幕間一 決闘と、敗北と、思惑と
その夜。
参妃・御影刀歌は一人、訓練道場にいた。
時間帯としては十一時過ぎ。この時間帯にこの場所を使う者はいない。
道場には明かりも点けていない。差し込む月明かりだけでも姿を映せるからだ。
正座をする刀歌は、合成樹脂で造られた密着型の戦闘服を着ていた。彼女の通う星那クレストフォルス校より支給されている黒いラバースーツだ。
刀歌は静かに瞑目していた。
その前には、刃のない刀の柄と、『参』の腕章が置かれている。
彼女は自分の鼓動だけを聞いていた。
(……遂に……)
ゆっくりと瞳を開けた。
この時が来た。
かなた。エルナ。そして次は自分の番だ。
最初にかなたが想いを果たしたのは一目瞭然だった。
タイミング的に愛された夜の直後に三千神楽が始まったとみて間違いない。まさにギリギリのタイミングだった。一方、エルナと自分はタイミングが悪かったなと話しつつ、二人して少しだけ安堵していた。
ただ、それだけに第二段階の契約の延期を伝えに行ったはずのエルナが、翌朝、明らかに雰囲気が変わった様子で「……ごめん」と言った時は相当に動揺した。
「……覚悟してて。今夜は刀歌の番だから」
続けてそう告げられたのだから尚更だった。
今日はずっと挙動不審だったかもしれない。先日から、エルナやかなた同様に、どこか大人びた雰囲気になった幼馴染の黒田琴姫にも影響を受けていたのだと思う。
今日だけで数週間分の鼓動を打ったような気がする。
しかし、いざこの時を迎えると、むしろ心は静かになった。
(うん。そうだな。けど、その前に)
刀歌は霊具である柄を手に取った。腕章は虚空を開いて収納する。
ややあって、道場の扉が開かれた。
刀歌はそちらに顔を向けた。入ってきたのは紳士服姿の真刃だった。
「すまぬな。刀歌」
真刃は刀歌を見やり、謝罪する。
「少し遅れたか。待たせたか?」
「いえ。お呼びしたのは私の方ですから」
刀歌は深々と頭を下げた。そして顔を上げて真刃を真っ直ぐ見据えて、
「あの日、私はあなたに負けた」
初めて出会った日のことを語る。
「すでに《魂結び》の契約の条件は満たしている。第一段階は済ませているのだから私が敗北したことは疑いようもない。けれど、私は……」
刀歌は一度瞬きをし、刃のない柄から火を噴き出した。
「重傷を負っていた私にはあの日の戦いの記憶がほとんどない。だからこそ、もう一度だけあなたと戦いたいんだ。今の私は参妃ではない。ただの御影刀歌だ。だから」
一拍おいて、刀歌は炎刃を薙いだ。
赤い炎は徐々に白い光へと変わっていく。
「私が欲しければ力を示せ。久遠真刃。私を倒してみろ」
「……お前は」
対し、真刃は少しだけ苦笑を浮かべた。
「どこまでも桜華に倣うのか。その愚直さは本当によく似ているな」
そう呟きつつ、
「だが、いいだろう。己がお前に相応しい男か、今一度試すがよい」
真刃は虚空を開き、一振りの大太刀を取り出した。重桜だった。普段は玖妃であり、刀守であるアレックスに預けているが、今日だけは事前に受け取っていた。
「来るがよい。御影刀歌よ」
「……いざ」
刀歌は白い光刃を横に構えて静かに重心を沈めた。
そして――……。
光を散らして、刀の柄が宙に飛ぶ。
光の刃は徐々に炎へと戻って消え去っていく。
カラン、カランと床に落ちた時、その炎も完全に消えた。
……はァ、はァ、はァ。
繰り返される荒い呼吸。額には大粒の汗をにじませ、豊かな胸を大きく上下させながら、刀歌は仰向けに倒れていた。
一方、真刃は汗一つかいていない。
静かに重桜を薙ぐと、虚空へと収納した。
「どうだ? 心は満たされたか。刀歌」
真刃がそう尋ねると、刀歌は倒れたまま真刃に目をやり、「……うん」と頷いた。
「……やっぱり主君は強いな。完敗だ」
両腕でどうにか上半身を起こしつつ、大きく息を吐いて刀歌は言う。
それに対し、真刃は微笑みを浮かべてこう返す。
「お前もあの日よりも遥かに強くなったぞ。お前の師の一人として誇らしく思う」
「そ、そうかな?」
刀歌は少し恥ずかしそうに、上目遣いで真刃を見やる。
すると、真刃は少し神妙そうな顔を見せた。「だが」と続けて、
「今宵の己はお前の師ではない。ただの一人の男だ」
真刃は刀歌の元に近づくと、未だ立てずにいた彼女を抱き上げた。
「未練は晴れたはずだ。刀歌。これでお前は己の女だ。今度こそ異論はないな」
そう宣言されて、刀歌は一瞬言葉を失うが、
「……う、うん」
耳まで真っ赤にした顔で頷いた。
「そしてこれは正当なる《魂結びの義》だ。ゆえに己は勝者としての権利を使うぞ」
続けてそう告げる真刃に、刀歌は目を見開き、パクパクと口を動かした。
「ま、待って!」刀歌は両腕を突き出した。
「ダ、ダメだ! 私はもう主君の女だけど、今はダメだ! だって今はもう体力もないし、汗もいっぱいかいてるから!」
「……いや。それは分かっていたことだろう?」
真刃は呆れたように言う。
「全力を尽くせばこうなることは。それでも挑んできたのではないのか?」
「だ、だって……」
胸の前で指先同士を突いて刀歌はもじもじと言う。
「先に決闘をしたら、きっとそっちの方は日を改めると思ったんだ。だって、だって桜華師も決闘とは別の日だったみたいだし」
「……いや。全くお前は」
真刃は少し呆れてしまった。大仰な決闘も蓋を開ければなんて事はない。
凛々しく挑んできた刀歌ではあったが、結局、愛されることに日和っていたのだ。
内心では契約の先延ばしを期待していたのである。
真刃は小さく嘆息しつつ、
「変に情けないところまで桜華に倣うな。確かにお前たちはよく似ている。容姿も内面もだ。だが、己がこれから愛する女は桜華ではなくお前なのだ。刀歌」
一拍おいて、刀歌を見つめる。
「お前は何かと桜華を意識しすぎだ。それが悪いとは言わぬが、忘れるな。お前はお前なのだ。桜華の血縁者だからではない。己はお前が御影刀歌であるからこそ抱くのだ」
「………う、あ」
刀歌は再び目を見開いて、真刃の顔を凝視した。
「……刀歌」
真刃は刀歌をその場に立たせた。まだふらつく彼女の腰を片腕で支えて、その首筋に軽く口づけをした。
「~~~~~~っっ」
刀歌は肩を震わせた。恥ずかしさや動揺で真っ赤になって固まる刀歌を、逃げ出す隙も与えずに真刃は再び抱き上げた。
「己の寝室につくまで運ぼう。その間に少しでも体を休ませるがよい」
微塵の迷いも抱かずにそう告げて、真刃は歩き出した。
「しゅ、主君……真刃さま……」
一方、刀歌は真刃の腕の中で思わず縮こまった。
緊張、不安、期待。様々な感情が胸の奥で渦巻く中、ぎゅうっと瞳を強く閉じる。少しだけ両足もばたつかせるが、「……う、うん!」と頷くと、真刃の顔を見上げて、
「と、刀歌、頑張るから!」
ようやく覚悟を決めた。まあ、顔は真っ赤なままだったが。
真刃は「……そうか」と呟くと、刀歌の顔を見やりつつ苦笑を浮かべた。
「ならば己もお前を確と愛そう。今宵でお前のすべてを奪い尽くすほどに」
「は、はうっ!」
刀歌をしっかりと抱き、真刃は歩きながら告げる。
「小細工をした罰だ。容赦はせぬ。今宵はもう休めるとは思わぬことだな」
「……は、はうゥ……」
刀歌はますます顔を赤くして縮こまるのであった。
こうして。
参妃もまた、確かな愛を得ることになったのである。
さて。果たして他の妃たちがいつになるのか。
そもそも、まだ見ぬ花嫁がさらに現れるのか。
そればかりはまだ誰にも分からない。
読者の皆さま。いつも読んでいただき、ありがとうございます!
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一応、完全新規で第2部まで書こうかなと思っています!
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よろしくお願いいたします!m(__)m




