第六章 交渉の行方③
「休んでいるところ、ごめんなさい」
来客は二人だった。
岩倉茉莉と、初めて会う木崎志穂という少女だ。
茉莉の親友であり、木崎圭吾の奥さんらしい。蒼火と武宮が応対し、エルナの部屋まで案内されてきたのだ。二人はそれぞれ椅子に座っていた。
「しかも面談まで流れちゃって」
そう告げる茉莉に、エルナが笑って言う。
「気にしないで。あんな状況だし。面談どころじゃなかったでしょう」
「けど、やはりあの二人はまだ揉めそうなのか?」刀歌が尋ねる。「見たところ、意見は平行線のようだったが」
「ええ。そうね。あなたたちは《イーターズ》のことは知ってる?」
茉莉の問いかけに、エルナたちは顔を見合わせて、
「いいえ。知りません」かなたが答えた。
「私たちは別の街から来ましたから。どういったチームなのでしょうか?」
「……最悪の奴らよ」茉莉は心底不快げに眉をしかめた。
「他のチームから食料を奪い、男性や子供は殺して、女性は攫う。あれはもう怪物以上にケダモノよ。だけど」
茉莉はぐっと唇を噛む。
「あいつらは別格に強いの。ほぼ全員が完全化できるから」
「……完全化?」エルナが首を傾げた。「それって何?」
「ああ。あなたたちはまだ知らないのね」
茉莉はエルナと刀歌に目をやった。
「機甲脚装の完全化。脚部だけじゃなく、鎧みたいに全身を覆うの。私たちのチームだと私と圭吾だけが出来るわ」
そう説明する茉莉に、エルナたちは小声で会話する。
「(まるで真刃さまの『爪牙』状態のようですね)」
「(ええ。通常時が『牙』なら餓者髑髏はあえて似せているのかしら?)」
「(餓者髑髏が話通りの男なら面白半分でやりそうだな)」
と、意見を交わしてから、
「完全化か。私も刀歌も出来ないわね」
エルナが茉莉との話を続ける。
「やっぱり強いの? 完全化って」
「そうね。私の感覚だと出力は三倍差って感じかしら」
指を頬に当てながら、茉莉が実体験を告げる。
「けど、使った後は結構疲れるわ。だからあれは切り札って感じなんだけど、《イーターズ》の奴らは数もいて後先考えずに使うって聞いてるわ」
「……圭吾は」
その時、初めて志穂が口を開いた。
「虎先生を尊敬してるの。だから寧子さんのためでも危険な目に遭って欲しくないの」
「……えっと」
エルナが少し困惑した声を上げる。
「確か、名前は志穂さんだったわよね? あなた、圭吾さんの奥さんなのね? それで茉莉の親友でもあって……」
そこまで口にして気まずそうな顔を見せた。
茉莉の方を見やる。かなたと刀歌もだ。茉莉は「う」と呻いた。
「その、なんていうか複雑な事情?」
「ち、違うわよ!」
エルナの問いかけに、茉莉は叫んだ。
「何度も言うけど、私と圭吾はそういう仲じゃないから! というより志穂の前で誤解を招くような言い方は止めて!」
そこで立ち上がる。
「私がそういう関係になったら浮気じゃない! 絶対違うからね!」
「……茉莉。落ち着いて」
すると、茉莉の手を志穂が引っ張った。茉莉は志穂に目をやって、
「ホ、ホントに違うから! 志穂も誤解しないで――」
「……大丈夫。もういいから」
おもむろに、志穂がかぶりを振った。そうして、
「茉莉の気持ちには私も気付いてたから。ごめんなさい。もっと早くに言うべきだった」
彼女はこう告げた。
「いいのよ。茉莉。もう自分の気持ちに素直になっても」
「し、志穂……?」茉莉は志穂を凝視して、目を見開いた。
「私はとても弱いから」
一方、志穂は悲し気に微笑む。
「きっと、いつかどこかで死んじゃって圭吾を一人にしちゃうと思うの。だからこそ、圭吾の傍にはあなたがいて欲しい」
「……志穂? 何を言って……」
「あなたが望むのなら私は身を引くわ」
志穂は茉莉の両手を取った。
「圭吾には、隣に立ってくれるあなたが必要なの」
「……そ、そんなこと……」
茉莉が言葉を詰まらせていると、
「ん? いや。別に身を引かずともいいんじゃないか?」
おもむろに、刀歌が会話に加わった。
「愛しているのなら、二人とも圭吾さんの奥さんになればいいじゃないか」
「「………え?」」
茉莉と志穂は、刀歌の方を凝視した。
「私も以前は愛する人は一人でいいと思う人間だった。堂々とそれを公言していた。けど、あの人に出会って考え方を変えたんだ」
ポリポリと頬を掻いて、
「そして今では私もあの人の妻の一人だからな」
「「………はい?」」
困惑する茉莉たちに、エルナは額に手を当てて大きく嘆息した。
「ぶっちゃけすぎよ、刀歌。まあ、私たちは少し考え方が違うの。この際だからもう言っちゃうんだけど、実は私と刀歌とかなたは――」
一拍おいて、エルナは告げる。
「旦那さまが同じ人なのよ。三人とも同じ人を愛しているの」
「「――ええッ!?」」
茉莉と志穂は互いの手を掴んだまま仰天した。
「え、ちょっと待って!? 何それ!? 重婚じゃない!? というよりエルナたちって結婚しているの!? 三人とも!?」
茉莉がそう叫ぶと、かなたが「はい」と頷いた。
「籍には入っていませんが、あの人は私たちが妻であると公言しています。私たちもまたそれを受け入れています」
「え、えっと、もしかして扇さんか武宮さん? けど、扇さんはあなたのお兄さんって……」
「いいえ。別の人よ」茉莉の疑問にエルナが答える。
「今は別行動をしているわ。まあ、ぶっちゃけた話、こんな時代なのよ。法なんてないわ。お互いの同意があればそれで充分でしょう」
あえてそんな嘘を告げる。まあ、実際のところ、引導師界隈も似たようなモノなのでそこまで大きな嘘ではないが。
一方、茉莉は口をパクパクとしていたが、
「……そっか」
おもむろに志穂が口を開いた。
「確かにそうだよね。こんな時代だものね」
「え? 志穂?」
困惑する茉莉の手を、志穂はより強く掴んだ。
それから茉莉の瞳を真っ直ぐ見つめて、
「前言撤回。ごめんなさい茉莉」
「……え?」
「支えて欲しいの。圭吾を。私と二人で」
「え、ええ!?」茉莉はギョッとする。
「私たちはずっと三人一緒だったから。ずっと三人で生きてきた。だから、私と圭吾だけじゃダメなの。茉莉がいないとダメなのよ」
「し、志穂……?」
茉莉が困惑していると、志穂は、
「茉莉は私のことが嫌い?」
「そんなことある訳ないでしょう。あなたは私の親友よ。あなたを守れなかったあの日を一度だって忘れたことなんてないわ」
歯を軋ませながら、茉莉がそう告げると、
「だったら、今度こそ私を守って。圭吾と二人で」
志穂は微笑んで願う。
「私はそんな二人を精一杯支えるから」
「……し、志穂……」
茉莉は未だ困惑していた。志穂はさらに言葉を続ける。
「茉莉は圭吾のことが嫌い?」
親友にそう問いかけられて、茉莉は視線を逸らした。
「正直に答えて。茉莉」
「…………」
茉莉はそれでも躊躇っていたが、遂にはふるふると長い髪を揺らして頭を振った。
志穂は「……そう」と瞳を細めた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。志穂。こんな気持ち、ダメなのに……」
泣き出しそうな顔でそう告げる茉莉に、志穂は立ち上がって彼女を抱きしめた。
「私に遠慮してたのね。あなたはずっと後悔してたから」
「……私は……」
茉莉は志穂の肩に顔を埋めた。
「けど、もう我慢しなくていいから。行こう」
言って、志穂は茉莉を離して、その手を掴んだ。
「圭吾のところに。これから」
「ダ、ダメよ」茉莉は怯えた顔でふるふると首を横に振った。
「圭吾だってこんなの困るもん。志穂がいるのに」
「私の方が茉莉を必要だと思ってるの。そして圭吾もきっと」
「し、志穂……」
「大丈夫だから」
未だ怯える茉莉の手をしっかりと掴み、志穂はエルナたちに顔を向けた。
「ごめんなさい。今日のところは帰ってもいい?」
「ええ。構わないわ」エルナが笑みを零して言う。「続きはまた明日にね」
「ありがとう。皆さん」
志穂は礼を告げると、茉莉の手を引いて、
「行こう。茉莉」
「う、うん」
そう言って、二人は歩き始めた。
恐らくは、彼女たちが愛する青年の元へと。
部屋に残されたのはエルナ、かなた、刀歌の三人だけだ。
ややあって、
「おお~、愛が生まれた瞬間を見た気分だ」
と、刀歌が感心した様子で呟く。一方、かなたは、
「しかし、話が完全に脱線して終わりましたね。用件は何だったのでしょうか?」
そう呟いた。茉莉たちには何か用があったと思うのだが、結局、本題に入ることもなく去って行ってしまった。
「まあ、いいじゃない」
それに対して、エルナは微笑む。
「今夜のところはね。用件については明日また聞きましょう」
優しい眼差しでそう告げるのであった。




