第四章 先達者は、若人の明日を願う①
『この人が私の彼氏なの』
それは、三年ほど前のことだった。
まだ平穏だった頃。木崎圭吾が普通の大学生だった頃だ。
岩倉橘花はそう告げて、その男を紹介してきた。
金髪の西欧人だ。美形ではあるが、どこか軽薄そうな男だった。
どうにも嫌な予感がした。
けれど、初めての彼氏に浮かれている橘花を見ていると何も言えなかった。
橘花とは高校時代からの同級生だった。
圭吾が剣道部の部員だったのに対し、彼女はマネージャーだった。部活の際に何度も見せてくれた彼女の柔らかな笑みに、どれだけ惹かれたことか。
しかし、臆病だった自分は、確かな想いはあったのに何も告げれなかった。
だから、何も出来なかったのだ。
醜い嫉妬だと決めつけて、自分の直感を信じ切れなかった。
あの男の危険性には最初から気付いていたのに。
本当に後悔とはいつも後にやって来る。
(そうだった。あいつは、ジェイは……)
今更ながら圭吾は思う。
(最初から怪しかった。覚醒する前からだ。表向きは好青年みたいだったが、一年経ったあたりから日に日に橘花の様子もおかしくなっていった。あれだけ溺愛していた茉莉の話もほとんどしなくなった)
あの頃の橘花は、常に意識が朦朧としているような雰囲気だった。
不意に恍惚とした笑みも見せる。橘花は茉莉にも負けない美人だというのに艶めかしいと思うよりも、正直、ゾッとした。それはあまりにも異質な笑みだった。
まるで彼女が別の何かに造り替えられているようだった。
その頃、橘花は一人暮らしをしていたため、妹の茉莉はその異変に気付くことは出来なかったが、大学で顔を合わせる圭吾には一目瞭然だった。
(……オーバードーズ。いや、もっと違法な薬物か。大学でそういった噂はよく聞いていた。橘花が自分からそんなモノに手を出すとは思えない。あいつが盛ったんだ)
圭吾はそう確信している。
とにかく橘花をこのままにはしておけない。ジェイから切り離さなければならない。
そう考えていた矢先のことだった。世界が崩壊したのは。
圭吾は大混乱の中、橘花の元に急いだ。偶然にも途中で茉莉と、虚ろな眼差しをしたほぼ半裸の少女――志穂を拾うことになったが、そのまま車を飛ばした。
橘花も救出し、安全圏に脱出する。それから志穂を病院に連れて行くつもりだった。
しかし、それは叶わなかった。
志穂を病院に連れていくことも、橘花を救うこともだ。
(……ジェイ)
圭吾はグっと強く拳を固めた。
回想から現実に戻る。
場所はタワーマンション十五階の廊下。圭吾は一人、廊下を進んでいた。
目的の場所はこの階にある銀城の私室――研究室だ。
(あの男は殺す。絶対に。絶対に橘花の仇は討つ)
橘花はジェイによって殺された。
恐らく崩壊直後から――いや、圭吾の勘では崩壊前からすでに《覚醒者》と成っていたジェイの手によって。しかも妹の茉莉の目の前でだ。
(何が新人類だ。あいつはただの悪魔だ)
怒りと憎悪が噴き出してくる。心底あの男を殺してやりたかった。
だが、その激情を表に出してはいけなかった。
今や圭吾はこのタワーマンションに避難する者たちのリーダーだからだ。
私怨で動いてもいいような立場ではなかった。
(それに志穂のこともある)
あの日、偶然拾うことになった虚ろな眼差しの少女。
橘花とどこか似ている少女だった。茉莉の前では口には出来ないが、特に崩壊前の正気を失いつつあった頃の橘花に似ていた。圭吾が救うことが出来なかった橘花だ。
それが偽善だと分かっていても、圭吾は志穂に手を差し伸べずにはいられなかった。
崩壊したばかりの混乱した世界の中、圭吾は必死に志穂と茉莉を守った。
茉莉はかなり早い時期から機甲脚装を手に入れていたので、むしろ圭吾の方が守られていたような感じではあったが、少なくとも彼女たちを精神的に支えていたつもりだ。
時に怯え、時に混乱し、いずれ虚ろとなる。
志穂は、茉莉がショックを受けるほどに酷い状態だったが、圭吾は必死に彼女を支えた。
食事を与えようとすれば投げつけられ、近づくだけで噛みつかれたこともあった。声を掛けても全くの無反応だったことも多かった。
だが、それでも諦めなかった。圭吾はもちろんのこと、茉莉もだ。その甲斐もあって志穂は徐々にだが、正気を取り戻していった。
半年間。出会った時から一度も笑うことがなかった少女。
そんな彼女がようやく笑ってくれた時、圭吾は思わず号泣してしまった。
力なく両膝をつき、涙を堪えることが出来なかった。
『……大丈夫だよ』
むしろ志穂に気を遣われて、ぎゅっと抱きしめられてしまったぐらいだ。
傍にいた茉莉も目尻に涙を滲ませていた。
圭吾はただただ泣き続けた。志穂と結ばれるまでそう時間はかからなかった。
――今度こそ守る。
そう誓って、圭吾は志穂を妻にした。
こんな世界だ。どうしても自称夫婦になってしまうが、この想いは本物だ。
(志穂は俺が守る。俺が幸せにするんだ)
その決意もまた絶対だった。
だからこそ、今回の銀城の提案は重要であると理解している。
現状ではいずれ物資も尽きて、この拠点が崩壊してしまうことは確実だ。このタワーマンションにはおよそ三百名の人間がいる。その全員を収容できる新たな拠点が必要だった。銀城は次の拠点を提案したのだ。
だが、それを理解していてもだ。
(流石に無謀じゃないか?)
圭吾はそう感じた。
忌々しいが、《覚醒者》は強い。
一対一ではまず勝てない。倒すには一人に対し、二人以上は必要となるだろう。
奴らと戦うには、どうしても数で常に倍以上になることが必須なのだ。
だというのに、《覚醒者》の拠点を強奪する計画など……。
(今の戦力では返り討ちになる可能性が高い)
圭吾のチームの戦闘班は五十二名。圧倒的に数が足りていない。
果たして銀城はそこをどう考えているのか。
(結局、会議は虎先生がさらに情報を集めて一週間後に再検討ということで終わったが、やっぱり先に虎先生に真意を聞いておいた方がよさそうだ)
そうこうする内に研究室に到着する。
圭吾はドアのインターホンを鳴らすが、返事はない。
(あの人は)
苦笑を零す。無視されることはいつものことだ。圭吾はドアノブを手に取ると、勝手にドアを開けた。ロックされていないのもいつものことだった。
室内に入る。
やや薄暗く、所狭しと機械が置かれている。銀城の発明品だ。
まるでゴミ屋敷のようでもあるが、銀城の知識と技術には本当に助けられている。機械の山を崩さないように注意しつつ、圭吾は奥へと進んだ。
そうして人影を見つけた。
「おう。何か用か? 圭吾」
部屋の奥。作業机の前でパイプ椅子に座って彼――銀城はそう告げた。
室内で紫煙を吹かす老技術者に、圭吾はただ苦笑を浮かべるだけだった。
読者の皆さま。いつも読んでいただき、ありがとうございます!
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異形変身×退魔家系×ダブルヒロインの作品になります。
リメイク作ですが、今回は第2部まで書く予定です!
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