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骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第13部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第13部

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第一章 彼女たちの歩む道⑤

 一方、かなたは庭園沿いの長い廊下を歩いていた。

 実のところ、目的の場所はない。

 心が高揚しすぎて意味もなく廊下を歩いているだけだった。

 ほんの十五分ほど前のことだった。

 三人の正妃が、天雅楼本殿にある和室に集められた。


 一人目は銀髪の少女。宝石のような紫色の瞳に、透き通るような白い肌。短めの髪は右耳にかかる片房だけ長く、金糸のリボンを交差させて纏めている。同い年でありながら、かなたをも凌ぐプロポーションを持つ壱妃・エルナ=フォスターだ。

 二人目はかなただ。

 そして三人目は黒髪を、白いリボンでポニーテールに纏めた少女。

 凛々しい顔立ちに、これまた抜群のスタイルを持つ少女だ。現在、エルナたちも含めて正座をしているのだが、それがとてもよく似合っている。黒い眼差しのサムライ少女だ。

 参妃・御影刀歌だった。


 最古参とも呼べる三人である。全員が正妃の正装を身に着けていた。

 三人とも同い年で同じ学校。仲は良いのだが、今は全員が困惑した様子で沈黙していた。

 どうしてこの三人だけがいきなり呼び出されたのか分からないからだ。

 ややあって、襖が開き、真刃が入室してきた。


「すまん。いきなり呼び出した上に待たせてしまったな」


 まずそう詫びてから、真刃は上座に膝を曲げて座った。

 そうして、最初にアレックスが玖妃になったことを告げた。

 三人の少女は揃って、完全なる無表情になった。

 今この場に専属従霊たちはいない。事前に重要な話だと聞いていたため、それぞれの依り代から離れて外で待機しているのだ。ただ、もしこの場にいれば、ガクガクと震え出したかもしれない。まさに場が凍り付いた絶対零度の空気である。

 しかし、それを砕いたのも真刃の言葉だった。


「……お前たちに尋ねたい」


 そう切り出して、


「すべての可能性を捨ててでも(オレ)と未来を共にする覚悟はあるか?」


 淡々とした声で真刃は尋ねた。流石にエルナたちも表情を変えた。


「芽衣、六炉、桜華、杠葉、綾香。そしてアレックスと同じようにだ」


 続くその言葉で、何を意味するのかをエルナたちは即座に理解した。

 エルナと刀歌は顔を真っ赤にし、かなたは思わず口元に片手を当てて目を見開いた。

 全員がすぐさま真刃から視線を逸らした。覚悟が出来ていない訳ではない。少女としての躊躇いと無垢さからだった。


「わ、私も、かなたも、刀歌も……」


 三人を代表して、壱妃であるエルナが答える。


「覚悟は出来ています。ずっと前から……」


 エルナの言葉に、かなたも刀歌も耳まで赤くしながらも強く頷いた。

 真刃は「……そうか」と呟いた。


「ありがとう。(オレ)のような人擬きを愛してくれて」


 そう告げる。それはまごう事なき本心だった。


「ならば(オレ)も覚悟を以て応じよう」


 真刃は少女たちを順に見やり、「エルナ、かなた、刀歌」と名を呼んでこう告げた。


「お前たちを娶る。生涯をかけてお前たちを愛することをここに誓おう。お前たちをもう離すつもりはない」


 そして決意を示すように拳を強く固めて、真刃は立ち上がった。


「今宵から三日間、夜を空ける。愛の証明と第二段階の契約を行う。(オレ)の想いに応えてくれる者から(オレ)の元に来てくれ」


 そう告げると、真刃は退室していった。

 残された少女たちは茫然としていた。

 ただ、それぞれの心臓は爆発せんばかりに跳ね上がっていたが。

 彼女たちは三分以上、自分のドラムのような激しい心音だけを聞くことになった。

 そして、


「つ、遂に……」


 刀歌が口を開いた。


「わ、私たちの番、なのか……」


 頭から湯気が出んばかりに赤くなり、動揺から瞳は忙しなく動いている。

 アレックスの正妃入りの話はもはや完全に頭から吹き飛んでいた。


「そ、そうなのね……」


 エルナも呟き、静かに喉を鳴らした。


「や、やっと私たちも……」


 胸元を両手で強く押さえて呟く。

 一方、かなたも茫然としていた。が、ややあって、


「~~~~~~っっ!」


 目をきつく閉じ、顔を耳まで真っ赤にして俯いた。

 元々決めていた順番は年齢順だ。だとすれば今夜の相手は――。

 そう考えていた時、


「じゅ、順番を決めるわよ!」


 エルナが立ち上がって叫んだ。かなたの方を凝視して、


「こ、ここまで来たら年齢順なんて意味ないわ! 順番を決めましょう!」


「う、うん。そうだな!」


 刀歌もふらふらと立ち上がった。かなたも同様だ。


「一日二日なんてもう誤差なんだし! とにかく正々堂々よ!」


 とにかく勢いに任せて、エルナは右の拳を振り上げた。

 刀歌とかなたも反射的に片手を振り上げた。


「「「最初はぐー!」」」


 そしてこの国独特の掛け声を上げるのであった――。

 …………………………。

 ………………。

 …………。

 

 かくして天雅楼本殿の廊下にて。

 かなたは、自分の拳を見つめて立ち止まった。

 ゆっくりと指を開いて再び閉じる。

 きっと明日は、エルナと刀歌から質問攻めにあうことになるだろう。

 勝ち取ったのはかなただった。次にエルナ。最後は刀歌だ。


(……私は……)


 流石に緊張は隠せない。当然だった。




 そしてその夜。




 かなたは、自室で唇に薄い紅を引いた。

 赤色はさほど目立たない。艶やかさだけ際立つ。

 服装は白装束だ。それを少し着崩している。肩や胸元が露出していた。

 おもむろに自室から出る。

 月光の注ぐ庭園沿いの廊下を、かなたは進んでいった。

 ややあって廊下の奥に人影が見えた。真刃の部屋の前である。天雅楼本殿には真刃の私室は複数あるが、そこはその一つ。和室だった。

 そして開かれた襖の前に立っていたのは真刃本人だった。

 彼は和装姿でかなたを待っていた。


「……真刃さま」


「……かなたか」


 真刃はかなたに視線を向けた。


「お前が最初なのか?」


「……はい」


 かなたは頷いた。そのまま真刃の元へと進んでいく。

 そして彼の前で足取りを止めた。


「今宵の夜伽は弐妃・かなたが務めさせていただきます」


 かなたは頭を垂れて願う。


「何も知らない未熟者ではありますが、何卒愛していただければと」


「……かなた」


 真刃は、かなたの頬にそっと片手を添えた。

 緊張を隠せない様子で、かなたは顔を上げる。と、


(オレ)はお前を常に大事に思っていた。だが許せ。今宵はそうもいかぬ」


 困ったような表情を真刃は見せた。


「お前を貪り尽くすやもしれん。(オレ)はそういう男でもあるのだ」


 言って、かなたを抱き寄せて唇を重ねた。

 長い口付けだった。かなたは微かに震えながらも愛する人の腕を掴んでいた。

 唇が離された時、かなたは切ない吐息を零し、瞳も肌も熱を帯びていた。


(オレ)の愛しいかなたよ」


 真刃は、かなたの唇を親指でなぞって尋ねる。


「今宵、お前の将来もすべて貰うぞ。覚悟はよいな」


「……そんなの聞かないで。真刃さまのいじわる」


 上目遣いに少し拗ねたような表情を見せるかなたに、真刃は微笑んだ。

 かなたを力強く抱きしめ、彼女の首筋に唇を這わせた。

 頬を染めるかなたは「ん……」と喉を鳴らした。

 その後、愛しいかなたを抱き上げて、真刃は自室の中へと進んでいった。

 夜は更けていく――……。



 はァ、はァ……。

 熱い吐息を吐く。

 鼓動は常に早鐘を打ち、激しすぎて呼吸が出来ないような時もあった。

 目じりには涙が滲み、幾度も嬌声が零れ落ちる。

 当然ながら最初は痛みもあった。けれど、今はもう感じない。

 力強い腕に抱きしめられて、ただただ心が満たされていた。

 かつては怖いと思っていたことも、今はすべて受け入れていた。


(ああァ……)


 自らも愛しい人の背中を抱きしめる。

 とても温かかった。燃えるような熱量を感じた。

 直後、かなたは目を見開いた。


(――~~~っっ)


 さらに深く。より激しく。

 想いが注がれる。背筋が震えた。


「もうお前を離すつもりはない」


 耳元で囁かれるその声に、心も震えた。


(嗚呼、父さま、母さま……)


 今にも途切れてしまいそうな意識の中で、かなたは強く想う。


(私は幸せです。空っぽだった私の人生を幸せで満たしてもらいました)


 ――と。




 そうして明け方近く。

 すゥすゥ、と。

 一糸纏わぬかなたが寝息を立てていた。雪のように白い肌。首筋や胸元などには玉のような汗をかいているが、今は呼吸も落ち着いている。


「……何かあったのか?」


 寝具の上で片膝をつき、眠るかなたの髪を撫でる真刃は襖の向こうに声を掛けた。


「申し訳ありません。若」


 シルエットだけで姿は確認できないがよく知る人物の声だ。

 襖の向こうで控えているのは、近衛隊副隊長である獅童大我だった。

 かなたのことを配慮してか、正座した獅童は襖越しに真刃に報告する。


「火急の事態ゆえに報告に参りました」


 真刃は「そうか」と双眸を細めた。


「申せ。何があった?」


「……は。実は――」


 獅童が報告しようとしたその時だった。

 不意に違和感を覚えた。

 真刃も獅童もだ。疲れ切って眠るかなただけは気付かない。


「――若!」


「……うむ」


 愛しいかなたの髪を撫で続けながら、真刃は表情を険しくした。


「予定よりも早い幕開けだな。舞台の準備は完了ということか。道化め」


 そう呟くのであった。










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