第五章 輝くほどに影は濃く①
エルナたちの任務とは、いわゆる潜入捜査だった。
紫子の未来視は、断片的にしか知ることができない。
その未来を整理し、さらに隊員たちが情報収集に駆け巡った。
結果、一つの集団に行きついたのだ。
それはタワーマンションを拠点とする一般人の集団だった。
しかし、戦闘能力がない訳ではない。例の霊具もどき――《久遠天原》では『鉄脚』と呼んでいる――を持つ者が多数いるからだ。
彼らが中心となり、タワーマンションを堅牢な要塞にして暮らしているようだった。
彼らが切っ掛けとなって虐殺が起きる。それが紫子の視た未来だった。
エルナたち五人は集団の内部へと潜入し、情報収集と共に、どうにか虐殺の未来を防げないか対応するつもりだった。本来ならばもっと人数を動員すべき案件ではあるが、未来視は不安定な術式だった。未来を知って行動する人数が多くなるほどにその不安定さは増すと言われている。選択によっては、より最悪な未来へと変わってしまうケースもあるため、今回の五人は最大限の動員数と言えた。
「まず役割としては、私と刀歌が鉄脚のユーザーを偽装するわ。私の系譜術なら鉄脚そっくりに偽装も出来るから。身体能力の強化は自前で充分でしょう」
と、タワーマンションが見えるビルの陰に隠れながら、エルナが言う。
そこには他の四人も揃っていた。
「かなたは一般人を装って。私たち三人は同級生で、扇さんはかなたのお兄さん。武宮さんは扇さんの大学の後輩ってことでいい? 二人も一般人ってことで」
そう提案すると、全員が頷いた。
『オレたちはここから一切喋らねえ』
かなたの首元のチョーカーから声がする。かなたの専属従霊である赤蛇だ。
『霊感もねえ一般人にはオレらの声は聞こえねえはずだが、万が一もあるしな。蝶花、ちゃんと静かにしとけよ。九龍の兄者も頼む』
『了解だよ。任せて』『……ガウ。マカセロ』
と、刀歌とエルナの専属従霊たちも応じた。
「では、どう潜入いたしますか。エルナさま」
蒼火がそう尋ねると、エルナはタワーマンションに目をやって、
「確か事前に調べた情報では、物資の回収のために定期的に鉄脚ユーザーが出入りしているって話よね。なら、それを利用するわ」
そう答えた。
「彼らに接触できるタイミングが来るはずよ。今は静かに待ちましょう」
壱妃の言葉に、再び全員が頷いた。
そうして――……。
「――早く行って!」
機甲脚装を装着した岩倉茉莉が叫ぶ!
「ここは私が時間を稼ぐから!」
「すまねえ! 岩倉!」
廃墟のようなマーケットから、可能な限りの物資をリュックサックに詰め込んだ仲間がそう返して跳躍した。彼も機甲脚装を装着している。
他にも五人ほどリュックサックを背負っていた。中には茉莉以外の女性もいた。
「すまん!」「ごめん!」「無理すんなよ! 茉莉ちゃん!」
五人も跳躍する。
物資の回収。それは最も危険な仕事だった。
まずトラックや自動車の類は使えない。移動するのに目立ちすぎるためだ。
さらにコンビニ、マーケット、ショッピングモール、もしくは倉庫などの物資を回収できるような場所は、怪物どもが待ち構えていることが多い。
そこにいれば人が来ることを知っているからだ。棲み処にしている個体もいる。何度も来るような大規模な回収場所には、来るたびに無残な遺体が増えていくというケースもあった。
(……ミスね。今回は少し欲張ったわ)
茉莉は少し反省した。
このマーケットには初めてきたが、回収できる物資が予想以上に多かったのだ。
そのため、本来護衛であるメンバーも回収にまわしてしまった。この班のリーダーを任されていた茉莉の判断ミスだ。後で圭吾に叱られる案件だった。
(けど、この程度の数なら!)
茉莉は水平蹴りを目の前の怪物に叩きつけた。怪物は勢いよく吹き飛んでいく。
敵の数は五体。まともに戦えば苦戦する数だ。しかし、茉莉の目的は時間稼ぎ。ある程度、相手をして逃げるのなら問題はない。
次々と襲い掛かってくる怪物をいなしつつ、茉莉は時間を稼いだ。
反撃もするが、大型タイプが多く、吹き飛ばされてもすぐに立ち上がってくる。仕留めるつもりの攻撃でなければ倒すのは難しそうだ。
――ゴッ!
茉莉は虎のような頭の怪物のあごを蹴り上げた!
首の骨が折れそうなほどに大きく仰け反ったのだが、それでも絶命には至らないらしい。仰け反りつつも太い両腕で茉莉を挟み込むように掴んだ。
茉莉の頭にカァッと血が上った。
「私に触れるな!」
茉莉は渾身の蹴撃を繰り出した! 虎頭の腹部に大穴が空く。文字通り射抜いた。
虎頭は絶命し、茉莉を離すと力なく両膝をついた。
「汚い手で触わんな! 私に触れてもいいのは圭――」
激昂したまま叫ぶ茉莉だったが、ハッとして片手で口元を抑えた。
自分が言おうとした台詞に動揺する。が、それが隙となった。
「があああああッ!」
怪物の一体に背後から抱え込まれたのだ。両腕が大蛇のように長い怪物だ。胴体のみならず首や両脚にも絡みつく。そのまま締め付けられた。茉莉は「くあッ!」と息を吐いた。
機甲脚装を装着する者は両脚のみならず、身体能力そのものが大きく向上する。だが、それでも大熊ほどもある巨体の怪物相手には不利だった。
茉莉は苦悶の表情を浮かべながら、どうにか振りほどこうとするが、やはり無理だった。その上、この怪物はまだ全力で締め上げていない。茉莉が女だからだ。まずは犯すために弱らせる程度の力に抑えている。それでも万力のようであったが。
(まずい! まずい! まずい!)
茉莉は焦った。このままでは最悪の状況になる。
茉莉にはまだ切り札がある。しかし、それを使うには深い精神集中が必須だった。とても今の状況では使えない。しかも怪物どもの数はさらに増えていた。今は八体。マーケットの柱の陰から九体目の姿も見えた。一人で対応できる数ではなくなっていた。
最悪の未来が脳裏によぎる。
(やだやだ、助けて! お姉ちゃん! 助けて! 助けて!)
まだ少女である茉莉は、思わず叫んでいた。
「助けて! 圭吾ッ! やだよ! 助けて! 圭吾助けてッ!」
すると、
「……あの、ごめんなさい」
不意に声を掛けられた。茉莉はギョッとして顔を上げた。
直後、茉莉を捕らえていた怪物の頭が吹き飛んだ。首だけを蹴り飛ばされたのだ。
黒い機甲脚装を装着した少女の蹴撃によって。
怪物は倒れ、解放された茉莉は、ぺたんとその場に腰を落とした。
茉莉は目を見開いた。彼女の目の前に立つのは銀髪を持つ、凄く綺麗な少女だった。たぶん茉莉と同年代だ。茉莉と同じように、どこかの学校の制服を着ている。
「……大丈夫?」
「あ、え、うん……」
茉莉が頷くと、少女は少し気まずげに頬をかき、
「えっと、ごめんなさい。助けたのがあなたの王子さまじゃなくて」
「へ? あ、い、いえ……」
茉莉は顔を真っ赤にしてかぶりを振った。すると、
「エルナ」
目の前の少女とは違う声がした。これも少女の声だ。
茉莉が声の方へ振り向くと、そこには長い黒髪のポニーテールの少女がいた。こちらも凄い美少女だった。銀髪の少女と同じ制服を着る彼女もまた機甲脚装を装着している。
「終わったぞ。大した奴らではなかったな」
淡々とした声でそう告げた。茉莉はギョッとした。
黒髪の少女が歩いてくるその後ろ。そこには八体の怪物の死体が転がっていた。
付近には彼女以外の姿はない。
すなわち、ほんの数秒で彼女は八体もの怪物を倒したということになる。
「……あなたたちは一体……」
茉莉は、唖然とした顔で二人を見上げた。
彼女たちは互いの顔を見合わせて、
「エルナ=フォスターよ」「御影刀歌だ」
そう名乗った。
そして銀髪の少女――エルナは困ったような顔で尋ねる。
「ここには食料回収に来たの。あなたもそうなの?」
――と。
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