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骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第13部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第13部

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第二章 虚構の世界①

 二年前。

 世界の秩序は崩壊した。

 昼間だというのに空が突如暗転し、巨大な月と星々が太陽の代わりに世界を照らすようになった。常夜の世界と化したのだ。そしてその後、街中に無数の怪物が現れた。

 主に人型が多いその怪物どもは人間を攫っては、喰らい、犯し、蹂躙し尽くす悪夢のような怪物だった。後に『怪物(ビースト)』と名付けられた未知の生物だ。居合わせた警官が迎え撃つも銃弾はほとんど通じない。自衛隊に期待するも救援の気配もなかった。そもそもスマホを始め、あらゆる通信機器が動かなくなったのだ。

 人々は混乱して逃げ惑い、怪物(ビースト)の犠牲者は次々と増えていった。

 当時、中学生だった岩倉茉莉(いわくらまり)も犠牲者となる寸前だった。

 下校中に異変に巻き込まれ、怪物(ビースト)に捕まった。親友と共に森の奥へと連れ去られて泣きじゃくる親友が怪物に凌辱されるのを、歯を鳴らして見ていることしか出来なかった。


 一時間後、疲弊しきった親友はぐったりとしていた。もはや悲鳴も上げない。虚ろな表情で時折、痙攣も起こしている。怪物はそんな親友を飽きた玩具のように放り捨てた。そして怪物は茉莉へと視線を向ける。頭だけは人間。体は膨れ上がった腹をもつ四本腕のトカゲのような怪物はニタリと嗤った。茉莉は恐怖で動くことも出来なかった。


 しかし、そんな時に、あの人は現れたのだ。

 恐らく二十代半ばか。空から舞い降りるように現れた彼女は、黄金の髪を持つ美女だった。その両脚には機械的な装甲を纏っていた。

 彼女は怪物を文字通り一蹴した。ひと蹴りで怪物を両断したのである。


『……これを』


 そして、彼女は茉莉に黒いルービックキューブのような道具を渡してきた。


『それを使いなさい』彼女は言った。


『それの名は「機甲脚装(メタルブーツ)」。あなたたちが戦うための武器よ』


 常夜の空を見上げて、彼女は言葉を続ける。


『世界は変わったわ。旧時代の常識や秩序はすでに終わった。いずれ覚醒者(ネクスト)たちも現れることでしょう。彼らは星の意志に従ってあなたたちを排除しようとするはず。けれど』


 そこで彼女は優しい顔を向けて、茉莉の頭に手を乗せた。


死に抗いなさい(・・・・・・・)。それは私にも、あなたにもある権利なのだから』


 そう告げて、彼女は跳び去っていった。

 茉莉は茫然としつつも、キューブを握りしめていた。

 かろうじて息をしていた親友を必死に担いで森を抜けて道路に出た。そこで通りがかった自動車に助けられた。後に分かることだが、偶然にも姉の友人だった木崎圭吾の車だった。

 茉莉は年の離れた姉のことも心配していた。

 おっとりとした姉だ。連絡も取れないこの状況では不安しか抱けない。せめて一年前に姉の恋人になった陽気で頼れる西欧人の青年――ジェイと一緒にいることを祈っていた。

 その結果は、あまりにも最悪なモノだったが。




「……………」


 ぱちり、と。

 壁に背中を預けて座っていた茉莉は、おもむろに瞳を開いた。

 顔を上げると細く柔らかな黒髪が動く。純和風を思わせる美しい少女だ。スレンダーな肢体に纏う衣服は公立高校の制服。両脚には機甲脚装(メタルブーツ)を装着したままだった。

 そこはタワーマンションの一室だった。ベッドもあるのだが、茉莉はあの日からベッドの上で眠れたことがなかった。無防備に寝るとすぐに目が覚めるのだ。

 信頼できる仲間がいる要塞化したこのタワーマンションの中であってもだ。


「……茉莉」


 その時、不意に声を掛けられる。

 目をやると、ドアを開いて覗き込む同部屋の親友の姿があった。

 大きな三つ編みを前に垂らす、ベージュ色のゆったりした服を着る十六歳の少女。

 温和な顔立ちに、スレンダーな茉莉とは対照的な豊かな双丘。その容姿と雰囲気から、どこか茉莉の姉に似た印象を持つ少女だった。

 旧姓・井村志穂(いむらしほ)。茉莉の親友であり、かつての同級生だ。そして世界崩壊の日に怪物(ビースト)の犠牲となった少女でもある。当時は精神的に酷い状態だったのだが、今は復帰していた。


「起きてる?」


「……うん。いま起きたところ」


 志穂の問いかけに茉莉は頷いて立ち上がった。途端、武装が解ける。パラパラと装甲が崩れ落ち、キューブとなって茉莉の手に収まった。


「圭吾たちが集合だって」


「……そう」


 キューブをポケットにしまい、茉莉は志穂の傍に向かう。

 なお志穂と圭吾は恋人同士――夫婦だった。志穂の今の姓は木崎だ。

 ただ現在、世界は機甲脚装(メタルブーツ)の所有者がそれぞれチームを組んで、頑丈な建物を拠点にしてどうにか生き延びているような状況だった。大崩壊前の法などすでに意味もなく、そのため、どうしても自称夫婦になってしまうのだが。


 けれど、二人の間には間違いなく愛がある。

 志穂がどうにか復帰できたのも、圭吾の懸命な献身があってこそだ。


 誠実で責任感も強い圭吾は、茉莉たちの頼れるリーダーでもある。姉も恋人にするのなら彼を選ぶべきだったと何度思ったことか。

 話を聞くと、姉と圭吾は高校時代からの友人だったらしい。それなら尚更だった。


(……圭吾は本当にいい人だわ)


 この過酷な世界で彼に何度助けられたか。どれだけ頼りにしてきたことか。

 本当に心から親友を託せる相手だった。

 けれど、圭吾と志穂のことを考える時、いつも少しだけ心が痛む。

 それは親友の危機を前に動くことも出来なかった罪の意識か。それとも――。


(……姉さんだけじゃない。私も馬鹿ね)


 茉莉は微かに唇を噛んだ。


(こんなの今更考えても仕方がないことだわ)


 小さく嘆息する。それから表情を改めて志穂を見やり、


「……部屋はミーティングルーム? もしかして虎先生も来るの?」


「うん。もうみんな待ってるって」


 志穂は頷いた。


「じゃあ、私はみんなの食事の支度があるから行くね」


「うん。ありがとう」


 志穂は去っていった。このタワーマンションには多くの一般市民もいる。タワー内の秩序に従いつつ、生活の場を築いていた。基本的に物資は茉莉たちが回収してくるのだが、幸いにも中庭的な庭園もあり、小規模ながらも菜園が成立している。


(けど、それも気休めか)


 圭吾の話とは、それかも知れない。

 技術開発班のリーダーである(ぎん)(じょう)虎之助(とらのすけ)もいるのなら可能性は高かった。

 立てこもるだけではそろそろジリ貧だ。通信のみならず物流も死んでいる。いずれ回収できる物資が尽きることも目に見えていた。やはり農業が可能な広い土地が欲しい。

 そんなことを思いながら、茉莉は部屋を出た。

 ミーティングルームは最上階だ。このタワーマンションにはもともと自家発電設備があり、それを銀城が改良してくれたおかげで最低限の電力は確保できていた。

 エレベーターに乗って最上階に移動する。ドアが開くと、ガラス張りの廊下だった。最上階は最も高額な部屋でもあるので、ここから見える絶景は当時の売りだった。


 茉莉は外を見やる。巨大すぎる月のため、かつての夜よりも遥かに明るい空。しかし、この二年間、太陽を拝むことは一度もなかった。


 茉莉は遥か下方に目をやった。

 タワーマンションの最上階からの景色。かつては雄大だったに違いない。けれど、今は朽ちた街並みが見えていた。ビル群などは健在だが、場所を問わない度重なる戦闘の余波で亀裂などが目立っている。何よりとても夜景とは呼べない。眼下には人工の輝きはほとんどなく、夜空の方がまだ明るいと感じるほどだ。


「……これが新世界なの?」


 茉莉は足を止めて拳を固めた。

 この世界には無数の怪物がいる。異能に目覚めて超人となった覚醒者(ネクスト)たちも。

 そして怪物(ビースト)覚醒者(ネクスト)たちも、当然のように人を殺し続けている。

 さらに人の中からも自ら狂気に身を委ねる者たちまで現れていた。同じ窮地にある同胞から奪う。尊厳も命さえもだ。刹那に生きる快楽主義者たちだった。


 こんな世界を迎えるために、姉は殺されなければならなかったのか。

 いや、姉だけではない。

 幸いにも志穂は命だけは助かった。圭吾のおかげで心もどうにか救われた。

 しかし、いったい今日までどれだけの犠牲者が生まれたことか。

 茉莉のかつての同級生たちはもう志穂しかいなかった。


「……ふざけるな」


 ギリ、と歯を軋ませる。

 彼女が失ったモノは、どれも真実だった。


 ――姉の死も。友人たちの死も。仲間の死も。

 決して取り戻すことのできない大切なモノだった。


 だが、彼女は知らない。

 その要因となったモノはすべて偽り。全くの虚構の産物であるということを。

 怪物(ビースト)と名付けた生物は、死を拒み、本能のみとなった人間の成れの果て。

 覚醒者(ネクスト)と名乗る者たちは、そもそも人間ではない。かつて人であったことに憧憬を抱き、その魂の輝きを見たいがために悲劇をばらまく化け物擬きだ。

 そして命綱にしている機甲脚装(メタルブーツ)さえも舞台装置として用意されたものであるなど。


「私はこんな世界は認めない」


 茉莉は吐き捨てる。

 この世界の真実など知る由もなく――。

 少女の悪夢は続いていく。






基本的には毎週土曜に更新ですが、少しストックが溜まったので、たまにランダムで別の日にも追加投稿をしようかと思います!

本作をよろしくお願いいたします!m(__)m


また別作品で申し訳ないのですが、一つ宣伝をさせていただきたく。

拙作の一つの『エレメントエンゲージ1 精霊王の寵姫たち』がHJ文庫さまより、第1巻発売中です。

現在、第1巻はAmazonさまのKindle Unlimitedにて読み放題、無料公開中ですので、少しでも多くの方に読んで頂けると嬉しいです。

よろしければ、『骸鬼王』ともどもよろしくお願いいたします。m(__)m

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