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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第2部 『炎の刃と氷の猫』

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第八章 怪物たちは躍る③

「……貴様は」


 真刃は氷壁を一瞥してから、八夜に視線を向けた。

 少年は、グイグイと腕を解しながら、こちらへと歩いてきた。


「随分と刹那的に動くのだな。何が狙いだ?」


「いや、狙いも何も」


 八夜は、ニコニコと笑った。


「宣言通りだよ。お兄さんとお姉さんに死んで欲しいんだ」


阿呆(あほう)が。死ねと頼まれて死ぬ奴もいないだろう」


 真刃は、呆れた口調で吐き捨てる。


「己は、貴様の父と話しに来ただけだぞ」


「う~ん、それが一番まずいんだよ」


 八夜は肩を竦めて、かぶりを振った。


「お父さんは、きっとお兄さんを気に入るはずだ。もう大喜びするよ。だからまずいんだ」


 そこで、真刃を見据えて告げる。 


「ボクはね。七奈ちゃんは、ボクが幸せにするって決めているんだ。それには、お兄さんがいると、とても困るんだよ」


「……七奈?」


 真刃は眉根を寄せる。人の名前のようだが、聞き覚えはない。


「誰だ? それは?」


「世界一可愛いボクのお嫁さんだよ」


「……そうか」


 会話が全く成り立っていない。真刃は渋面を浮かべた。

 ただ、少し驚きもあった。

 目の前に立つ、自分によく似た少年。

 この怪物のような少年にも、幸せにしたいと願う誰かがいるようだ。


(……とはいえ、だ)


 真刃は、右手を八夜にかざした。


「貴様の事情はよく分からんが、いずれにせよ、貴様を放置すると、刀歌に危害を加えることだけは確実のようだな」


 それを許容するつもりはない。


「猿忌よ」


 従霊の長の名を呼んだ。

 すると、ボボボと鬼火が現れ、それは大地へと吸い込まれた。

 一瞬後には、地面から炎を噴き出す岩の熊が現れ出た。

 大地を依り代にした時の猿忌の姿だ。


「己に牙を」


『御意』


 猿忌は応える。途端、岩の巨熊はガラガラと崩れ、岩塊が真刃の右腕へと収束される。

 数秒後には、真刃の右腕は炎を噴き出す、岩の巨腕と化していた。

 その姿に八夜は「わあっ!」と声を上げた。


「改めて見ると本当に凄いね! お兄さん! その姿、本当にお父さんの言っていた『久遠真刃』みたいだ!」


「…………」


 真刃は無言だ。こればかりは何と返せばいいのか分からない。

 代わりに、巨腕の拳を固めた。

 一方、八夜は満面の笑みを浮かべていた。


「それが『従霊』か。転生を待つ死者の魂を精霊化させた存在。お父さんは『久遠真刃』の独界(オリジン)だって言ってたけど、系譜術(クリフォト)みたいに受け継ぐことも出来たんだね」


「……独界(オリジン)?」


 真刃は反芻した。またしても聞いたことのない名称だ。

 すると、八夜は笑いながら答えた。


「うちの造語だよ。独自の世界って意味だよ。例えばさ」


 八夜は手をかざした。直後、右腕を覆って氷の刃が生み出される。


「ボクのこれも独界。系譜術じゃないよ。世界にだって干渉できる、魂に刻まれた根源の力。ボクは『凍結』の根源を持っているんだ」


「……また大層な話だな」


 真刃が呟く。


「魂の根源だと? どうしてそんなものが世界に干渉できる?」


「う~ん、詳しいことは、ボクにもよく分からないけどさ」


 八夜は、左手で頬をかいた。


「研究所の人の話だと、魂力って人間だけのものじゃないんだって。微少だけど動物にも、物質にさえも宿っているんだって。『万象とは魂力という泥で創られた造形物なのだ』とか、所長さんは決め顔でいつも語ってたなあ」


「………」


 真刃は眉をひそめる。それは初めて聞く話だった。 


「世界は魂力で出来ているから、莫大な魂力を使えば世界の形は上書きできるんだ。封宮(メイズ)や事象操作、上級我霊の結界領域もその一種だって。そして独界はその上位能力ってこと」


 八夜は、さらに話を続ける。


「君のご先祖さまである『久遠真刃』も独界の持ち主だった。前にお父さんが言ってたよ。『久遠真刃』が独界の最大顕現を行う時、そこには強大な『象徴(シンボル)』が現れていたって」


 一拍おいて、


「別名、『象徴化身シンボリック・ビースト』とも呼ばれる怪物。《千怪万妖(センカイバンヨウ)骸鬼(ガイキ)ノ王》。大昔、帝都っていう街を壊滅にまで追い込んだ巨大な怪物こそが、彼の『象徴(シンボル)』だった」


「………」


 その台詞にも、真刃は無言だった。


(……あれが、己の世界の象徴だと?)


 内心で眉根を寄せるが、同時に腑にも落ちる。

 久遠家に伝わる本来の系譜術は、符を用いた式神だ。

 従霊はそれに似ているので、系譜術が変質して継承されたのだろうと、勝手に思い込んでいたのだが、真実は違っていたのかもしれない。

 しかし、そうだとしたら、自分の象徴が示す根源とは一体……。


『……主よ』


 その時、岩の右腕――猿忌が語りかけてきた。


『気を取られるのは分かるが、今は眼前の敵に注意せよ』


「……分かっておる」


 真刃は、小さな声で応えた。

 改めて岩の巨拳を強く固めると、 


「まあ、ボクの話は又聞きだし、詳しくはちんぷんかんぷんだけどね!」 


 片手を氷剣にした少年は、にぱっと笑った。

 本当によく笑う少年だった。

 少年は、トントンとステップを踏み始めた。


「もちろん、ボクも象徴を持っているよ。多分、お兄さんもだよね」


「……さあな」


「ふふ、隠さなくてもいいよ。じゃないと『真刃』の名前は継げないだろうしね。けど、いきなり象徴同士でぶつかり合うのも大味すぎるかな。うん。お兄さん」


 少年は双眸を細めた。

 初めて、彼の表情から笑顔が消える。


「まずは、軽くウォーミングアップでもしようよ」


 そう告げた直後、少年の姿が消えた。

 地を蹴り、跳躍したのだ。次の瞬間には真刃の目の前にいる。間合いを詰めた少年は、氷剣を振り下ろした!

 ――ガギンッッ!

 真刃は、岩の巨腕で氷の刃を受け止めた。

 刃と岩は拮抗するが、真刃は強く地面に踏み込んで、巨腕を振り抜いた。

 体重の軽い少年は吹き飛ばされる。が、クルクルと猫のように地面に着地した。


「やっぱり凄いね。お兄さん」


 八夜は、楽しそうに目を細める。


「鋼鉄よりも硬いボクの氷剣を、正面から受け止めて弾くなんてね」


「……やれやれだな」


 一方、真刃は、小さく嘆息して呟いた。


「全く面倒な相手を用意してくれたものだ。総隊長殿は」


 双眸を細める。


「どうやら、あの男に問い質さなければならんことが増えたようだな」

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