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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第2部 『炎の刃と氷の猫』

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第五章 参妃、推参!①

 その時、かなたは入浴を終えたばかりだった。

 ポカポカとした様子で、寝間着代わりのジャージを着込んでいる。

 少し濡れた髪を指で梳いて、彼女は自室にてベッドに腰を下ろしていた。

 肩には、いつもの赤蛇を乗せている。


『今日も長湯だったな。お嬢』


「……うるさい」


 と、赤蛇の台詞に、ぶっきらぼうに答えるかなた。

 その頬が微かに赤らんでいるのは、湯上がりのせいばかりではない。 

 以前のかなたは、カラスの行水だった。

 入浴中は隙に繋がる。そのため、シャワーだけで済ますことも多かった。

 しかし、このフォスター邸に来てからは、しっかり入浴するようになっていた。

 正確に言えば入浴時間は短い。しっかりと体を洗うようになったのだ。


 ――そう。いつあの人に命じられても応じられるように。


 かなたは、やや赤い顔のまま、自分の胸元に片手を置いた。


(とりあえず、私は大切には思われている)


 そのことにホッとする。

 こないだは、久しぶりにあの人に我儘を言ってしまった。

 膝の上抱っこを、ねだってしまった。

 あの人は困った顔をしつつも応じてくれた。

 不機嫌なかなたの頭を、何度も何度も撫でてくれたのだ。


 本当にホッとした。

 ただ、今朝の件を経て、少し考える。


 ――エルナ=フォスター。

 妃の長である壱妃。


 何とも凄い寝間着(ネグリジェ)だった。

 それに比べて、今の自分の姿は何だ?


「…………」


 無言のまま、眉をひそめる。

 色気の欠片もないジャージ姿。

 この姿を見て、あの人はどう思うだろうか……。


(……うん。明日にでも)


 かなたは静かに頷いた。 


(買いに行こう。決戦用寝間着(ネグリジェ)を)


 強く決意する。と、その時だった。

 不意に机の上が震動した。

 マナーモードにしてあるスマホの振動だ。

 かなたが手に取ると、真刃からの電話だった。


「……もしもし」


 かなたは即座に出る。

 すると、スマホから愛しい人の声が聞こえてきた。


『かなたか?』


 真刃の声だ。かなたは「はい」と答えた。


「どうかされましたか? 真刃さま」


 そう尋ねるかなたに、


『緊急事態だ』


 真刃は率直に答えた。


『エルナにもかけたのだが繋がらん。エルナはどうしている?』


「エルナさまは、今は入浴中のはずです」


 フォスター邸では決まった入浴順はない。手が空いたものから入浴するのだ。

 真刃は『そうか』と呟いた。


『体格的にはエルナの方が近いと思ったが、まあ、かなたでも問題ないだろう』


 と、前置きしてから真刃は告げる。


『己は今、秘匿拠点――セーフハウスだったか? その一つにいる』


「……セーフハウスですか?」


 かなたがそう尋ねると、真刃は『そうだ』と答えて、そのセーフハウスの場所を告げた。


『そこにお前の予備の服を持ってきて欲しい。己の服も適当に持ってきてくれ。それと食料もだ。特に鉄分を補うものがいい』


「鉄分? 真刃さま。まさかどこかお怪我を?」


 かなたが不安そうに尋ねる。

 すると彼女の不安を察したのか、真刃は優しい声で答えた。 


『大丈夫だ。己は負傷していない。だが、負傷した者はいる』


「……そうですか」


 少しホッとしつつ、かなたは即座に応じる。


「承知いたしました。エルナさまにもお伝えしましょうか?」


『いや、エルナには己から連絡しておこう。お前は急いで来てくれ。どうにか持ち直しはしたが、血が足りていないのは確実だ。早く食事をさせてやりたい』


「承知いたしました」


 かなたがそう答えると、『では頼んだぞ』と告げて真刃は通話を切った。


『お嬢? ご主人からか?』


「うん。任務」


 かなたはそう告げると、ジャージの上を脱いだ。それを赤蛇の上に被せる。

 いかにあの人の従霊であっても、ここから先を見ていいのは、あの人だけなのだ。

 かなたは、すぐさま制服に着替え直した。

 現状、これがかなたの戦闘服だ。この服が最も動きやすいのである。

 エルナが、弐妃に相応しい戦闘服を用意中らしいのだが、それはまだ手元にない。


『お嬢。オレも行くぜ』


 言って、赤蛇がかなたの体に登ってくる。 

 そして赤いチョーカーになって、彼女の首に巻きついた。

 続けて、かなたはクローゼットから大きなリュックを引っ張り出すと、自分の(ジャージ)を一着見繕って詰め込んだ。それを肩に背負って真刃の部屋に向かう。不敬ながらも入室。少し緊張しながら、彼の服を手に取って、それもリュックに詰め込んだ。 

 次に向かったのはバスルームだ。曇りガラスのドアの前で「エルナさま。緊急事態です。出かけてきます」とだけ告げて駆け出した。 


「え? かなた?」


 エルナの声が浴場の奥から聞こえたが、彼女への説明は真刃がしてくれるだろう。

 風呂から上がれば、着信履歴でも分かるはずだ。

 かなたは先を急いだ。

 まず向かうのは、近くのスーパーだ。そこで食材を購入する。 

 レバー、マグロ、ホウレン草。

 鉄分を補うとなると、そんなところだろうか。

 かなたはありったけの食材を入手すると、それもリュックに詰め込んで、タクシーを捕まえる。ここまで二十分も経っていない。 


「お客さん? どこへ?」


 大きなリュックにセーラー服。 

 まるっきり家出少女のような姿のかなたに、運転手は目を丸くしつつもそう尋ねた。

 かなたは、セーフハウスのある街の住所を告げた。


「急いでください」


 そう頼んで、先に一万円札を渡した。

 セーフハウスまで行くには充分すぎる額だ。


「あ、はい。分かりました」


 先に金銭を支払われたら、文句の言いようもない。

 タクシーは発進した。

 かなたは走るタクシーの中から、外の様子を一瞥した。

 そして、


「真刃さま」


 愛しい人の名を囁く。


「どこであっても、すぐに参ります」


 リュックを大切そうに両手で抱えて、かなたはそう呟くのであった。

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