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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第2部 『炎の刃と氷の猫』

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第六章 魂が繋がる夜①

 ――ガツガツガツ、と。


 刀歌は、凄い勢いで食事を口に運んでいた。

 炒めたレバーとホウレン草を箸で掴み、口にする。

 時折、マグロの刺身にも箸を向けた。

 決して行儀が悪い訳ではない。むしろ美しい箸遣いだ。

 正座した姿勢も真っ直ぐで品がある。

 ただ、食べる速度だけが逸脱しているのだ。

 その様子を正面から見つめて、エルナは頬を引きつらせていた。


「食事で血を補うなんてマンガみたい」


「ですが、これ以外に手段もありません」


 と、何故かホクホク顔で血色の良いかなたが言う。

 エルナとかなたと刀歌。

 彼女たちはセーフハウスの一室。丸いテーブルを囲んで、揃って正座をしていた。

 黙々と食事をする刀歌を、エルナとかなたが見物しているような光景だ。

 真刃から連絡を受けてエルナが駆けつけたのが十分前。 

 その時には刀歌はすでに食事に入っており、かなたはそれを見物していた。

 ちなみに、レバーとホウレン草の炒め物は、猿忌が調理器具に憑依して用意した。

 その頃のかなたは我儘モードに入っていたため、調理どころではなかったからだ。


 ともあれ、こうしてエルナ=フォスター、杜ノ宮かなた、御影刀歌。

 壱妃、弐妃、参妃が一堂に会したのである。


 そうしている内に、刀歌が、コクコクとコップに入った水を上品に呑み干した。


「……ふう」


 刀歌が、小さな息を零す。


「助かった。ようやく少し落ち着いた」


 なお、彼女は今、かなたのジャージを着ていた。かなたが持ってきた服だ。刀歌が着ると袖がやや短く、胸が少し窮屈そうだった。

 壱妃にも、参妃にも負けて、かなたは少しだけ不満だった。なお、エルナはかなたと同じセーラー服。その上に、黄金の龍が刺繍された蒼いジャンパーを着込んでいる。

 閑話休題。


「……あなたは」


 かなたが、刀歌に問う。


「本当に、真刃さまの隷者(ドナー)――参妃となったのですか?」


「うん。その通りだ」


 刀歌は、自分の豊かな胸をぽよんと叩いた。

 ふふん、と鼻を鳴らす。


「そう。私は今や主君の隷者であり、猿忌の言うところの参妃なのだ」


「…………」


 その台詞には、エルナも沈黙する。

 どうしてこうなったのか。

 ほんの数時間前には、彼女とはコイバナをしていた。

 その時は、好きな男などいないと言っていたのに。


「私こそ驚いたぞ。まさか、エルナとかなたの主が主君だったとはな」


「いや、確かにそうだけど、ちょっと待って」


 エルナは、手を前に突きだした。


「刀歌、あれだけ《魂結び》を嫌ってたじゃない。どうして隷者になる気になったの?」


「そうです」かなたも続く。「何故いきなり方針を変えたのです?」


「ああ、それは……」


 刀歌は苦笑を浮かべた。


「率直に言えば、私があの人に負けたからだ。生涯最強の一撃を容易く防がれてしまった。あの人は私よりも遥かに強い。だから隷者になった」


「……え?」エルナが目を瞬かせる。「何それ?」


 どうして真刃と刀歌が戦うことになったのか?

 ここに到着したばかりで、エルナはまだ事情をほとんど聞いていなかった。

 かなたも眉をひそめていた。事情をあまり知らないのは、彼女も同じだった。

 知っている事実は、猿忌から聞いた刀歌が参妃になったことだけだった。

 そもそも、今回の事情を刀歌から聞くために、二人はここにいるのだ。

 刀歌は「はは」と笑う。 


「色々あってな。不敬にも未来の主君に挑んでしまったのだ。だが、その敗北は決め手ではない。私が自分の信念を曲げてまで、あの人の隷者になったのは……二つの理由からだ」


 そこで、彼女は遠い眼差しを見せた。


「一つは、あの人がとても優しかったから。そしてもう一つ。私には明日の保証などないのだと思い知ったからだ」 


「え?」「………」


 エルナが目を剥き、かなたは怪訝そうに眉根を寄せた。


「……誠実な人だと思った」


 刀歌は、少し声に熱を帯びさせて言葉を続ける。


「私のことを本当に気遣ってくれていることが分かった。とても強くて優しい人。私は、あの人の優しさに強く惹かれた」


 瞳を閉じる。


「……それを自覚した時、私は、ふとひいお爺さまの言葉を思い出したのだ」 


「……お爺さんの言葉?」


 エルナが反芻する。

 刀歌は、ゆっくりと瞳を開いて「ああ」と頷いた。


『自身よりも強者に立ち向かうことも、愛しい人の腕の中に飛び込むことも、同等の勇気と決意がいるものだ』


 刀歌は、曽祖父の言葉を告げた。


『もし、お前にそのような者が現れたら、自分の心に問いかけよ。己が心の奥にある望みを。そして自分の心が分かったのなら、迷わないことだ』


 ――その人が明日もいるとは限らないのだから。

 曽祖父は、そう言っていた。


「一度だけ。一度だけ、ひいお爺さまはそんなことを語っていた。武人で名を知られるひいお爺さまらしからぬ言葉だったので、よく憶えている。ひいお爺さまは、きっと、女である私を気にかけて、そのような言葉を残してくれたのだろう」


 刀歌は、微かに口元を綻ばせた。


「だから、私は自分の心に問いかけた。私があの人をどう感じているのか。私自身はどうしたいのか。それを自分自身に尋ねたのだ」


「……その結果が?」


 エルナが神妙な声で尋ねると、刀歌は「うん」と頷いた。


「私はこの出会いを運命だと思った。そして死にかけたことで、私が明日も生きている保証なんてどこにもないのだと知った。だから今、あの人の腕の中に飛び込む決意をしたのだ」


 刀歌の言葉に、エルナは少し瞳を細めた。


「……明日の保証なんてない」


 小さな声で反芻する。


「……そうですか」


 かなたもポツリと呟いた。 

 明日の保証などどこにもない。  

 それは、不遇の人生を送ってきたかなたも共感できることだった。

 だからこそ、今の生活に幸せを抱いていることも。

 少しだけ、かなたは刀歌を受け入れた。

 エルナもまた、共感している。


 ――が、次の台詞に、二人は凍り付くことになる。


「まあ、そもそも、私は愛する人に剣と純潔を捧げると決めていたしな。はは、どうにも順序が逆になってしまったな」


「「……………………………………え」」


 エルナとかなたが、目を瞬かせて声を零す。

 一方、刀歌は、自分の腹部を両手で押さえて、頬を赤く染めた。 


「その、《魂結び》があんな感じだったとは思わなかった。痛かったけど、凄くふわふわして、最後の方はもう凄く熱くて、その、私の中に、とても沢山のものを注がれたのを自覚した。もしかしたら、私はすでにあの人の……」


 そう呟いて、赤い顔のまま、慈しむように自分のお腹を撫でた。

 数瞬の間。

 エルナとかなたは硬直していた。 


 ――が、


「――刀歌! あなた、お師さまと《魂結び》をしたの!?」


 バンッ、とテーブルを強く叩いてエルナが身を乗り出した。

 刀歌はギョッとした。


「え? それは当然だろう? だって、私はあの人の隷者なのだから」


「う、うそ……し、しかも、エッチありきの……」


「い、いや……」


 刀歌は、人差し指を軽く噛んで顔を逸らした。


「その、ずっと夢心地で、その時の記憶は曖昧なのだが、感じからして多分……」


 カアアアアっと、視線を前髪で隠しつつ、耳まで真っ赤にする。

 エルナは「う、うそ……」と、その場で崩れ落ちた。


「わ、私だって、まだなのに……」


 今にも泣きだしそうな顔でそう呟くと、

 ――スウッ、と。

 立ち上がる者がいた。かなたである。

 何やら、彼女は闘気のようなものを背に揺らめかせていた。

 そして、かなたは巨大なハサミを両手に持ってジャキンッと鳴らした。

 刀歌が「え?」と目を見開き、エルナがかなたを見やる。


「か、かなた?」


「……少々」


 かなたは、かつて見たこともないぐらいの冷たい目で、エルナに答えた。


「これから真刃さまに、お尋ねしてきます」


「……そうよね」


 エルナも目尻の涙を拭いた。そして、力強く立ち上がる。


「まずはそこを聞かなきゃ。もし事実なら」


「はい。相応の対応を」


「真刃さんには反省してもらうけど、まずは私からでもいいよね?」


「もちろんです。私は弐妃ですから。ですが、やはり私も今夜中には」


「うん。明日の保証なんてどこにもない! そこはちゃんと真刃さんに頼むから安心して」


 そんなことを言いながら、エルナとかなたは部屋を出ていった。

 残された刀歌は、状況が全く分からなかった。


「え? 結局、何だったのだ?」


 ――新たなる第参の妃。

 しかし、まだまだ新参で、何かと憶える必要がある刀歌であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 鈍感系主人公と一言足りない主人公は混ぜるな危険
[一言] うう…ひいおじぃ…おばあちゃんかわいいー
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