表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第3部 『太陽と月の姫』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/502

第三章 太陽の娘。月の少女③

 その日。真刃は上機嫌だった。

 時刻は四時を少し過ぎた頃。場所は繁華街。

 個人店舗だけでなく、百貨店なども並ぶ大規模な繁華街だ。

 真刃は、平日であっても人通りが多いその道を一人で歩いていた。

 流石に鼻歌までは口ずさんでいないが、かなり上機嫌なのはすぐに分かる。

 

 それもそのはず。

 真刃は、ずっと楽しみにしていたとある催事(イベント)に参加してきたばかりなのだ。

 

 その名も『全国缶コーヒー試飲会』。

 名前からすると、全国のご当地缶コーヒーでも紹介するような内容にも聞こえるが、要は各メーカーの新商品や、期間限定予定の品の試飲会だった。


 真刃としては、実に満足できる催事だった。

 エルナたちと一緒に出かけては色々と止められそうだったので、今日はこっそり一人で出かけた。流石に猿忌だけは付いてきているが、猿忌は口を挟めても、顕現しない限り物理的に止めることは出来ない。


 そうして催事会場に着いた時、その品揃えに、真刃は思わず感嘆の声を零した。 

 しかも、どれもこれも名品ばかりだった。 

 流石は各メーカーが力を入れて開発した新商品。まさに力作揃いだ。


『おお……これは何とも……』


 渡された缶コーヒーを手に、喉を唸らせる真刃。

 デザインもまた秀逸だ。このパイプを咥えた髭男シリーズはお気に入りだった。コーヒー缶の収集も趣味にしている真刃の部屋には、この髭男たちが大勢滞在していた。この新商品も販売され次第、すぐに買おうと心に決めた。


 真刃は、催場を散策する。

 各メーカーのブースごとに用意された、缶コーヒーの新商品。

 それらをすべて、じっくりと堪能した。

 まるで小宇宙から小宇宙へと旅をしているような気分だった。まあ、宇宙旅行など果たしてどんなものなのか、大正時代を生きた真刃には想像もつかないのだが。

 ともあれ、今日ばかりは、缶コーヒーは一日三本までという約定も取っ払わせてもらった。 

 真刃にとっては、大変大満足な一日であった。


『……主よ』


 ボボボ、と宙空に出現するなり、猿忌は嘆息した。


『……情けない。隠れてこのような催事に赴くとは』


「黙れ。猿忌よ」


 真刃は、小さな声で反論する。


「缶コーヒーは(オレ)の趣味だ。こういった遊び心は必要なものだぞ」


『……それは否定せんが……』


 猿忌はかぶりを振った。 


『何も妃たちに隠さんでもよいだろう。我らが王としては情けない姿だ』 


(オレ)はお前たちの主人ではあるが、王ではなかろう。どちらかと言えば貧民の出だぞ」


 と、真刃が言う。

 事実、幼少時は一日の食事もままならない日もあった。

 成人を迎えた後も、このような嗜好品を口にすることは稀だった。


「根が貧乏性である(オレ)だが、たまには贅沢をして羽目を外したいのだ」


 と、言い訳もする。

 猿忌としては、深い溜息をつくだけだ。

 たまの贅沢が缶コーヒーの試飲会なのだから、それも情けない気がする。

 そうこうしている内にも、真刃の足は進んでいく。

 真刃は駐車場に向かっていた。ここまでは自動二輪車で来たのだ。

 真刃は余韻に浸りながら、帰宅するつもりだった。


「……ん?」


 と、その時だ。

 真刃は、おもむろに足を止めた。

 そこはビル同士に挟まれた、少し狭い路地裏だった。

 そこから独特の雰囲気を感じたのだ。

 それは、霊感の強い引導師でなければ気付けない空気だ。


『……ほう。ここは』


 猿忌も目を細めた。


『……この独特の趣。もしや「裏市」か』


「……ああ。そのようだな」


 真刃は頷く。


 ――『裏市(うらいち)』。今代における名称は『百貨店(ブラックストア)』。

 大正時代にも存在した、全国各地にある引導師御用達の市場である。

 引導師を証明するⅠDによる会員制の場所であり、昔は露天商が並ぶような風景だったが、今は一つのビルを貸し切り、その呼び名の通り『百貨店』となっている。

 今は特殊な霊具であってもネットで購入が可能な時代だが、大量生産の市販品ならばともかく、掘り出し物となると、こういう場所でしか手に入らないものだ。

 真刃もエルナの案内で近場の『百貨店』には行ったことはあるが、この場所は初めて来た。


「これもまた、缶コーヒーの導きか」


『いや。そんな導きはないだろう』


 真刃の呟きに、猿忌がツッコみを入れる。

 しかし、こうして見つけたのは、何かの運命だろう。

 真刃は路地裏に足を向けた。


『寄るのか? 主よ』


 真刃を追って尋ねる猿忌に、真刃は「ああ」と答えた。


「缶コーヒーの導きはともかく、昔からこういった偶然からの出会いは、掘り出し物が見つかりやすいものだ。エルナたちへの手土産もあるかもしれん」


『ふむ。そうだな』


 猿忌は真刃の横に並びながら、あごに手をやった。


『確かに一理あるな。しかし、人擬きを自称する主だが、紫子や「あの女」の時といい、意外と妃に対してはまめなところがあるな』


「……五月蠅い」


 真刃は渋面を浮かべた。 

 そうして、一つのドアの前に立つ。

 ドアの横には、スマホを読み取る小さなリーダーがあった。

 真刃はスマホを読み取り機(リーダー)にかざし、


「金羊」


『ういっス』


 スマホに憑依する金羊が答えて、モニターにQRコードを表示させた。

 途端、カチャリと鍵が開く音がした。

 真刃はドアノブを掴み、ビル内に入った。

 そうして、


「……相変わらず」


 その光景に、真刃は内心で驚く。


「時代の進化とは、凄いものだな」


 そこには、まさに百貨店の光景が広がっていた。

 入口こそ裏口のような形だったが、内部はまるで違う。開かれた店舗が幾つも並び、上階へと続くエスカレーターも見える。来店者の数も百貨店並みだ。多くの来客たちが店員と談話や交渉をしている。場所によっては、猿忌のような式神の姿もあった。


(ここにいる人間、すべてが引導師なのか)


 真刃は、目を細めながら歩を進めた。

 昔の裏市も人は多かった。活気づいていたことは記憶に残っている。

 しかし、ここまでの規模ではなかった。

 店内に目をやると、治癒薬から普通の衣服に模した特殊な装備。刀剣まで。中にはアプリ化した術の売買までしているようだ。売買されている物も実に多様化されている。


(……本当に様変わりしたものだ)


 初めて裏市に訪れた日を思い出す。

 あの時には親友と、二人の少女が傍にいた。


『真刃さん! 行きましょう!』


 その内の一人、紫子の声を思い出す。

 もし、彼女がこの光景を見たら、どれほど喜んだことだろうか……。


『ちょっと! 真刃! 真剣に選んでよね!』


 ……いや、むしろ、もう一人の少女の方が面白い反応を見せそうだった。

 少しだけ口元を綻ばせて、真刃は足を止めた。

 目の前には、百貨店の店舗案内が記されていた。


「……ふむ」


 あごに手をやる。

 九階まである階層。その店舗名に目を通していく。

 そして、


「まずは、ここから出向いてみるか」


 そう呟いて、真刃はエスカレーターへと足を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  真刃、とても楽しそう。まあ、動く死体を相手に斬った張ったをする日常に比べれば缶コーヒーの新商品を飲んで楽しむ方が健全なのは確か。  術をアプリ化して売買--違法コピー対策は万全なのだろう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ