第三章 サバイバーズ②
場所は変わって天雅楼本殿。
執務室にて、真刃は大きな窓から外の様子をうかがっていた。
「……夜が延々と続くのか」
空を見上げて、ぽつりと呟く。
この結界領域らしきモノに取り込まれてから、すでに丸一日が経過していた。
しかし、未だ朝が来る様子はない。
「ここは常夜の世界ということか」
そう独白しつつ、眉をひそめる真刃。
この一日でかなりの情報が収集されていた。
荒廃しつつある街並み。我が物顔で跋扈する低級我霊ども。
未だ敵の動きは掴めないが、代わりに生存者の姿は確認できた。生存者たちの姿を近衛隊の隊員が撮影することに成功したのだ。
だが、それは、かなり困惑するような映像だった。
出くわしたのは戦闘の真っ最中。それは数体の低級我霊と一般人の集団の戦闘だった。
本来ならば、すぐさま救助すべき事態なのだが、恐るべきことに一般人と思わしき彼らは奇妙な武装を纏って我霊を打ち倒したのである。
その姿は、奇しくも真刃の『牙』形態に似ていた。
『あれはたぶん霊具やな』
会議の際、千堂が映像を見やり、そう呟いた。
『ただ普通のとだいぶ毛色がちゃうな。ボクの阿修羅姫に近いタイプや』
『……まあ、めっさ科学技術っぽいよな。物理メインで火も噴いてるし』
と、武宮が言う。
脚部に纏った装甲。火を噴き出して加速し、人間離れした一撃で我霊を屠る。
多種多様な系譜術を駆使する引導師に対し、かなり違和感のある戦闘方法だ。
戦闘人形の阿修羅姫に近いと言われると確かにしっくりくる。
『もともと俺らの中でもお前だけ世界観が違ってたもんな。SF感が満載で。映像の奴ら、どう見てもお前寄りだぞ』
武宮にそんなことを言われて、千堂は苦笑を浮かべた。
引導師の中で、小型であってもミサイルを使うのは阿修羅姫だけだった。
『けど、どうしてそんな霊具――というよりこれはもう兵器なのかしら? そんなものを一般人っぽいのが持ってるのよ? それもあんな数がわらわらと』
と、綾香が小首を傾げながら疑問を抱く。
『出来ることならば一名ぐらいは捕縛したかったところなのだが』
真刃の後ろで控える獅童が渋面を浮かべて告げた。
『相手側が周辺を相当に警戒していたらしくてな。相手は集団でもあった。現場の隊員たちはあえて手を出すのを控えたそうだ』
『そうだな。それは正しいやもしれん』
真刃は双眸を細めて呟いた。会議室の全員が注目する。
『初手を見誤れば事態が悪化する可能性もある。ましてや低級とはいえ常人が容易く我霊を倒したとなれば、慎重になるのは正解だ』
『――は。私も隊員たちにはそう告げました』
獅童が頭を下げて告げる。真刃は腕を組んで嘆息した。
『火緋神家。天堂院家は共にもぬけの殻だったのだな?』
『――は。共に屋敷内まで確認しました』
と、この問いにも獅童が答えた。
(火緋神家と天堂院家は舞台から排除したということか)
回想から現実に戻り、真刃は考える。
あの二家はまごう事なき大家だ。介入されては興覚めとでも考えたのかもしれない。
そのため、現在、火緋神家の関係者は天雅楼に滞在していた者たちのみ。杠葉。燦。月子。山岡辰彦に、拠点を移転してからも頻繁に訪れていた山岡の弟子の篠宮瑞希。近衛隊の隊員である扇蒼火。そして火緋神家の当主の名代として、杠葉と面会するために訪れていた燦の異母兄である火緋神耀だけだった。
一方、天堂院家に関しては六炉だけだ。八夜や七奈とも連絡は取れない。
戦力的には相当に痛い状況だった。
特に火緋神家とは同盟の話を順調に進めていただけにだ。
(だが、問題なのは戦力を削られたことだけではない。道化どもが特定の引導師をこの世界から排除できたということだな)
真刃は巨大な月を見上げつつ、双眸を細めた。
この世界は結界領域と考えていたが、別物である可能性が出てきた。あの術式は引導師が領域の内にいれば強制的に巻き込んでしまう特性があるからだ。
対して、もう一つの異相世界の術式――封宮は取り込む相手を選ぶことが出来る。従ってこの世界は封宮とも考えられるが、封宮は魂力を大量に消費する術式だ。ここまで大規模な範囲で展開し、さらには維持し続けられるとは思えない。
「……全く新しい術式なのか? ふむ」
そこで真刃は振り返った。
「お前の意見としてはどうだ?」
そして部屋の中心にいる人物に声を掛けた。
そこにいたのは白い梟の仮面を被った黒衣を纏う人物――悪魔だった。
「むむむ。この世界は私にとっても想定外だった」
悪魔は答える。真刃は眉をひそめた。
「仮にも全知を謳うお前がか? 大門よ」
「……クワクワクワ」
悪魔は笑う。
「彼女から聞いたのだな。しかし、それは私ではない。私の父である」
「……そうらしいな」
真刃は悲し気に瞳を細めた。
「あの莫迦が。そこまで背負う必要などなかったのだ」
「それも父の性分ゆえにだ。だが、今はそれよりも重要なことがある。久遠真刃よ」
一拍おいて、悪魔は告げる。
「まずいのである。私は今、全くのポンコツになっている」
「……どういう意味だ?」
真刃が眉をひそめて問い返すと、
「よもやこのような真似をしようとは。私も流石に想定外なのである。徐々に未来視が不安定になっていったのも納得なのである」
どうにか最後の一手を間に合わせたのは良かったのである。
少し安堵した様子でそう呟きつつ、悪魔は独白のような言葉を続ける。
「この世界は封宮でも結界領域でもない。ここは本道から剪定された世界。それを舞台と見立てて、理も世界観さえも自分たちに都合よく作り変えようとは……」
そこでわずかな苛立ちも見せる。
「千年の怪物どもめ。三体も揃えばここまで出来るというのか。この世界では私は無力だ。世界における未来視の回線が違うと言えば分かりやすいか」
「……いや。むしろ己には分かりにくいのだが?」
真刃がそう告げるが、悪魔は「クワァ……」と呻くだけだ。
「ともあれ、今の私はポンコツだ。ゆえにこの世界においては彼女に頼れ」
「……紫子か」
真刃が彼女の名を呟くと、悪魔は「うむ」と頷いた。
「私が大きな未来の流れを視るのに対し、彼女は直近の未来視を得意とする。この世界も彼女の方にはそこまで影響しないはずだ。だが、それ以上に――」
悪魔は少しだけ優しい声を零した。
「彼女を幸せにしてやってくれ。真刃」
「……お前は」
真刃は真っ直ぐ悪魔を見据える。
「己でよいのか? 己はかつて自身の不甲斐なさゆえに紫子を死なせたのだぞ」
「それでも彼女は君を愛し、君は彼女を愛している」
悪魔は躊躇いなく答える。
「君以外にはあり得ないよ。妹を託す相手は」
「…………」
真刃は無言だ。不気味な悪魔の姿に亡き友の姿が重なって見えた。
それを懐かしむように瞳を閉じる。次に開けた時には悪魔の姿はどこにもなかった。
どうやら告げるべきことだけ告げて去ったようだ。
(……あやつは)
真刃は小さく嘆息した。
唐突なところは変わらない。友としても。悪魔としても。
呆れた気持ち。同時にどこか懐かしい気持ちにもなっていた、その時だった。
――コンコン、と。
執務室のドアがノックされた。
常夜のために時間感覚が狂いそうだが、今は午後十一時過ぎだ。
再び火急の報告かも知れない。
「入っても良いぞ」
真刃はそう告げるが、何故かドアは開かない。
真刃は疑問に思いつつ、ドアへと向かい、自ら開いた。
「………あ」
驚く少女の声が零れる。
そこにいたのは、緊張した面持ちのエルナだった。
読者の皆さま。いつも読んでいただき、ありがとうございます。
すみません。一つ予告宣伝をさせてください。
実は色々と思い悩むところがありまして、一度、原点回帰をしようと考え、現在、過去作の一つを完全リメイクしております。『骸鬼王』と同じく私が一番好む退魔モノになります。
タイトルはまだ仮ですが、下記を考えています。
『鬼狩り裏譚 叛天のサクリファイス』
2026年1月1日(木)の夜0時から投稿開始しようと進めております。
(追記:早くなる場合もあります)
よろしければ本作ともども応援していただけると大変嬉しく思います。
よろしくお願いいたします。m(__)m




