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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第2部 『炎の刃と氷の猫』

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第七章 対談⑦

(……何とも凄い屋敷だな)


 場所は変わって、天堂院家の本邸。

 刀歌は、巨大な木々が並ぶ道を歩きつつ、そう思った。

 まるで社へと続く参道。

 それを思わせる大樹が並ぶ道を、すでに十分ほど歩いていた。


 この時、刀歌は、ジャージ姿ではなかった。

 ここに来る前に一度、彼女の実家に戻り、今は自分の制服に着替えている。

 トレードマークである白いリボンも髪に復帰し、予備の刀の柄も手にしていた。

 家に帰るなり、刀真が大泣きしたのだが、刀歌は弟にすまないと思いつつも、すぐに実家から出た。下手に父や母に見つかると面倒だったからだ。


 ともあれ、準備は万端であった。


(……主君)


 刀歌は、前を歩く真刃の背に目をやった。

 彼もまた、服を着替えている。

 黒い紳士服だ。下ろしていた前髪も上げていた。

 刀歌の実家に寄った後に、フォスター邸にも寄ったのだ。

 この服は、予備の服とか言っていた。


(うわぁ……)


 改めて見る主君の凛々しい姿に、刀歌はときめいたものだった。

 彼の背中にしがみついて、バイクでここに来るまでの間は、ドキドキしっぱなしだった。

 ここまで異性に心を揺さぶられるとは、一日前の自分では考えられなかった。


(……主君。私の旦那さま)


 こっそり彼の背中に頬ずりしていたのは、刀歌だけの秘密だ。

 正直、心地良くはあるが、今は気を引き締めなくてはならない。

 何故なら、ここは敵の総本山とも呼ぶべき場所なのだから。


「もうじき参道を抜けます」


 刀歌たちを先導する天堂院家の者がそう告げた。

 本当にここは『参道』と呼ばれているらしい。

 その宣言通り、不意に視界が開けた。

 奥に幾つかの屋敷が見える、広大な日本庭園が目に入った。


「……無駄に広いな」


 ポツリ、と真刃が呟く。刀歌も同感だった。

 天堂院家の本邸の敷地は、山二つ分もあるらしい。 

 遠くに見える最も大きい屋敷も本邸ではない。関所とでも呼ぶべき従者の屋敷らしい。 

 ここまで広いのなら、車でも使えばいいのにと思っていたら、


「関所まで行けば、本邸までの車をご用意できます。もうしばしご辛抱を」


 刀歌の心情を察したのか、従者がそう告げてきた。

 刀歌は少し足を速めて、真刃と並んだ。


「……主君」


 刀歌は、真刃の横顔に目をやった。


「主君は、天堂院家の者と面識があるのか?」


「当主である天堂院九紗とはな。多少の因縁がある」


 真刃はそう答えた。

 それから、刀歌を一瞥し、


「すまん。詳しい説明は後でしよう。今はここが敵地である認識だけを持っていてくれ」


「ああ、分かっている」


 刀歌は頷いた。


「主君の話は今夜にでも聞こう。その、夜伽の時にでもな」


 少し視線を逸らして、刀歌は頬を染めた。

 一方、真刃は顔を引きつらせた。


「いや、あのな、刀歌」


「ただ、そのな!」


 真刃の言葉を遮って、刀歌は真剣な眼差しで真刃の顔を見つめた。


「主君がエルナとかなたのことも大切にしていることはよく分かる! け、けど、私はまだ新参だし、エルナたちほどには、まだ慣れていない……と思う。だから、しばらく夜伽の順は、その、馴染むまで少し優先的にして欲しいというか……」


「……いや。だから待て。刀歌」


 真刃がますますもって頬を引きつらせるが、刀歌は聞いていない。 

 刀歌は、かなり興奮気味に、両手を胸の前で固めて告げる。


「そ、その、まずは今夜、改めてリテイクを! 刀歌、今度はちゃんと頑張るから! 色々と憶えて、早く馴染むように頑張るから!」


「………刀歌」


 真刃は、深々と嘆息した。

 それから、コツンと刀歌の頭を叩く。

 刀歌は、両手で頭を押さえた。


「その話も後でするからな。それよりも……」


 真刃は、すっと双眸を細めた。

 その視線は、庭園の一角に向けられていた。


「分かっておるな。刀歌」


「ああ。当然だ」


 刀歌もそちらに目をやり、こくんと頷く。

 彼女の表情は、真剣なものに切り替わっていた。


「あいつは、私にとっても、忘れられない相手だしな」


「……そうか。しかし、いずれ遭うとは思っていたが、意外と早かったな」


 真刃は呟く。二人は足を止めていた。


「……? どうかされましたか?」


 二人が足を止めたことに気付き、先導する従者が振り返った。

 そして、二人の視線の先に彼も目をやった。


「……あ」


 思わず呟く。

 そこには、庭園にある広い池の前で佇む少年がいた。

 黄金の髪が印象的な少年だ。

 少年は、豆まきのように、鯉の餌を盛大に撒いていた。

 バシャバシャバシャ、と水面が騒いでいる。

 ――と、


「あれ?」


 おもむろに、少年が振り向いた。

 蒼い眼差しが、大きく見開かれる。


「――え? ホントっ!」


 その瞳を輝かせた。


「驚いた! これは本当に驚いたよ!」


 そして手に持っていた鯉の餌の袋を、丸ごと池に放り捨てた。

 袋が池に着水する前に、少年は走り出していた。

 真っ直ぐ真刃の元に。


「お兄さん! お兄さんっ!」


 満面の笑みを見せて、少年は叫ぶ。


「良かった! 本当にまた遭えたね!」

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