第五章 輝くほどに影は濃く③
室内は、シンとしていた。
もともと、タワーマンションの最上階の部屋だ。その場所は展望が素晴らしいガラス張りのリビングだった。
そこに二人の男性がいた。向かい合ってソファーに座っている。
木崎圭吾と、銀城虎之助だった。
険しい表情の二人は茉莉と、エルナたちの入室にも気づいていないようだ。
「……虎先生」圭吾が言う。
「俺は絶対に反対だ。危険すぎる」
「危険は百も承知だ」
一方、銀城も指を組んで返す。
「だが、寧子には時間がねえんだよ。いつ殺されてもおかしくねえんだ」
「心配なのは分かるよ。けど虎先生!」
圭吾が思わず声を荒らげた時、
「ちょ、ちょっと待って!」
茉莉が声を挟んだ。圭吾と銀城は驚いた顔で振り向いた。
「……茉莉。ああ、そっか、そっちがお前を助けてくれた人たちか」
圭吾が、茉莉とその傍らにいるエルナたちに目をやった。
圭吾は立ち上がり、頭を垂れた。
「私は木崎圭吾と申します。このタワーマンションのリーダーを務める者です。茉莉を助けていただいたこと、心から感謝いたします。ですが申し訳ありません。今は少々身内で立て込んでいましてお話はしばしお待ちいただけると……」
「ちょっと待って! 圭吾ってば!」
茉莉が再び声を挟んだ。圭吾は茉莉を見やる。
「どういう状況なの! どうして虎先生と揉めてるの! 寧子ちゃんはどうなっているの!」
「……外の連中に聞いたのか」
圭吾は小さく嘆息した。銀城は指を組んだまま無言だ。
その時、「失礼」と告げて蒼火が一歩前に出た。
「俺たちはよそ者です。状況もよく分かっていません。ですが、だからこそ客観的に事態を見れると思います。よければ事情を話してくれませんか」
「おう。そうだな」
腕を頭の後ろに組んで武宮も言う。
「悩みってのは身内よりも他人に言った方が良い意見を聞けることもあるしな」
そう告げる二人にエルナたちは無言だった。
ここは年長者二人に任せた方がいいと考えたからだ。
圭吾と銀城は一度互いの視線を交わした。ややあって、
「……そうだな」
圭吾は小さく息をついて口を開いた。
「茉莉もいる。一度状況を整理しようか。虎先生」
「ああ、そうだな」
銀城は頷いた。それからリモコンを使って天井のプロジェクターを起動させると、広い壁に映像が映し出された。
茉莉とエルナたちは映像に目をやった。
そしてエルナたちは揃って目を見張った。そこに映し出されていたのは、他でもない彼女たちの拠点である《天雅楼》だったからだ。
恐らく録画しているのはドローンか。上空からの全容を捉えた静止映像だった。
「最近見つかった《覚醒者》の拠点の一つよ」
茉莉がエルナたちに説明する。
「まるで城砦都市みたいな強固な造りの街よ。近隣は山林に覆われていて大規模な農業も可能なの。私たちはこの街を奪おうと思っているの」
そんなとんでもないことを言いだした。
「そうなのか。しかし、《覚醒者》の拠点なのだろう? 大丈夫なのか?」
蒼火が顔色一つ変えずに言う。
あえて質問したのは自分に注目を集めるためだった。そうしなければ、今にも表情から動揺が出てしまいそうな刀歌や武宮がピンチだったからだ。
「戦力的には厳しいな」
蒼火の問いには圭吾が答えた。
「だからこそ、俺は近隣の協力可能なチームを纏め上げるつもりだった。近隣の総力を以てして奇襲をかけるつもりだった。けれど」
圭吾は銀城に視線を向けた。銀城は「ああ」と頷き、映像を再生させる。
映し出された映像が動き出す。
そして一人の人物が現れた。腕に少女を抱えた男だ。そこで映像を停止させる。
「え? この子って寧子ちゃん?」
眉根を寄せて茉莉が呟く。寧子の顔は写真で知っていたのですぐに気付いた。
二年前の写真よりも成長しているが面影はある。間違いないだろう。男の腕の中で気を失っているのは、銀城の孫である文月寧子だった。
「この男は《覚醒者》だ」圭吾が言う。
「この後、気絶している寧子ちゃんを連れてこの男は街の中へと消えていった。だからこそ先生は焦っているんだ」
「……茉莉やお嬢ちゃんたちがいる前で言うべき台詞じゃねえが」
その時、銀城が歯を軋ませて語る。
「この荒廃した世界で男が女を攫ったんだ。寧子が今どんな目に遭わされてんのかは想像がつく。しかも相手は《覚醒者》だ。弄ばれた後は気まぐれで殺される可能性が高けえ……」
それはとても悲痛な声だった。思わず圭吾も茉莉も黙り込むほどに。
しかし、エルナたちは別の意味で沈黙していた。
愕然としていたと言ってもいい。
なにせ、寧子という少女を抱きかかえているのは真刃だったからだ。
ただ、同時に疑問にも思う。
どうして真刃が見知らぬ少女を抱きかかえているのか。
「(……察するに)」
かなたが、小声でエルナと刀歌に話しかけた。
「(真刃さまは、密かに私たちの見送りに来ておられたのでは? そうして偶然その帰りに彼女を拾ったような気がします)」
「(いやいや。そんな捨て猫を拾うんじゃあるまいし)」
刀歌が小声でそう返すと、
「(……いや。それって多分あり得るぜ)」
魂力で強化した聴力で聞いていた武宮が同じく小声で告げた。
「(なんせ俺もそうだったし、芽衣もだ。俺らはボスに拾われたんだよ)」
「(あ、そっか。真刃さんと芽衣さんの出会いってそんな感じの話だったわね)」
と、エルナが言う。
見る限り、映像の少女はかなり衰弱しているようだ。
どうやら真刃には傷ついた人間を拾ってくる癖があるらしい。
「(王はお優しき方だからな)」
と、蒼火も会話に入ってくる。これも聴力を強化しなければ聞こえない会話だ。
「(その慈悲はどこまでも深く広い。見捨てるには忍びないと思われたのだろう)」
真刃に心酔する蒼火がそう語る。
いずれにせよ、この状況はかなりまずかった。
孫娘の身を案ずる銀城の心情は察するに余りある。
だからといって、ここで何かを話す訳にもいかなかった。
仮に真実を話したところで逆効果にしかならないと全員が感じていた。
迂闊にこの舞台を壊せないのである。
(ここでは私たち引導師の方がイレギュラーなんだわ)
エルナは静かに唇を噛む。
千年の怪物の恐るべき手腕に舌を巻くしかなかった。
今は役割に徹するしかない。エルナたちが沈黙していると、
「もう寧子には時間がねえんだ」
銀城が重い口を開いた。
「いつ殺されてもおかしくねえ。たとえ口にも出来ねえ扱いをされていたとしても、あの子には生きて欲しいんだ。あの子には……」
「……虎先生」圭吾は沈痛な眼差しを銀城に向けた。
「俺だって寧子ちゃんを助けたいよ。けど、それだけの戦力がまだ――」
「ああ。分かっているよ。だからこそ俺は外道になるんだ」
銀城は顔を上げて圭吾を見据えた。
「お前らだって、俺にとっては自分の子供同然なんだ。寧子のためでも無謀な特攻なんてさせられねえ。だから、あの街の襲撃には別の奴らを利用する」
「……どういう意味だ? 虎先生。街の強奪を前倒しにする話じゃないのか?」
圭吾がソファーに腰を下ろして、銀城と視線を合わせた。
銀城もまた圭吾と視線を合わせた。
「ああ。俺は奴らを利用する。あの街と、俺の持つ知識と技術を餌にしてな」
そして銀城は言う。
「それを取引にして、俺は《イーターズ》を利用するつもりなんだよ」




