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エピローグ

 ――ピシリ、と。

 不意にその駒に亀裂が奔った。

 チェスにおけるルークの駒だ。それは瞬く間に崩れ落ちた。


「……これは」


 それを見届ける者がいた。

 左目には片眼鏡(モノクル)。天に伸びる髭を蓄えた小柄な紳士。

 ――《恒河沙剣刃(ゴウガシャケンジン)餓者髑髏(ガシャドクロ)》である。

 そこはホテルの一室。彼は一人ソファーに座り、目の前の空間に広大な街を投影して、無数のチェスの駒を配置して思案していた。

 様々な催しを考えてある意味、とても楽しい時間だった。

 だがしかし、いきなり駒の一つが崩れ落ちたのだ。

 それもクイーンに次ぐルークである。


「……よもや舞台が始まる前に誰か死んだのかね」


 餓者髑髏は、双眸を細めてそう呟く。

 ルークの位を与えている者は数少ない。

 餓者髑髏のみならず、他の千年我霊たちも認めた猛者たちだ。彼らを倒すことは決して容易ではないはずだ。


「……お館さま?」


 その時、後ろから声を掛けられた。

 振り返ると、そこには白いスーツ姿のエリーゼがいた。

 最愛の妻であり、ルークの位を与えている者の一人でもある。

 少なくとも死んだのは彼女ではない。無事な姿に夫として安堵しつつも、


「ルークの一人が死んだようだ」


 餓者髑髏はそう呟く。エリーゼは「え?」と目を丸くした。


「まさか! 一体誰が!」


 そう呟いて、エリーゼはスマホを取り出した。

 安否確認の連絡をすると、次々と返信が来るが、一人だけ応答がない。

 ――土蜘蛛だった。


「まさか、あの土蜘蛛さまが……?」


「……土蜘蛛氏かね」


 餓者髑髏は眉根を寄せた。


「彼はルークの中でも紛れもなく最上位(モースト)だった。その実績も生きた年月も最もクイーンに近い者と言えよう。よもやだね」


「い、いえ。ただ連絡がつかないだけかも知れません。急ぎ確認を――」


「いや、それには及ばないよ。エリー」


 餓者髑髏はソファーに身を沈めると指を組み、天を仰いだ。


「確認するのならば無事な者たちだ。仮に土蜘蛛氏が殺されたのならば久遠君が関わっている可能性が高い。調査でさらに犠牲者を出してしまうかも知れない」


「そ、それは……」


 言葉を詰まらせるエリーゼ。


「それに、すでに他の者たちから返信があるのならば、やはり土蜘蛛氏の死は確定だということだろう」


 そう指摘する餓者髑髏に、エリーゼは俯いて唇を噛み、


「……申し訳ありません。お館さま。こうなるのでしたら土蜘蛛さまをお一人にさせるべきではありませんでした」


「それは仕方がないことだよ。エリー」


 餓者髑髏は苦笑を浮かべた。


「これは流石に想定外(イレギュラー)だ。こういうこともある。だからこそ人生は面白い(ファンタスティック)


 そこで彼は「エリー」と妻の名を呼んだ。


「ワインを。今夜は付き合ってくれ」


「……お館さま?」


 眉根を寄せるエリーゼに、餓者髑髏は瞑目する。

 そして、とても静かな声で。


「彼の損失(ドロップ)は確かに痛い。だが、今は偲ぼうではないか。我らが同胞の死を」


 そう語った。



       ◆



 別の場所。

 とある朽ち果てた墓所にて。

 一人の男が歩いていた。

 顔には梟を思わせる白い仮面を着け、微かに光沢を放つ円塔帽子(シルクハット)を被っている。衣服としては裾へと徐々に広がる黒い貫頭衣を纏っており、腕と指先が異様なほどに長く、左腕には光の灯っていないランタンをぶら下げていた。

 ――そう。悪魔(デビル)である。

 音も無く歩く悪魔。墓所は地下にあり、まるで古代の遺跡のようだった。

 当然ながら照明などもないのだが、真っ暗な中、悪魔は迷いなく進んでいく。

 彼は全能ではないが全知だ。この場所も知っていた。

 角を何度か曲がって、ようやく目的の場所へと辿り着いた。

 墓所の中核。この部屋だけはほんのりと壁が光っている。

 そして部屋の中央には石棺があった。祭所を思わせる部屋でもあるのだが、石棺のための祭具はほぼ朽ちている。誰もこの墓所を管理していない証だった。


「……クワワ」


 亀裂の入った石棺を見やり、悪魔は苦笑を零した。


「すでに滅亡したとはいえ、かの一族が誰にも祀られないとは哀れである」


 石棺に近づいて、そっと触れる。


「しかし、だからこそ、ここは都合がいいのである」


 そう呟いた。

 ――いよいよ三千神楽が始まる。

 七つの邪悪。その内の三人の王による大凶祭。それを迎え撃つための最後のピースを、ここで手に入れなければならない。

 石棺に触れたまま、悪魔は沈黙していた。


 すると、コツコツと足音が聞こえてくる。悪魔が通って来た道の奥からだ。

 悪魔はしばしその音に耳を傾けていた。

 ややあって足音は止まった。おもむろに悪魔は振り返る。

 悪魔が入って来た部屋の入口。そこには今、一人の少年が立っていた。

 年の頃は十七歳ぐらいか。

 特徴としては、赤い短髪に赤い双眸。さらには真っ赤なコートを纏った少年だった。腰には赤い鞘に納まった長刀も吊るしている。まさに真紅一色の少年だった。


 少年は無言だった。

 ただ、その風貌のためか、まるで火口にいるような圧を感じた。

 緩やかに蠢くマグマを覗き込んでいるようだった。


(……これは想像以上に)


 悪魔は双眸を細める。


(よく似ている。久遠真刃に)


 この少年が黒髪黒眼となって成長した姿が、今の久遠真刃とも言えそうだ。

 まあ、久遠真刃にしても目の前の少年にしても、その圧倒的な魂力の量のために実年齢は容姿通りではないのだが、それは彼らの血族すべてに当てはまることだった。


(しかし、より似ているとしたら昔の久遠真刃かも知れないな)


 大門紫子と。

 火緋神杠葉、御影刀一郎と出会う前の頃の久遠真刃だ。

 それを思わせるほどに、真紅の少年の眼差しは冷たかった。

 炎のような姿とは裏腹に、氷の表情とも言えた。


「初めまして」


 悪魔は少年に名乗る。


「私の名前は悪魔(デビル)なのである。不躾ながらお尋ねしたいのであるが」


 一拍おいて、悪魔は尋ねる。


「君は『久遠至刃(しじん)(じん)()』で相違ないのであるか?」







 第12部〈了〉

読者のみなさま!

本作を第12部まで読んでいただき、誠にありがとうございます!


しばらくは更新が止まりますが、第12部以降も基本的に別作品との執筆のローテーションを組んで続けたいと考えております。


少しでも面白いな、続きを読んでみたいなと思って下さった方々!

感想やブクマ、『★』評価で応援していただけると、とても嬉しいです! 

大いに執筆の励みになります!

感想はほとんど返信が出来ていなくて申し訳ありませんが、ちゃんと読ませて頂き、創作の参考と励みになっております!

今後とも本作にお付き合いしていただけるよう頑張っていきますので、これからも何卒よろしくお願いいたします!m(__)m

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