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第八章 夢を貪る風⑦

 それから、もう一日経過した。

 さらに一晩迎えたということである。

 愛する者を知り、強く自覚すれば、男は変わるものだ。

 剛人の変化は目に見えて明らかだった。

 覇気が違う。顔つきが違う。所作一つにして実に堂々とした佇まいだった。

 もちろん、魂力も底上げされている。技の練度においても影響は大きい。

 ――ダンッ、と。

 強い震脚と共に拳を突き出した。空気を弾き、虚空を射抜く正拳。

 その一撃に一切の迷いはない。


「……ほう」


 訓練場にて桜華が感心の声を上げた。


「変わったな。これまでの修練の成果が実を結んだ……と言うよりも」


 そこで桜華は訓練場の端に座る三人の少女に目をやった。

 ラシャとセイラと琴姫である。

 三人の様子はそれぞれだった。

 胡坐をかくラシャはどこかしおらしくもじもじとし、セイラは綺麗な正座をしているが、かなり疲れている様子だ。時々、うつらうつらと船を漕いでいる。

 二人の傍らで琴姫は緊張している様子だった。修練を続ける剛人を見やり、頬を赤く染めて吐息を零す。膝の上で手を握りしめて「ううゥ、いよいよ今夜……」と呟いていた。

 察するには充分すぎる状況だった。


「なるほどな」桜華は笑みを深めた。「色を知ったか。小僧め」


 そんなことを呟く。

 愛をとことん拗らせて彷徨い、百年以上も純潔だった乙女の台詞である。

 他の正妃たちが聞けば、さぞかし遠い目をすることだろう。

 ともあれ、剛人の変化は一目瞭然だった。


「…………」


 重桜を肩に担いで、その修練を無言で見るアレックスの目にもだ。


(……う~ん)


 アレックスは内心で呻いた。

 確かに剛人の男っぷりは上がっている。

 しかし、


(やっぱトキめかねえな)


 それが素直な気持ちだった。

 あのがっしりとした体格。大きすぎる筋肉がどうにも受けつけない。やはりゴリマッチョ系は趣味ではなかった。というよりも、どうしてもあの横暴な父を思い浮かべてしまう。


(やっぱあの夢は何かの間違いだな)


 改めてそう思う。

 一方、その傍らで、


「おお~、凄いじゃないか。剛人の奴」


 刀歌が感心した声でポンと手を叩いた。


「肩の力が抜けたかのように動きがスムーズだ。何かあったのか?」


 小首を傾げてそんなことも言う。

 剛人の幼馴染は事実に一切気付いていなかった。

 そんな刀歌をアレックスは見やり、


(こっちはこっちで脈がねえな……)


 まじまじとそう思う。

 剛人は刀歌に惚れているそうだが、きっと彼女が剛人の隷者になることはないだろう。


(だとしたら参妃の座が空くこともねえか。まあ、いいけど)


 序列にはあまり拘っていない。

 目指すはあの人の『刀』であること。そして正妃になることだ。

 そのためにも今は修練が大事だった。


「刀歌」


 アレックスは刀歌に声を掛ける。


「折角なんで訓練に付き合ってくれるか?」


「ああ。いいぞ。アレックス」


 刀歌は快諾した。


「私もお前の実力を知っておきたかったからな」


 言って、備え付けの木刀を手にした。


「オレもだ」


 アレックスも重桜を虚空にしまって、木刀を手に取った。


「お前は一番オレと戦闘スタイルが似てるっぽいからな。興味があるんだ」


「そうか。けど、言っておくが」


 共に訓練場の一角に移動しながら、刀歌は言う。


「私も剣には拘りがあるからな。負けるつもりはないぞ」


「そいつはオレもだ」


 そう言って、カツンと二人は木刀を重ねた。

 そうして共に剣技に特化した妃たちは訓練を開始した。

 その様子を天井から、とても小さな蜘蛛が見つめていることに気付かずに。

 蜘蛛の瞳にはアレックスが映る。続けて、ラシャやセイラたちの姿もだ。

 最後に凛々しい顔つきで修練を続ける剛人の姿を映す。

 ……いよいよ頃合いか。

 糸を垂らしていた蜘蛛は、しゅるると姿をくらました。



 ――その日の夜。

 アレックスは庭園で一人座禅を組んでいた。

 桜華から教わった精神統一の方法である。

 庭園にある大岩の上で座禅を組む。

 それが、アレックスの夜のルーティーンになっていた。

 そうして、


「……ふう」


 おもむろにアレックスは吐息を零して、大岩の上に倒れ込んだ。

 瞳を開き、しばしの沈黙。

 ぶらぶらと足を揺らしながら、夜空を見上げる。

 空には月と星々が輝いている。

 山中にある天雅楼の夜空は実に美しかった。


(やっぱりモヤモヤすんな)


 自分の好きな人は明確だ。そこに一切の疑いはない。

 しかし、あの夢のせいでモヤモヤがどうしても晴れなかった。

 何度か自分を納得させても、ふとしたことでモヤモヤが再発するのだ。

 出来れば自分の心について相談したいところだ。

 だが、こんなことは、ラシャやセイラ、ましてやモーリーには相談できない。


(う~ん、今の半端な立場も影響してんのかな)


 アレックスは眉をしかめた。

 彼女は正式に近衛隊所属の準妃隊員となった。

 けれど、真刃の気遣いで契約自体は第一段階も保留になっている状況だ。

 この先に進むにはまず改めて《魂結びの儀》を挑まなければならない。


(あ、そっか)


 その時、アレックスはハッとした。


(なんか再戦は数年後の話みたいに言ってたけど、別にすぐにしてもいいんだ)


 再戦をするかは、アレックス次第という話だった。

 だったら、今夜したところで問題はないはずなのだ。


(要はオレが覚悟と決意さえ示したらいいってことだしな)


 アレックスは、ぴょんと跳ねて、大岩から庭園へと降り立った。

 今の段階であの人に戦いを挑んでも敗北は必至だった。

 さらに自分を磨き上げて、あの人に驚いて貰いたいという気持ちはある。

 けれど、すでに自分があの人の隷者であるということを示しても欲しかった。

 別に第一段階でもいい。

 それが絆の証となって、今のモヤモヤも晴れると思ったのだ。


「おし」


 アレックスは決意して顔を上げた。


「ちょっくら、あの人のところに襲撃をかけるか」


 そう呟いた時だった。


「おう。アレックス」


 不意に声を掛けられた。アレックスが「ん?」と振り向くと、


「こんなところにいたのか」


 そこにいたのは甚平姿の剛人だった。

 アレックスが悪いと思いつつも内心で「……う」と少し嫌そうな顔をしたが、剛人は気付くこともなく、


「丁度良かった。ちょっとお前と話したいことがあったんだ」


 そう話を切り出した。









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