第一章 彼女たちの歩む道②
同刻。同じく天雅楼本殿内にて。
広い庭園に、ジーンズに白いシャツといったラフな姿の青年が佇んでいた。
――久遠真刃である。
目の前には天にも届きそうほどに巨大で不気味な大樹があった。
昨夜、ここで死んだ名付き我霊の成れの果てだ。ある意味で墓標とも言える大樹だが、いつまでも置いておく義理もない。近日中には撤去する予定だった。
ただ、今はその大樹を真刃は静かに見上げていた。
その時、
……ボボボ、と。
真刃の隣に鬼火が現れた。それは霊体だが、すぐに形となる。
骨の翼を持つ猿。従霊の長である猿忌だ。
『主よ』猿忌は真刃に問う。
『新たなる妃は確と愛でてやったか?』
「………」
真刃は無言で猿忌を一瞥する。が、ややあって嘆息した。
『……ふむ』
その反応だけで猿忌にとっては察するに充分だった。
『そうか。これで玖妃も確定したな』
満足げに頷く。
『芽衣に六炉。桜華に杠葉。綾香。そしてアレックスか。第二段階に至った妃が多くなったことは喜ばしいことだが、そろそろ世継ぎが欲しいところだな』
「……おい。猿忌」
真刃が眉をしかめて猿忌を睨み据える。
『当然の帰結であろう』
しかし、意にも介さず猿忌は肩を竦めてそう答えた。
『主とて我が子は欲しいと考えておるのだろう? しかしそうなると不公平感が出る。未だ結ばれておらぬ妃たちには不満がでよう』
一拍おいて、
『ましてや古参ばかりだ。やはり近い内にエルナたちも抱いてやるべきだぞ』
「……猿忌よ」真刃は先ほどよりも鋭い視線を猿忌に向ける。
「何度目の話だ。その度に言っておるが……」
『状況はまた変わったではないか。アレックスとエルナたちにさほど年の差はないぞ』
猿忌は主の言葉を遮った。
『道化との決戦も控えておる。アレックスを愛したのならば、エルナたちにも愛は示してやるべきだ。確かに燦や月子、神楽坂姉妹にはまだ早いというのは分かる。ホマレはいささか不明だが、少なくともエルナ、かなた、刀歌の三人は早々に考えるべきだ』
「…………」
真刃はただ沈黙する。
『主も決戦の気配を感じているからこそ、此度、あえてアレックスを愛したのだろう? いま思えば捌妃となった綾香にしてもそうだ。綾香の対応には主らしからぬ強引さがあった。今回のアレックスに対してもだ。大きな戦が迫る中で焦りを抱いたのではないか? ゆえに誰にも奪わせないために二人を抱いたのではないか?』
猿忌の指摘に、真刃は静かな眼差しを向けた。
『なればこそ進言しておるのだ。エルナたちも同様の立場ではないか。それにだ』
一拍おいて、猿忌は少しばかり苦笑を浮かべた。
『今回の玖妃の件。かなたは間違いなく不機嫌になるぞ。アレックスとは因縁深いということだからな』
「………やはり」
すると、真刃は少し困った顔をした。
「アレックスの件。かなたは拗ねると思うか?」
『確実にな』猿忌は即答する。
『アレックスには珍しくかなたも執着していた。正直なところ、それもあっての進言だ』
「……アレックスは己の女だ。生涯愛するつもりで抱いた。しかし、かなたはやはり不満に感じると思うか?」
『流石にそれが分からないと言うのならば、主の口癖である人擬きの自嘲も笑えんぞ』
「……分かっておる」
真刃は小さく嘆息した。
「そうだな。かなた……エルナたちのことも相応の覚悟を決めよう。まずエルナたちが将来をどう思っているのかを確かめてからのことだが」
『ふむ。ようやくだな』
猿忌は腕を組んで大きく頷いた。
『ああ、そうだ。ホマレのことも考慮してやるとよいぞ。出会いこそ奇抜であったが、あの娘は意外なほどに尽くす娘だ。妃の資格や覚悟がない訳ではないようだ』
「いや。そもそもあの娘はどうにも年齢が疑わしいのだが……」
そう返して、真刃は眉根を寄せた。
ホマレの容姿はどうみても十代半ばぐらいにしか見えなかった。
猿忌も少し困ったように口角を上げつつ、
『それはともあれだ。しかし、正妃はこれで十一名。準妃は三名か。当初の予定よりもかなり多くなったな。ところで今代の名家では第二段階の隷者は十五名ほどだと聞くが?』
「……おい。猿忌」真刃は半眼を見せた。
「エルナとかなた、刀歌には己にも想いはある。しかし燦と月子はまだ例外だ。ホマレや神楽坂姉妹もだ。従って仮にエルナたちを含めても己の妻は九人だ」
一拍おいて、
「すでにお前が当初言っていた七人は超えておる。流石にこれ以上、娶る気はないぞ」
『何を言うか。主よ』
真刃の言葉に対し、猿忌は呆れたような口調で返した。
『幼くとも燦と月子もとうに覚悟しておるぞ。神楽坂姉妹やホマレも準妃である以上、言うまでもあるまい。今より増やせとは言わんが、せめて彼女たちは娶ってやることだな』
「……………」
どうにも答えづらく真刃は無言になった。
『強欲の王を名乗るのならば、すべてを手に入れる覚悟をせよということだな』
「……お前は」真刃は嘆息した。
「まあ、よい。その話はここまでだ。それよりも待ち人がようやく来たようだ」
そう告げて、真刃は視線を目の前の大樹に移した。猿忌も顔を上げた。続けて一旦鬼火に戻って姿を消した。
直後、強い風が吹いた。
木の葉が舞い飛び、木々が揺れる。
真刃は双眸を細めた。
そして、
「おお~、お待たせしたじゃんよ」
その明るい声は大樹の上から聞こえてきた。
真刃が見上げると、そこには――。
「おはようじゃんよ。真刃王儀の大兄者」
大樹の枝に膝を曲げて座り、にかっと笑う異母弟がいた。
一旦ここまでが先行投稿となります。
もう少しストックを溜めたら毎週土曜日に更新したいと思っております。
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