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骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第13部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第13部

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第三章 サバイバーズ③

(……別にいいよね? 少し話をするぐらいなら……)


 それは数分前のこと。

 正妃の正装を纏うエルナは天雅楼本殿の廊下を歩いていた。

 目的の場所は真刃の執務室だ。

 寝室に真刃がいなかったため、そちらに向かっていた。

 ふと、エルナは足を止めると、豊かな胸元に片手を当てた。

 数秒ほど静止し、とても小さな吐息を零した。


(……ううゥ、話をしに行くだけなのに緊張する……)


 エルナは少し顔を上げて思う。

 だが、それも仕方がないことだ。どうしても思い出してしまうからだ。

 今日一日のかなたの様子をだ。今日のかなたはどこか心ここに在らずの様子だった。かなたに直接何かを聞いた訳ではない。むしろ、そこは聞けなかった。

 けれど、エルナと刀歌にとっては一目瞭然だった。

 遂に彼女は結ばれたのだと。妃として真刃に愛されたのだと。

 その結果を目の当たりにして、エルナも刀歌も緊張と動揺を隠せなかった。

 真刃の宣言は本当だったのだと確信した。

 そして次はエルナ。その次は刀歌の番だった。

 それを思うとさらに緊張する。

 だがしかしだ。


『た、確かにそうなんだけど、やっぱりここは自主的に延期すべきよね』


『う、うん。そうだな』


 エルナの提案に、刀歌はコクコクと頷いて同意した。

 遂に三千神楽が始まってしまったのだ。まさに非常事態である。

 しかも、この常に夜に覆われた異様な世界。

 この異常事態を少しでも把握するために、真刃は極めて多忙となっている。

 だというのに、エルナも刀歌もほとんど役に立てていない状況だ。タイミング的にかなたはともかく、流石に自分たちのために時間を取ってくれとは言えなかった。

 それに今やはっきりと確約はされたのだ。かなたの様子から事実なのは間違いない。もう不要な不安や嫉妬で焦ることもなかった。

 なので、ここは多少延期になっても仕方がないとエルナも刀歌も納得した。

 二人してどこかホッとしたのは、乙女として仕方がないことである。

 ともあれ、忙しい真刃に二人で押しかけて迷惑をかけてはいけないと考え、代表してエルナが真刃に伝えることにしたのだ。


(とりあえずもう少し落ち着くまではね。なんなら三千神楽の決着後でもいいし)


 エルナはそう考える。と、


 ――エルナさん。


 不意に心の奥から声が聞こえた。

 エルナに宿るもう一人の人物。初代零妃の大門紫子の声だ。


(あ。紫子さん)


 エルナは再び歩き出しながら紫子に応える。


(どうかしました?)


 ――はい。あの、エルナさん。


 心の中の紫子は少し気まずそうに告げた。


 ――あまり真刃さんのことを見くびっては駄目だと思います。


(え? 見くびる? どういうこと?)


 ――真刃さんは相手を気遣う人なんだけど、ここぞという時は……。


 と、紫子が何かを語ろうとした時に執務室の前に到着してしまった。

 エルナは緊張しつつも、ドアをノックした。

 室内から真刃の許可の声が聞こえてきたが、いざとなると少し躊躇った。

 なにせ切り出す内容が内容である。


(身も蓋もない言い方すると、エッチはもう少し延期でもいいですって話だものね)


 ――いえ。あの、エルナさん。そこなのですが……。


 紫子の台詞をすべて聞く前にドアが開かれた。真刃の方から開いてくれたのだ。

 思わずエルナは緊張した。

 すると、真刃はエルナを見やり、


「ああ。そうか。今宵はエルナなのか。すまぬ。(オレ)から声を掛けるべきだった。常夜のせいで本来の夜の感覚がおかしくなっていたかもしれんな」


 そう告げた。エルナは「え?」と目を瞬かせた。


「少し歩くか。エルナ」


「あ、はい」


 真刃にそう告げられてエルナは頷いた。

 真刃は執務室の明かりを消して廊下を歩き出した。エルナはその後に続く。

 ややあって長い渡り廊下に出た。ここは天雅楼の洋式区だ。

 大きな窓が並び、外の景色を映している。月がとても明るかった。


「……無粋な月だな」


 真刃が窓の外に目をやって呟く。


「いかに強く輝こうと(オレ)には紛い物にしか見えん」


「……そうですね」


 後を追いながらエルナも呟く。


「本当に不気味です。まさかあんなものを造れるなんて」


 少し肩を震わせる。改めて敵は伝承級の化け物なのだと実感する光景だった。


「ああ。そうだな。しかし、月か……」


 真刃は足を止めて、エルナの方を見やる。


(オレ)も少しは学んだ。本当の月は綺麗なのだろうな。エルナ」


「あ、はい。そうですね」


 エルナは微笑んで即答した。

 すると、その時、


 ――違うますよ。エルナさん。


 心の中の紫子がそう告げた。続けて、


 ――その言葉には別の意味があります。とある文豪の和訳です。それは――。


(………え?)


 紫子にその意味を教えられて、エルナはカアァっと赤くなった。


「ふ、ふえっ……」


 思わず両手を胸の前で組み、肩を浮かせた。

 真刃は、そんなエルナにゆっくりと近づいてくる。

 彼女の頬にそっと触れた。


「真刃、さん……」


 エルナはハッとした。慌てて両手を前にすると視線を忙しく泳がせて、


「ま、待って! ダ、ダメですよ! だって今は非常事態だし、私は、私たちは真刃さんが忙しいと思ったから、その、契約の延期を、伝えるつもりで――」


「何を言っている。エルナ」真刃は少し呆れたように返した。


「そもそも、今が危機的だからこそ(オレ)は意を決してお前たちを娶ると決めたのだぞ。愛する者に万全を尽くすためにだ。だというのに、それを後回しにしてどうするのだ」


「そ、それは――」


 エルナは真刃の顔を見つめて言葉を詰まらせた。

 真刃はエルナの頭に手を添えると、自分の胸に寄せて、


(オレ)のことは嫌いか?」


 そう問いかける。

 エルナは緊張で少し躊躇ったが、すぐにかぶりを振った。

 どれだけ緊張していても、この決意と想いに嘘はなかった。

 真刃は「……ありがとう」と感謝を述べた。


「だが、誠実なお前に対し、(オレ)はどうしても不義理な男であるな」


「………え?」


 赤い顔を上げるエルナ。そんな彼女の銀色の髪に触れて、


「エルナ。お前は(オレ)の弟子であり、恩人でもある。この時代に来た時にお前と出会わなければ今の(オレ)はいまい。お前への恩義と感謝を忘れたことはない。お前を引導師(いんどうし)として導いたのも(オレ)に出来るせめてもの恩返しだった。だがな」


 そこで真刃は苦笑を浮かべた。


「お前は自身の魅力に対して、いささか以上に無防備すぎるのだ。出会った頃はお前は十八か、それよりも少し上かとも思っていたしな。(オレ)はいつか恩人相手に魔が差してしまうのではないかと少々危惧していたぐらいだぞ」


「そ、そうなの……?」


 エルナは目を瞬かせて呟く。


「だが、その危惧も今日までだな。エルナ」


 真刃はエルナの髪に触れたまま宣言する。


「不義理と呼ばれようとも構わん。お前を妻として抱くぞ。よいな」


 エルナは一瞬言葉を失い、大きく喉を鳴らすが、


「……はい」


 こくんと頷いて、そう答えるのであった。

 ………………………………。

 …………………………。

 ……………………。

 ……そうして。



(……う、あ)


 一糸も纏わない美しい姿。

 うつ伏せになっていた彼女(・・)は、ゆっくりと腕立てをするように上半身を起こした。

 その動きで汗を滲ませた豊かな乳房が揺れた。


(く、うゥ)


 しかし、両腕に力が入らない。踏ん張ろうとする両足にもだ。

 カクンと崩れて、右頬からベッドの上に落ちてしまった。身を捩じるような姿勢でうつ伏せになって、はァはァと荒い息を零す。口元からは銀色の糸も垂らしていた。


紫子(・・)


 その時、声を掛けられた。

 黒いシャツとジーンズ姿の真刃だ。その手には水の入ったペットボトルが握られている。


「無理をするな。まだ立ち上がれまい」


 そう告げると、ペットボトルをベッドの横にあるテーブルの上に置き、真刃はエルナの姿をした紫子を優しく抱き上げた。

 そうして十分後。

 ――ごくごくごく、と。

 紫子はペットボトルを両手で掴み、一心不乱に水を飲んでいた。

 身に纏うのは真刃から借りた白いシャツのみ。ベッドの縁に腰を掛けている。

 真刃はそんな彼女に優しい眼差しを向けて、隣に座っている。

 紫子は、ぷはあっ、と完全に水を飲み干して、


「いつから」ジト目を真刃に向けて問う。


「私がエルナさんじゃないと気付いていたんですか?」


「すぐにだ」真刃は苦笑を零した。


「七度か、八度目の時だったか。エルナが果てた後、少しして入れ替わったのだろう? お前もエルナも(オレ)の愛する女だ。二人が入れ替わればすぐに気付く」


「……むむ」紫子はさらにジト目を向けた。


「酷いです。エルナさんはもう体力的にも意識的にも限界でした。だから私が入れ替われたんです。なのに真刃さんは気付いてたのにあんなにも……」


「すまぬな。その点においては事前にエルナに詫びておくべきだった」


 エルナでもある紫子の腰を引き寄せて、真刃は彼女の髪に口付けをする。


「エルナは二人分の愛を受けることになる。もう少し体力を気遣うべきだったな」


「……真刃さん」


 紫子は微かに頬を染めて顔を上げた。

 二人は口付けを交わした。百年の時を埋めるような長い口付けだ。

 十数秒後、唇は離されるが、紫子は赤らんだ顔のまま人差し指同士で『×』を作り、


「今日は流石にもう無理ですからね。エルナさんも私もとっくに限界です」


「……すまぬな」真刃は苦笑を零した。


「やはり(オレ)は貪欲だな。これでは強欲の王と呼ばれるのも笑えん」


「まあ、奥さんをあんなに娶ってますから」


 紫子はクスクスと笑った。


「最終的には何人ぐらいになるのか少し不安です」


「う、む……」


 流石に真刃も呻いた。が、すぐに表情を真剣なモノに改めて、


「話を変えるぞ。実は直前に悪魔(デビル)が訪れていた」


「――っ! あの人が……」


 紫子も真剣な表情を見せる。真刃は悪魔が語った内容を告げた。


「……私の力」


 紫子は神妙な表情で自身の胸元に両手を添えた。


「私の今の《断眩視(だんげんし)》はエルナさんに関わる未来だけに限定されています。数秒先から数日先までです。遠い未来ほど私の魂力(オド)の消耗も大きくなるから、今はエルナさんと相談して使用回数や、視る未来も一秒先までと限定してますけど……」


 そこで一呼吸入れて、


「あの人の力はもっと広い範囲なのだと思います。世界規模の運命の流れを視るような。力が大きすぎて逆に近日の未来とかは視えないのだと思います」


「……そうか」真刃は眉をひそめた。


「大門がいかなる手段であやつを生み出したのかは分からぬが、『器』を顕現させた(オレ)が一点のみを狙って破壊できぬのと同じことだな」


 真刃は双眸を細めてあごに手をやった。すると紫子は真刃を見やり、


「真刃さん。現状で未来視は有効な一手です。これから未来を視てみようと思います」


「いや。待て紫子」真刃は紫子を止めた。


「それは消耗するのだろう? 体力的にも今は止めておけ」


「いえ。消耗するのは魂力だけです。エルナさんにも負担はありません。それに――」


 紫子は真刃の顔を見て微笑んだ。


「確かにくたくたでへとへとですけど、今の私は愛で満ちています。きっと今ならいつもより遠くの未来まで視えそうな気がします。真刃さん」


 紫子は真刃の頬に両手を添えた。


「私もエルナさんと同じくあなたの妻です。なら夫のために力を尽くさせてください」


「……その願い方は卑怯だと思うぞ」


 真刃は渋面を浮かべた。紫子はふふっと笑う。


「大丈夫。絶対に無理はしません。もうあなたと引き離されるのは嫌だから」


「……紫子」


 二人は見つめ合い、再び唇を重ねた。

 唇を名残惜しく離し、紫子は自身の胸元――すなわちエルナの体に触れる。

 瞳を閉じるとそのまま沈黙した。紫子の未来視は何か様子が変化する訳ではない。けれど、いま確実に彼女は数多の未来を覗いていた。

 十数秒の静寂が経過する。

 真刃は紫子に異変が起きないか案じつつ見守っていた。

 ややあって、紫子は瞳を開いた。

 そして、


「……真刃さん」


 紫子は極めて真剣な眼差しを真刃に向ける。


「恐らく十日から二週間後――」


 一拍おいて、未来視の少女は予言するのであった。


「その日、たくさんの人が殺されます」


 ――と。









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