第五章 輝くほどに影は濃く②
とりあえず、潜入は上手くいった。
エルナたちは茉莉たちの案内で拠点であるタワーマンションに招かれていた。
もちろん、かなたと、蒼火たちも一緒にだ。
「ごめんなさい。身体検査はさせてもらうわね」
一階のエントランスホールでエルナたちは身体検査を受けた。
もともと危険なモノ――霊具や《DS》の注射器など――は持っていない。いつでも物質転送の術で取り出せばいいからだ。
キューブ状態の機甲脚装に関しては流石に焦ったが、直前で茉莉の仲間がキューブ化するのを見れたのは幸運だった。エルナはすぐさまそっくりに偽装した。
そうして問題もなく身体検査も潜り抜け、エルナたちはタワーマンションの上階へ上がることを許された。
「電気が通っているのね」
と、エルナが呟く。
エルナたちは今、茉莉の案内でエレベーターに乗っていた。
茉莉は「ええ」と答えた。
「元々ここには自家発電設備があったのよ。それを虎先生が改良してくれたの」
「……虎先生?」かなたが茉莉に視線を向けた。「教職の方ですか?」
「ううん。教職免許も持ってるそうだけど、どちらかといえばエンジニアよ。けど、虎先生のおかげでみんな本当に助かってるわ」
「へえ。どんな人なんだ?」
武宮がそう尋ねると、茉莉は苦笑を浮かべた。
「頑固な職人って感じかな。けど優しい人よ。お孫さんが本当に大事なお爺ちゃん」
そこで茉莉は少し悲しげな瞳を見せた。
「だけど、そのお孫さんもずっと行方不明なの。二年前の大崩壊の日から。私たちも探してるけど、こんな世界じゃあ……」
「……二年?」刀歌が目を見開いた。
「二年だと? そんな前から? 二カ月じゃなく? それだと……」
時間的な辻褄が合わない。餓者髑髏は二年も前から今回の舞台を準備していたということになる。思わずその疑問を口に出してしまいそうになったが……。
「そうか。二カ月でなく、二年か。それは気の毒だが厳しいかもな」
咄嗟に蒼火がフォローした。
茉莉は違和感を覚えることなく「……そうね」と呟いた。
「それでも見つけてあげたいの。虎先生は私たちのお父さんみたいな人でもあるから」
「そっか……」
と、情に厚い武宮が素直に共感する。
正直な感情だからこそ、これも自然な雰囲気を作っていた。
常に冷静な蒼火。情に厚いからこそ感情的な武宮。この二人は綾香が護衛に推薦した。正反対の性格であるからこそ、むしろ相性がいいと考えたからだ。
(綾香さんって幹部だけあって人を見る目あるわね)
と、エルナは思う。二人は早速ミスをフォローしてくれた。
「これから私たちがお会いするのは、その先生なのでしょうか?」
築いた雰囲気を配慮しながら、かなたが問う。茉莉は「ええ」と頷いた。
「正確には虎先生もだけど。まずリーダーと先生に会ってもらうわ」
「リーダー?」エルナは小首を傾げた。「その人はどんな人なの?」
「え? あ、そ、それは……」
すると、茉莉は少し声を詰まらせた。顔がやや赤い。
それだけでエルナと刀歌は察した。
「「ああ、なるほど」」
声を揃えて呟く。
「圭吾さんね」「圭吾さんという人か」
「……うぐっ!」
茉莉は堪らず呻いた。それからすぐに肘を手で押さえて、
「け、圭吾には内緒にしてね。助けてくれたことは言ってくれていいし、私からも言うつもりだけど、あの時、私があんなことを叫んでいたことは……」
「いや。別にいいんじゃないか?」刀歌がキョトンとした顔で言う。
「命の危機だったんだ。愛する人に助けを求めるのは当然だと思うぞ」
「べ、別に、私は圭吾のことなんて……」
茉莉は視線を泳がせて口ごもる。そんな初々しい反応に、エルナ、かなた、刀歌の三人は優しい眼差しを向けた。同世代でありながら、どこか「ああ、私にもこんな頃があったなぁ」といった懐かしむような眼差しでもあるのはご愛敬だ。
「と、ともあれよ!」
茉莉は強引に話題を変えた。
「まずは圭吾と虎先生に会ってもらうわ。もしここで暮らすって話になるのなら、フォスターさんと御影さんは私と同じ戦闘班。一般人の扇さん兄妹と武宮さんは、生活班に所属してもらうことになると思うわ」
「ええ。分かってるわ。あ、けど」エルナは微笑んで告げた。
「私のことならエルナでいいわよ。刀歌もかなたも名前で呼んで。たぶん、私たちはあなたと同世代だと思うし」
「あ、そうね」茉莉が頷く。
「私のことも茉莉でいいわ。よろしくね。エルナ」
そう返した時、エレベーターが停止した。最上階に到着したのだ。
「この先はガラス張りの廊下になっていて、ミーティングルームに繋がっているわ」
茉莉がそう説明して、廊下に出ると、
「……え?」
茉莉は目を丸くした。エルナたちも少し驚いた顔をする。
廊下には十数人の人間が集まっていたからだ。それも戦闘班のメンバーばかりだ。
「え? みんなどうしたの?」
「あ、茉莉ちゃん」
すると、二十歳ほどの女性が茉莉に気付いて振り向いた。
他にも数人が振り返る。当然ながら全員が茉莉の顔見知りだ。
「ああ。茉莉か」
二十代後半ほどの男性が茉莉の名を呼んだ。それからエルナたちに気付き、
「そっちの人らが新入りか? 圭吾に会いに来たと思うが、今は立て込んでいるんだ」
「え? どういうこと?」
茉莉が眉をひそめた。すると、
「見つかったのよ。寧子ちゃんが」
最初に声を掛けてきた女性がそう教えてくれた。茉莉は目を見張った。
「寧子ちゃんが! 虎先生のお孫さんじゃない! どこで見つかったの!」
「……いや。それが大問題なんだよ」
戦闘班の男性の一人が渋面を浮かべて腕を組んだ。
「そのせいで圭吾と虎先生がずっと揉めているんだ。二人だけで話がしたいってことで俺らは部屋から追い出されちまった」
「追い出されたって?」ますます茉莉は眉根を寄せた。
「どうして揉めてるの? 寧子ちゃんは保護できたんじゃないの? それとも――」
「とりあえずだ」
戦闘班の男性は、くいっと親指で奥のミーティングルームのドアを差した。
「茉莉の言葉なら圭吾たちも聞くかも知んねえ。ああ、それに完全に無関係な新入りさんの前なら少しは落ち着くかもな。悪いが、ちょいと声を掛けてきてくんねえか」
そう頼んだ。茉莉とエルナたちは困惑しつつも頷いた。
いずれにせよ、リーダーたちとの面会が目的なのだから断る理由もない。
そうして、エルナたちはミーティングルームの中へと入った。




