第五章 輝くほどに影は濃く④
この世界は極めて異質だった。
千年の怪物たちが造り上げた前例のない世界。
そこはもはや一つの異界だ。
しかし、どれほどの規模であっても、怪物たちの目的は変わらない。
自ら悲劇を生みだし、過酷なる世界の中での人の魂の輝きを観ることだ。
ただ、怪物たちにとっても、この世界は新たな試みでもあった。
ゆえに歪みが出てくるのも必然だった。
秩序が崩壊した世界。
手を取りあって生きる者もいれば、理性や良識まで失う者たちもいた。
そして理性なき彼らが機甲脚装という超常の力を得た時、欲望の権化と成った。
徒党を組み、望むがままにただ喰い尽くす。
彼らは、自らを《イーターズ》と名乗るようになった。
「逃げなさい! 早く!」
その時、彼女は叫んでいた。
年齢は二十代半ばか。ショートヘアの、凛々しい顔立ちの女性だ。その両足には機甲脚装を装着している。彼女は警察官の制服を着ていた。
彼女は警察官だった。この世界ではこの服に意味はない。だが、矜持として。秩序の証として彼女は今もこの服に袖を通していた。そしてこの場所は警察署だった。
「女性と子供は優先的に! 急いで!」
大人数が入り混じって大混乱する署内で彼女は皆を誘導していた。
「リーダー!」
すると、彼女の傍に一人の男性が駆け寄った。二十歳ほどの青年だ。彼もまた機甲脚装を装着している。
「あんたも逃げてくれ! ここは俺たちがくい止める!」
そう告げると、さらに数人の男性が駆け寄ってきた。全員が青年と同じほどの年齢であり、機甲脚装を装着していた。
「ダメよ。私は責任者だから」
「だが、相手は《イーターズ》だ!」
青年は険しい顔で言う。
「女が捕まればどんな目に遭うか分かってるだろ!」
「男性や子供なら、ほぼ殺されるわ」
女性警官は言う。
「大丈夫よ。逆に言えば、奴らは女をすぐには殺さない。まず生け捕りにしようとする。それが逃げる隙になるわ」
「――けど!」
「あなたたちは皆を守って。大丈夫。私もちゃんと逃げるから」
彼女はそう言って微笑んだ。それからパンっと手を叩き、
「さあ、みんな逃げなさい! 急いで!」
凛々しい声でそう叫んだ。
そうして――……。
悲鳴。怒号。血の匂い。
弱き者の寄る辺だった警察署は地獄と化した。
一時間後。
警察署の署長室。執務席の椅子に一人の男が座っていた。
年齢は二十代後半か。身長は恐らく百九十センチはある。無数の入れ墨を上半身に入れた筋骨隆々の巨漢だった。入れ墨は顔にまで入れてある。
「ほっほ~」
半裸の巨漢はぐるぐると椅子を回転させる。
「なかなか上等な椅子じゃねえか。流石は血税だな」
ご機嫌に笑う。
「実はさ。俺はここには何度も世話になっててさ。まさかこの椅子に座れる日が来るなんて思ってなかったよ。マジでいい時代になったよな」
そう告げるが返事がない。男は回転する椅子を、ドンっと執務席に足を叩きつけることで止めた。すると、応接用のソファーに横たわっていた人影がビクッと震えた。
「そうは思わねえか?」
「……は、はい……」
人影が言う。それは女性だった。
全裸の女性。ショートヘアの警察官だった女性だ。
しかし、今の彼女に凛々しさはない。完全に怯え切っていた。矜持だった制服は無残に引き裂かれて捨てられ、両足の機甲脚装は一部を残して破壊されている。
「も、もうやめて……」
ボロボロと涙を零して彼女はそう懇願するが、男はニタニタと笑い、
「逃げられるとでも思ったか? 完全化も出来ねえてめらが?」
そう言って、おもむろに立ち上がった。
それから女性の髪を掴み、無理やり立ち上がらせる。
「完全化ってのは意志の強さが引き起こすもんなんだよ。何がなんでも叶えたい願いがある奴だけが次のステージに辿り着けるんだよ。けどさあ」
ソファーに飛び乗って、そのまま喰らいつくように女性を抱きかかえる。
彼女の首筋に、ベロリと舌を這わせた。
「そいつは心のタガが外れても同じことだと思わねえか? 欲望のままに生きる俺らのほとんどが完全化できんのがその証明さ」
「……や、やめて」
女性が抵抗するが、それはあまりにもか弱かった。
男は「ハッハーッ!」と笑った。
「マジで可愛い奴だな! 今日まで俺のために初めてをとっていたことも気に入った! しばらくは俺専用にしてやんよ!」
そうして、彼女を抱き寄せて耳元で告げる。
「お前はマジでラッキーだぜ。奴隷にした女の中には輪姦され続けて正気を失ったのもいるからな。まあ、ずっと俺のオキニでいられ続けるように頑張るんだな」
「~~~~~ッ」
彼女は、ただただ歯を鳴らした。
「さて。食料も女も得た。もう何戦かしてから凱旋と行くか」
双眸を細めて、男はそう告げるのであった。
一方、近くのビルの屋上にて。
「……まるで猿ね」
真紅のドレスを纏った女性が心底不快そうに告げた。
「まあ、この世界の秩序はとっくに終わってるしな」
隣に立つ金髪の男が言った。ルビィとジェイである。
「力こそがすべて。何でもありだ。魂の輝きとやらの欠片もねえから叔父貴たちにとっては不快だろうが、あれもまた人間の本性さ」
「それは分かってるわ。だってルビィも元は人間だもの。それこそあなたに比べればつい最近までね。けれど」
ルビィは双眸を細めた。
「だからこそ不快なのよ。あの猿どもはお館さまの舞台に相応しくない塵よ」
「確かに塵には違いねえか」
ジェイが膝を曲げて苦笑を浮かべた。
「で、どうするよ? ルビィちゃん。ここで掃除しちまうか?」
「いいえ」ルビィはかぶりを振った。
「まずは巣穴を見つけるわ。ああいう塵は一匹でも逃がすとすぐに増殖するから」
そう告げると振り返り、ルビィは歩き出した。
「それもそうだな」
ジェイはそんなルビィの背中を見やり、ふっと笑った。
「お掃除は一気にってか」
そう呟いて、ジェイは立ち上がった。それから眼下の警察署を見やり、
「今の内にはしゃいどけよ、塵ども。一人残らず俺のストックにして、ちゃんとリサイクルしてやるからさ」
そう宣告するのであった。




