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第八章 夢を貪る風⑧

 夜の庭園を二人は歩いていた。

 アレックスと剛人の二人だ。

 他には誰もいない。二人きりだった。


(別に断っても良かったんだが……)


 アレックスは、剛人の横顔を見て思う。


(あの人の所に行く前に気の迷いの原因を確認しておいてもいいか)


 どうせ屋敷に戻る道中は一緒なのだ。その間に、剛人の話を聞くつもりだった。


「そんでオレに話ってなんだ?」


「……ああ。そうだな」


 剛人は足を止めた。アレックスもそれに合わせて止めた。

 剛人は少し夜空を見上げて、


「俺はラシャとセイラを抱いた。二人と契約した」


「お、おう」


 いきなりの話にアレックスは驚きつつも頷いた。

 知っていた話だが、剛人本人から聞くと流石にドキッとする内容だ。


「改めて思ったよ。第二段階の《魂結び》は違う。相手のすべてを得るんだ。当然だな」


「……お、おう」


 アレックスは頷くことしか出来ない。

 それは確かにそうだ。剛人が何を言いたいのか真意がよく分からなかった。


「俺はもっと強くなる。そのために望む女は五人(・・)だ」


 一拍おいて、剛人は言う。


「ラシャ。セイラ。琴姫。刀歌。そして――」


 そこで剛人は困惑するアレックスの顔を正面から見つめる。


「アレックス。お前だ」


 十数秒の沈黙。


「……………はい?」


 アレックスは目を丸くした。

 それから「何言ってんだ、こいつ」といった表情を浮かべた。


「アレックス」剛人は構わずに言葉を続けた。


「俺にはお前が必要なんだ。俺を支えてくれる女として。アレックス。お前が欲しい」


「何言ってんだ、お前」


 今度は心の声を言葉にした。アレックスは冷めきった半眼を剛人に向けた。


「オレはあの人の隷者(ドナー)なんだぞ。オレの気持ちは知ってんだろ。今はまだでも準妃なんだ」


「刀歌だってあいつの隷者(ドナー)だ。だが、俺は奪う。あいつから刀歌を」


 剛人はアレックスに向けて一歩踏み込んだ。


「強くなるために奪う事こそ引導師(ボーダー)の本質だ。ならお前も奪っちまってもいいじゃねえか」


「……おい。もうつまんねえ話をすんな。今日は何も聞かなかったことにしておいてやるよ。オレはもう行くからな」


 言って、アレックスは剛人を無視して歩き出した。


「アレックス」


 しかし、彼女の腕は剛人によって掴まれた。


「聞け。ましてやお前はまだ隷者じゃねえんだ。そもそもあいつの女でもねえ。なんなら、ここで奪っちまってもいいってことだろ」


「……てめえ」


 アレックスは凶悪な眼差しを剛人に見えた。


「舐めたこと言ってんじゃねえぞ。失望したぞ。ゴウト」


 そう告げて、剛人の腕を振り払おうとした時だった。

 ――ガクン、と。


(………は?)


 いきなり両膝から力が抜けたのだ。

 ガクガクと震え始める。さらにはどうしてか体温が上がり、体が火照ってくる。

 掴まれた腕から、理解不能な感覚が侵食してくるようだった。


(………え)


 アレックスは今も倒れそうなぐらいに脱力した。

 そんな彼女を剛人は太い腕で抱き寄せた。

 そして、


「……お前自身がどう思っても、お前の体は俺を受け入れてるみたいだぜ」


 そんなことを告げた。

 アレックスは、少し呆けた表情で剛人の顔を見上げた。


「お前は子を産むために。強い男の血を受け入れるために育てられたんだろ?」


(……なんで、お前が、そんなことを……)


 アレックスはぼんやりし始めた意識で考えるが、集中力が霧散していく。


「受け入れろ」


 ただ、耳元で囁かれた。


「お前は俺の女だ。お前が望むのなら孕むまで胤もたっぷりくれてやるさ」


「…………」


 アレックスは無言だ。

 剛人は口角を上げて、アレックスのうなじに手をやった。


「胤が欲しけりゃあ、お前が俺の女である証を見せろ。自分から唇を捧げるんだ」


 傲慢な口調でそう命じた。アレックスは「……ん」と喉を鳴らした。

 そうして少しあごを上げて、

 ――ゴンッ!


「――ッ!?」


 剛人は目を見開いた。

 アレックスは残された力をすべて込めて、剛人の鼻っ面に頭突きを喰らわせてきたのだ。

 思わず彼女を手離して後ずさりした。


「……ふざけんな」


 アレックスは、虚ろな眼差しであってなお剛人を睨みつけた。


「オレは正妃(ナンバーズ)になる女だ。親父の都合も全然関係ねえ。今のオレはあの人が誇りに思ってくれる『刀』なんだよ」


 そう告げると、力尽きるようにアレックスは仰向けに倒れた。

 ハァハァ、と荒い息を立てて、胸を上下させていた。

 一方、剛人は、


「……やはりお前はいいな……」


 鼻を抑えて不気味に笑っていた。その瞳は歓喜で満ちているようだった。


「だが、結論はまだだ。お前が果たして俺の花嫁に相応しいのか。無限の快楽を前にして最後まで抗えるのか今から試してやろう」


 そう宣告して、剛人は倒れているアレックスにのしかかって来た。両手首を強く掴まれる。アレックスは「く」と呻くが、まだ全身が痺れたように上手く動かない。

 とても甘い匂いがして思考も鈍くなってくる。


(変だ。おかしい。これ、もしかして何かの術なのか?)


 荒い息のまま頬を紅潮させて、アレックスは剛人を睨みつけた。

 剛人はこれまでアレックスが――いや、ラシャやセイラであっても見たことのない下卑た表情を見せて顔を近づけてくる。


「アレックス。どうか堕ちてくれるなよ。最後まで俺を夢から醒めさせないでくれ」


 アレックスの頬に舌でも這わせそうな距離で、剛人がそう告げた時だった。

 ――ドンッ!

 いきなり剛人の姿が消えた。

 アレックスは「え?」と目を丸くした。

 剛人は、突然、横から突き出した足に蹴り飛ばされたのだ。


「……やはり(オレ)は気に入った相手に対しては堪え性がないようだ」


 そんな呟きが聞こえた。

 アレックスがハッとして声の方に顔を向けると、そこにいたのは――。


「く、久遠さん……」


「真刃で良いぞ。アレックスよ」


 夜も遅いこんな時間に紳士服姿である真刃は倒れたままのアレックスに手を差し伸べた。

 アレックスはその手を掴み、立ち上がった。

 しかし、まだ体が不自由でふらついた。彼の胸板に飛び込むように倒れこんでしまった。


(………あ)


 そんな彼女を真刃は優しく受け止めてくれた。


「……すまぬな。どうせ介入してしまうのなら、もっと早く動けば良かったか」


 そう告げて、彼はアレックスの頭を撫でてくれた。

 傍に立ってくれる力強さに。その手の温もりに、


(~~~~~~~ッッ)


 アレックスは言葉もなかった。

 先程とは比較にもならない幸福そのもののような感覚が背筋に奔った。


「一人で立てるか?」


「ふあ、は、はい……」


 アレックスは顔を上げて頷いた。頼りなくではあるが一人で立つ。

 真刃はそれを見届けると、「さて」と呟き、自分が蹴り飛ばした剛人に目を向けた。

 剛人は片足をついて、真刃を睨みつけていた。

 真刃は不快そうに眉をしかめた。


「言っておくが、アレックスだけではないぞ。(オレ)はその少年のことも気に入っておるのだ。当人の真っ直ぐな心根もだが、その少年は刀歌の竹馬の友であり、そして桜華の友の忘れ形見だからな。あの夜を生き抜いた勇敢なる者の末裔だ」


 そう告げると、真刃は剛人に対し、鋭い眼差しを向ける。

 そうして言葉をこう続けた。


「その姿はあの少年への侮辱だ。いい加減に本性を現したらどうだ? 鼠よ」









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