第二章 虚構の世界④
天雅楼の一角。近衛隊の隊舎にある会議室にて。
そこには今、真刃を筆頭に幹部級が集まっていた。
円卓の上座に腰を下ろす真刃。その背後には後ろ手を組んで立つ獅童と、大太刀・重桜を胸に抱く、新たに玖妃になったアレックス。
戦闘人形・阿修羅姫を従えた最高幹部の一人である和装の青年――千堂晃に、同じく最高幹部である捌妃・綾香。近衛隊隊長である伍妃・芽衣。他にも近衛隊の部隊長たち。当然その中には《久遠天原》の創設メンバーの一人でもある武宮宗次の姿もあった。
「さて」
真刃はまず獅童に問う。
「獅童。まずお前が伝えようとした火急の案件とはなんだ?」
「――は」
直立不動の姿勢で獅童は報告する。
「舞台と指定された市街を監視していた近衛隊員からの報告です」
一拍おいて、
「異常なしと判断していたのですが、隊員の一人がとある人物を発見しました。夜中の二時に学校に登校しようとする高校生の少年です」
「……ふむ」
真刃が双眸を細める。他のメンバーは獅童に注目していた。
「確認したところ、その少年は巧妙に生者を偽装した、動く死体だったそうです。毎日同じ行動をするようにプログラムされていたらしく、問い質す隊員たちも無視してその死体は学校に向かおうとしました」
「……バグを起こして活動時間を間違えたってことぉ?」
芽衣がそう尋ねると、「恐らく」と獅童は頷いた。
「その一体だけではありません。街中の人間が死体に入れ替わっていました。その数は恐らく数千人。ここ数日、我々の目を欺くために数千の死者が生者のフリをしていたのです」
「……あの場所は、今は死者の街ってことなんか?」
千堂が扇子で口元を覆いつつ、糸のような目をうっすらと開けた。
「そりゃあ趣味が悪いで。けど、本物の住人はどうなったんや?」
「……不明だ」
千堂の問いかけに獅童はかぶりを振った。
「ただ、その死体たちが住人の成れの果てという訳ではないようだ」
「人質のつもりかしら?」綾香が眉をしかめて呟く。
「……いや。恐らくは違うな」
が、それは真刃が否定した。
「少なくとも全員がそうではないはずだ。あの道化に限らず、名付きどもは演者に一般人を使うことを好む。何かしらの役割を与えるために攫った可能性が高いだろうな」
「……最悪ね」綾香が渋面を浮かべた。
「そんで出演者を充分に確保して、この世界が舞台ってか?」
他方、そこで武宮が初めて口を開いた。いつもと変わらない室内に目をやって、
「見たところこいつは結界領域か? スマホやSNSとかは全滅。連絡は式神でも使って直接やりとりするしかねえんだろ?」
「そやな。通信系は完全にあかんわ。とにかく状況がまるで分からへん」
技術部門の総括でもある千堂がそう答えた。
それから何とも困った顔を見せて、
「しかしまあ、現代人からスマホ取り上げんのは勘弁してやな。普通にキツイわ」
そう嘆く千堂。それには全員が同意見だった。
スマホが使えなければ不安になるのは一般人も引導師も変わらないのだ。
「まあ、確かに今代の通信機器は素晴らしく進化したな」
スマホなどなかった時代を生きた真刃も苦笑を浮かべつつ、
「ともあれだ。今も昔も変わらず情報収集は戦の要だ。せめて通話だけでも復旧が可能なのか金羊やホマレに検討してもらおう。同時に近衛隊は現状の把握を急げ。街がどうなっているのかが気になる。状況によっては一般人を天雅楼に保護することも許可しよう」
「――は」
獅童が応じる。続けて真刃は立ち上がった。
「これが街一つを覆うほどの結界領域であるのならば、かつてのように巻き込まれた引導師も多くいよう。火緋神家や天堂院家の状況も知りたい。千堂。情報総括はお前に任せる。芽衣。綾香。アレックス。お前たちは己についてきてくれ」
一拍おいて、
「杠葉や桜華にも相談したい。エルナたちも全員を揃えて備えるぞ」
「了解だよぉ」「……承知したわ」「は、はいっ」
芽衣、綾香、アレックスが返答した。
「というより、そろそろ杠葉さんや桜華さんには《久遠天原》に加入してもらって、それなりの地位を与えるべきじゃないの? 実質的に戦闘の要なんだし。あと実力的には《雪幻花》にも。まあ、あの子はそういうのを嫌がりそうだけど」
と、立ち上がりながら綾香が言う。
真刃は苦笑を浮かべながら「そうだな」と頷いた。
「考えておこう。では頼むぞ。お前たち」
真刃は千堂、獅童を始め、ここにいるメンバー全員に命じた。
真刃が去った後、彼らは迅速に動いた。
そして――。
「……なんだよ。これ」
近衛隊員の一人は唖然としてその光景を見据えていた。
街の姿は一変していた。
場所が変わった。または封宮のような別世界。そういった感じではない。
一瞬で同じ光景が劣化したのだ。
そこはビル街の一角だったのだが、建物はそのままに、表層に無数の亀裂が刻まれていた。崩壊するほどの損傷ではないが、廃墟のような雰囲気が漂っている。
それはビルだけの話ではない。街全体がそのような雰囲気だった。
空もおかしい。今は明け方近くのはずだ。しかし、太陽が昇る様子はなく、代わりに普段とは全く違う巨大な月が輝いている。異様な月光が降り注ぐことで比較的明るくはあるが、街の光がないため、まるで深夜の様相だった。
「ここは結界領域内じゃないのか? なら封宮か? いや、それなら同じ光景をただ劣化させることに何の意味が……」
と、困惑する隊員に、
「……おい。あれを見ろ」
小声で同僚の隊員が声をかけてきた。ツーマンセルで行動する相棒だ。
相棒が指差す方向には化け物がいた。人の二倍の大きさを持つ熊のような怪物だ。
「……我霊か」
二人はビルの陰に身を潜めた。
違和感だらけの世界の中で、この死が漂う悍ましい気配だけはよく知るモノだった。
恐らくはC級ほどか。二足歩行の熊もどきは大通りを堂々と闊歩している。
二人がかりならば倒すのは問題ないが、どうにも嫌な予感がした。
「一体だけじゃないな。たぶん周辺には相当数の我霊がいるぞ」
探査術に長けた相棒がそう警告した。
「……おいおい。我霊がそこまで堂々とか。ここが敵陣なのは間違いないみたいだな。やっぱ手を出すのは悪手か。今は情報収集に専念しよう」
そう言って、隊員はスマホを取り出し、写真を納める。
SNSや通話は使用できないが、スマホ自身の機能やアプリは使用可能だった。術式アプリもいくつかは使えた。すべて確認したいところだが、今は撮影に専念した。
大通りを跋扈する我霊。廃墟のような街並み。
空も撮る。巨大すぎる月に、どこまでも広がる夜空。
朝は未だ訪れない。
「……王に報告だ」「ああ」
二人は頷いた。そうして人間離れした速度で走り出す。
この街には無数の我霊が潜んでいる。彼らはそれを警戒していた。
だからこそ気付かなかった。
その無機質な監視者に。
疾走する彼らを空から追う小さな追跡者に。
「急ぐぞ」「ああ」
彼らはさらに加速する。
この異常事態を一刻も早く報告するために――。




