第一章 彼女たちの歩む道③
――奇抜な男だ。
それが真刃の異母弟に対する第一印象だった。
年の頃は二十代前半か。
髪の色は明るい緑色。長髪であり、オールバックにしている。左耳には十字架の装飾具を着けていた。瞳の色は分からない。丸いサングラスで隠しているからだ。
衣服は、光沢を放つライトグリーンの神父服のようだ。二の腕辺りが異様に膨らんでいる。どうやら左腕は義手のようであり、細い銀色の鎖によって腕を造っていた。
久遠破刃瓢濫。久遠家における三男らしい。
真刃にしてみれば、父の一族に含められるのは極めて心外なのだが。
「いやあ、昨夜はよく眠れたじゃんよ」
と、破刃は言う。
対し、真刃は内心で苦笑を浮かべた。
昨夜、来訪してきた真刃の異母弟。近衛隊は最大級の警戒をしていたのだが、そんな中でこの男は客間にて爆睡したらしい。
(何とも肝の据わった男だ)
それが率直な感想だった。
真刃が手出しさせないと信じてのことか。
それとも、いかなる事態に陥っても切り抜ける自信があってのことか。
いずれにせよ、侮れない相手だ。
(あの男は……)
真刃は双眸を細めた。
脳裏に浮かぶのは、かつての父の姿だ。
傲岸不遜なようでどこか卑屈。今代的に言えば承認欲求を抑えきれなかった男。
一言で言えば小物だ。
しかし、刀の製作の才だけは恵まれていたようだ。
破刃然り。真刃然りだ。
(本当に悔やまれるな。あやつを始末しておかなかったことは)
これもまた率直な気持ちだった。
が、それはともあれ。
「さて。破刃」
真刃は異母弟に話し掛ける。
「お前の話では父は今回の一件に手を出さぬということだったな」
「おう。そうじゃん」
破刃はにかっと笑って答えた。
「親父殿にしてみれば、今回は様子見したいそうじゃん。下手に関わって万が一にも作品を壊されたら堪らねえからさ」
そこで大仰に破刃は肩を竦めた。
「オレさまや小兄者はともかく、うちの家族には戦闘向きじゃねえのもいるからじゃんよ」
「……そうか」真刃は双眸を鋭くした。
「お前が三男というのならば小兄者とやらは次男か。己を大兄と呼ぶのならば、その家族とやらの話も詳しく聞かせてもらいたいものだがな」
「ああ~、それはダメじゃんよ」破刃は両腕で『×』を作った。
「親父殿に厳禁されててよ。大兄者には極力情報は与えんなって言われてんじゃんよ」
「ふん」真刃は鼻で笑う。「あの喋りたがりが随分と変わったものだ」
「そりゃあ変わるじゃんよ」
真刃の独白に、破刃はポリポリと頬を掻いた。
「大昔に大兄者の前でうっかり口走ったせいで殺されかけたんだろ? ビビりもするさ。親父殿は本質的には小物だからな。けどさ、大兄者」
そこで破刃は、にやりと笑みを零した。
「小物ほど臆病で卑屈で陰険で用心深いじゃんよ。そんでそういう奴ほど、長い年月を経れば底なしの老獪へと至るんだと思うぜ」
「…………」
真刃は、無言で異母弟を見据えた。
確かにそれは否定できない。その結果、父は目の前の男を造り上げたのだから。
杠葉以外では初めて出会った神威霊具の使い手を。
そして、恐らくそれさえも力の一端に過ぎないと真刃は感じ取っていた。
「ああ~、そろそろオレさまは行くじゃんよ」
大樹の枝の上で膝を曲げていた破刃は、おもむろに立ち上がった。
「お茶菓子おいしかったじゃんよ。サンキュ。まあ、出来れば、大兄者の嫁さんたち――特に桜華の義姉者とは顔合わせしておきたかったんだが……」
「……桜華だと?」
真刃は訝しげに眉をひそめた。
「どういうことだ? 何故ここで桜華の名が出てくる?」
昨夜、破刃に引き合わせた妃は三人だけだ。
近衛隊の隊長の芽衣。幹部の綾香。そしてあの場に立ち会ったアレックスだけだ。
戦力の秘匿という意味でも、杠葉と桜華を筆頭に他の妃たちは姿を隠していた。
ただ、当然、父側でもこちらをある程度は調査しているだろう。従って桜華の名を調べられていても不思議ではないのだが……。
「う~ん、親父殿には悪りいが、一つだけ教えとくじゃん」
すると、破刃は秘密をお願いするように唇の前で人差し指を立てた。
「久遠影刃基義。男所帯の久遠家の紅一点で可愛い末っ子じゃんよ。ただあの子は根っこの部分でオレさまたちとは少し違うじゃんよ。実はあの子は――」
そうして、とある秘密を破刃は口にした。
流石に真刃も絶句する。隠れていた猿忌も思わず姿を現すほどだ。
「これはまだ秘密な。そんじゃあまた来るじゃんよ! 大兄者!」
言って、破刃は突風と共に姿を消した。
残されたのは、未だ言葉を失ったままの真刃と猿忌だけだった。
十数秒の沈黙。
『……主よ』
ようやく、猿忌が口を開いた。
『これは流石に想定外ぞ』
「……………」
真刃は沈黙した。それから息を吐き、
「今の話は秘匿だ。真偽がまだ分からん」
『……うむ。そうだな』
猿忌が神妙な様子で頷く。
『これはこれで問題になりそうだ。機が来るまで我らの胸の内に秘めておこう』
「ああ。それがよかろう。しかし……」
真刃は破刃が去った方向に目をやった。
「本当に騒々しい男だったな」
そう呟いて苦笑を見せる。
そして、
「この不気味な大樹といい、最後の最後で厄介なモノを押し付けるな」
と、思わず愚痴めいた言葉を零す真刃だった。
少しストックが溜まったので、毎週土曜更新を行います!
本作をよろしくお願いいたします!m(__)m
また別作品で申し訳ないのですが、一つ宣伝を。
拙作の一つの『エレメントエンゲージ1 精霊王の寵姫たち』がHJ文庫さまより、第1巻発売中です。
↓小説家にさろうさまの書報ページ
https://syosetu.com/syuppan/view/bookid/8464/
よろしければ『骸鬼王』ともども応援していただけると、とても嬉しく思います。
何卒、どうかよろしくお願いいたします。m(__)m




