第二章 見定める男①
「……ふ～ん」
薄暗い部屋の中で。
ソファに座ったその男は、目の前のＰＣのモニターに目を落とし、双眸を細めた。
年齢は二十代前半ほどか。
黒髪に黒い瞳。少し痛みが激しいコートを身に纏い、熱せられた刃で斬りつけられたような跡を残す潰れた左目を持つ隻眼の男だ。
さらに左手首には、アタッシュケースを手錠で繋いでいる。
その姿からして不気味だが、それ以上に放つ雰囲気が異様な人物だった。
「これは、これは」
片目を鋭く細める。
「なかなか、綺麗どころが揃っているネエ……」
そこには、数人の少女の情報が映し出されていた。
年齢。学年。容姿から系譜術。魂力の量。
奇しくも、とある従霊が集めた情報と同じようなものが記されている。
「で、お前のお薦めはどの子ヨ」
男は仰け反るように後ろに目をやった。
そこには、黒いスーツを着込む筋骨隆々な大男がいた。
いや、その大男だけではない。そこには数人の男が集まっていた。
全員が二十代前半の青年ばかりだ。
「上位三名」
そんな中、問われた大男が、ボソリと呟く。
「十五番。十九番。八十八番だ」
「おう。ＯＫヨ」
傷の男は、マウスを動かして検索した。
そして「おおう」と感嘆の声を上げた。
「こいつはまた、すっげえ綺麗な子たちだナ。魂力も大したものだ」
傷の男は、再び仰け反って大男に視線を向けた。
「この銀髪ちゃんはハーフかい？」
「いや、留学生らしい」
「ふ～ん」
傷の男は興味なさげに呟く。
「引導師の世界も、いよいよグローバル化の時代だナ。まあ、それはさておき、こっちのお嬢ちゃんなんだが……」
傷の男は、リストアップされた三人の内の真ん中の少女に目をやった。
三人の中でも最も高い魂力を持つ人物。
凛とした顔立ちの、白いリボンで髪を結いだ少女だ。
「………似てるナ」
ボソリ、と呟く。
「それは俺も思った」大男が告げる。「魂力の高さからリストアップしたが、どうする？」
「……外しナ」
傷の男は「ふん」と鼻を鳴らして告げた。
「あの人と関係あるとは思えねえが、あの人に似た姿を壊すなんざ俺には出来ねえヨ」
「……そうか」
大男はどこか不満そうな顔を浮かべるが、すぐに頷いた。
「さテ」
傷の男は、再びＰＣのモニターに視線を向けた。
「そんじゃあ、候補はこの銀髪ちゃんと、こっちの短髪の黒髪嬢ちゃんでいいカ？」
と、大男に尋ねた時だった。
「それがよ！ 聞いてくれよ！ 王！ ボス！」
唐突に、キンキンと耳に響く声が室内に響いた。
振り向くと、そこにいたのは髪を金髪に染めた痩せぎすの男。
鼻や耳、唇から瞼に至るまで。
これでもかというぐらいに、顔中にピアスを付けた男だった。
よく見れば、舌先にまでつけている。
「何だよ」
傷の男は、渋面を浮かべた。
「いきなり大声を出すなヨ。鞭。つうか、俺をボスって呼ぶナ」
不快そうに告げる。
「俺の……俺らのボスは、あの人だろ」
言って、自分の左目に手を添えた。
「そんなことよりよ！」
鞭と呼ばれたピアス男は憤慨した。
「俺もその三人が最有力だと思ってよ！ 調べたんだよ！ そしたらよ！」
鞭は、バリバリと頭をかきむしって天井を見上げた。
「こいつら全員、同棲してる野郎がいんだよ！ それも同じ男だ！ こいつら、そいつの隷者なんだよ！ 全員がもう貫通済みなんだよ！」
「………はァ？」
傷の男――王は目を丸くした。
「いや、こいつら日本でいうＪＣってやつなんだろ？ 十代前半だろ？ マジカ？」
「マジなんだよ！ ああ、くそがッ！」
鞭は、その場で地団駄を踏んだ。
「候補は一人でいいんだろ！ 三人とも攫って二人は俺が貰うつもりだったのに！」
「いや待て。何故、お前にやらねばならんのだ？」
大男が嘆息した。
「うっせえな！ そんぐらいの役得はいいだろ！ 女は初物が一番なんだよ！ 混乱や恐怖、屈辱とかさあ！ そんな感じに染まった顔が最高なんだよ！ そんで相手がよがりつくまで遊びまくって隷者にする！ それが引導師だろ！ それが楽しいんじゃねえか！」
大男は渋面を浮かべた。
「相変わらず、最低の趣味だな」
「うっせえよ！ 互いの主義には文句を言わねえのが、俺らのルールだろうが！」
鞭は泡を飛ばして叫んだ。次いで額に青筋を立てて、
「そもそもだ！ 今回、俺は乗り気じゃねえんだよ！ あの女の我儘のせいで、わざわざこんな国にまで来る羽目に――」
と、鞭が叫びかけた時だった。
「……あの女ってのは誰のことだ？」
途方もなく冷たい声がした。まるで室内の温度が数度下がったような冷徹な声だ。
大男は目を瞠り、鞭は全身を硬直させた。
沈黙をもって控えていた他の男たちも一気に青ざめる。
「……鞭」
「お、おう……」
鞭は喉を鳴らした。
声の主である王は告げる。
そっと、右手でアタッシュケースに触れてから、
「てめえの趣味に口出しする気はネエ。所詮、俺らは外道だ。好きに生きろ。だがナ」
眼光だけで鞭を射抜いた。
「あの人は、俺の唯一のボスだ。俺の女神だ。侮辱は二度と許さねえゾ」
「す、すまねえ……」
あまりの圧に大量の汗を流す鞭は、全身を震わせて謝罪した。
「二度とボスを侮辱しねえ。許してくれ」
「……ああ」
王は破顔した。
「分かってくれたならそれでいいヨ。それより崩」
「……何だ？」
大男――崩が王に視線を向けた。
王は、うんざりした様子でソファの背もたれに腕を乗せた。
「悲しくなるナ。こいつら、名家のお嬢なんだろ？ 平和ボケした日本のガキなんだろ？ 俺らが育ったスラムじゃあるまいし、貞操観念とかねえのかヨ？」
「……引導師にそれを求めるのも難しいだろう」
崩は渋面を浮かべた。
が、すぐに面持ちを改めて。
「それよりどうする？」
「仕方がネエ」
王は渋面を浮かべた。
「重要なのは魂力の高さと、純潔であることだ。対象年齢をもっと下げるゾ。調べてくれ。それと儀式もここで済ます。準備をしておいてくれ」
そこで王は鞭の方に視線を向けた。
「鞭」
「お、おう？ 何だ？」
未だ緊張した面持ちで鞭が返答する。
王は苦笑を浮かべた。
「そう緊張すんなヨ。ビビらして悪かった。無理に出張させたのは俺だしナ。気に入ったのがいたら一人ぐらいなら攫ってもいいゾ。今回の戦利品ダ」
「いやいや。次の狙いってＪＳなんだろ？ 流石にそこまでガキは……」
少し緊張が解れたのか、鞭も苦笑を零した。
王は「ははは」と笑った。
「さテ」
そうしてひとしきり笑った後、王は双眸を細める。
「そろそろ仕事をするカ。我らがボスのために」
