選別。

 それは、遅々として進まなかった。


『……はァ』


 思わず溜息が零れる。

 壱妃から参妃までが順調すぎたのだ。

 そして、あの子たちのおかげで、肆妃のハードルが跳ね上がってしまった。


『魂力は最低でも180以上。容姿は……まあ、引導師は綺麗な子が多いからいいっスけど、年齢は二十二歳以上。しかも、しがらみの少ない子っスか……』


 そんな人物がいるのだろうか?

 金羊は頭を悩ませた。


『せめて年齢制限だけは解いて欲しいっス。そしたら……』


 そう呟いたところで思い出すのは、赤い髪の少女だ。

 あの少女は、まさに逸材だった。

 もしかしたら、彼女の世代は、エルナたち以上の黄金世代なのかもしれない。


『う~ん、あの子の周辺をちょいっと調べてみるっスかね~』


 そんなことを考える。

 あの子以外であの子に近い逸材がいれば、年齢以外はクリアできる可能性がある。

 それを材料に長を味方につけられれば、ご主人との交渉も可能かもしれない。 


『それに、やっぱり気になるっスからね』


 金羊は顔を上げた。

 あの娘――燦を肆妃に迎えることは出来ない。

 金羊自身の心情的にも抵抗がある上、ご主人の説得はまず無理だろう。

 ただ、気になるのは火緋神家。

 そしてあの家が保有していたという神刀――《火之迦(ひのか)具土(ぐつち)》。


 かつて、ご主人を追い詰めた神威霊具。

 恐らくは、最強たるご主人の命に届く唯一の刃だ。


 あの危険な霊具は、果たして今も現存しているのだろうか……。


『…………』


 金羊は、双眸を細めた。

 真刃に仕える従霊の一体。金羊。

 彼には前世――人間としての記憶はない。

 これに関しては、他の従霊たちも同じだった。

 従霊としての特性……というよりも、これは死者としての特性だった。


 人は死ぬと輪廻の輪へと戻る。

 しかし、すぐに転生する訳ではない。


 生前の記憶を失い、微睡のような意識だけを残して、ただただ宙空を漂うのだ。


 声も出せない。

 何も出来ず、どこにも行けない。

 眠ることさえも出来ないのである。


 ただ、世界の中を漂うだけ。


 それは、途方もない苦痛だった。

 まさしく停滞の牢獄である。

 そうして、心が摩耗しきって意識が消えた時、初めて転生できるのである。


 それには、およそ百年かかると言われている。

 だが、それは、あくまで平均的な年月だった。

 意志の強い者は、百年経っても解放されないことが多い。

 今いる従霊たちは、等しく百年以上、停滞の地獄の中で存在し続けた者たちだった。

 中には数百年の者さえもいる。


 ――果たして、自分はいつ転生できるのか。

 ――その時、自分の心はどうなっているのか。


 恐怖と絶望、終わらない孤独が、常に胸の裡を灼いていた。

 そんな彼らを救ってくれたのが、真刃なのである。

 そういった者にほど、彼の声はよく届くのだ。 

 あの無間の牢獄の中で聞こえた彼の呼びかけに、どれほど救われたことか。

 多くの同胞たちに囲まれた今が、どれほど幸せなことか。


 従霊たちは、誰もがご主人に感謝していた。

 ゆえに、その忠義心は揺るがないのだ。


 だからこそ、見過ごせなかった。


(……仮にあの霊具が今も現存していて)


 金羊は、想像する。


(……火緋神家が、今もご主人の討伐を考えていて)


 今の状況から鑑みると、あり得ない。

 けれど、可能性だけならば、あり得ること。


(……すでに『彼女』が死んでいても、あの娘がいる……)


 新たなる、火緋神の娘。

 魂力においては『彼女』さえも大きく上回る娘。

 間違いなく、神刀に適合できるであろう赤い髪の少女。


(……あの子が、ご主人に刃を……)


 元気いっぱいなあの子の笑顔が脳裏をよぎる。

 ……馬鹿馬鹿しい考えだとは思う。

 だが、その可能性は、ないとは言い切れないのだ。

 何より、先代の『彼女』は、その道を選んだではないか。


『……そうっスね』


 その可能性がある以上、看過も出来ない。

 もはや肆妃候補など関係なかった。


『……あの娘。今の火緋神家の内情を探ってみるっスか』


 金羊は呟く。

 従霊たちの情報の要。それが自分だ。

 近代戦においては、情報こそが最も強力な武器である。

 まずは、今代の火緋神の娘。燦の素性。

 そして《火之迦(ひのか)具土(ぐつち)》。

 あの神刀の所在は、何としてでも確認しておきたい。


『よし!』


 金羊は決断した。


『ちょいっとあの娘を探るっス! いくっスよ! チビたち!』


『『『メエエェェエェェッ!』』』


 小さな金羊たちは、一斉に鳴いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  金羊の独界とも言える電脳世界の表現。 [気になる点]  金羊が神刀の在処を気にしてましたが、自分は『杠葉は神刀《火之迦具土》を通して神に何を願ったのか』が気になる。  ①「敵を滅ぼせ」…
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