表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
492/497

第八章 夢を貪る風⑤

「近いうちにお前とは話をせねばならんと思っていたのだが……」


 真刃は苦笑を浮かべる。


「よもや、こんな時間帯に出会うとはな」


「は、はい」


 アレックスはコクコクと頷いた。

 彼女にとっても不意打ちだった。

 まさか、こんな時間、こんな場所で再会することになるとは。


「その、すみませんでした」


 アレックスはおずおずと頭を垂れた。


「あの時、オレ、勝手にVRルームを使って。結果、喧嘩を売るみたいになって……」


「いや。その件は(オレ)も悪かった」真刃はかぶりを振った。


「確認する機会はあったはずだ。思い込みとは恐ろしいものだ」


 小さく嘆息する。

 猿忌も思い込んでいた。主従揃って勘違いした訳だ。

 まあ、あの場にいた刃鳥からすると、主従が揃っていたからこそ、相乗効果で勘違いが加速したようにも見えたが。


「すまなかった。以後、気を付けることにしよう」


 ともあれ、真刃は反省していた。

 特に、久しぶりにかなたを拗ねさせてしまったのは痛恨だった。


「あ、あのっ!」


 アレックスは顔を上げた。真刃と視線がぶつかったため、「あ、あう」と緊張しつつ、


「く、久遠さん。その、あ、あれ自体は勘違いだったけど、オレにとっては《魂結びの儀ソウルスナッチ・マッチ》と同じだったんです。そのつもりの覚悟でした。だから、その……」


 胸元を両手で掴んで、アレックスは喉を鳴らした。


「オ、オレ、覚悟してます! 契約の! あなたの隷者(ドナー)になります!」


 少し強張った様子で、アレックスはそう告げた。

 すると、真刃は双眸を細めた。

 そして、

 ――すうっ、と。

 アレックスへと指先を伸ばしてくる。


(う、うわっ)


 反射的に、アレックスは瞳をぎゅっと閉じた。


(オ、オレ、先走ったか……?)


 そんなことを思う。

 異性の引導師(ボーダー)にとって隷者(ドナー)になるとは女になると同義だった。

 それを深夜。しかも、下着の上に薄手の浴衣だけの姿で叫んだのだ。

 その相手は勝者。いつでもアレックスのすべてを奪える立場にある人間だった。

 今ここで、彼の寝室にまでお持ち帰りされても文句も言えなかった。


(も、もしかして、オレも今夜なのか……)


 ガチガチに緊張しながら、瞳をより強く瞑った。

 しかし、彼の指先は、

 ――コツン。

 アレックスの額を軽く打っただけだった。


「……え?」


 アレックスは瞳を開けて、額に片手を当てた。

 一方、真刃は深々と嘆息していた。


「その話はエルナとかなたから聞いておる」


 キョトンとするアレックスに、真刃は語り始めた。


(オレ)としては反対しておる」


「………え?」


 アレックスは青ざめた顔で真刃の顔を見上げた。


「オ、オレはダメなんですか?」


「……いや、すまぬ。言い方に語弊があったか」


 真刃はかぶりを振って訂正する。


「お前は魅力的だ。いささか好戦的ではあるが、誇りを持って生きている。口にはせぬが、かなたもお前のそんなところが気に入っているのだろうな」


 真刃が語る言葉をアレックスは静かに聞き入っていた。


「一度立ち会えば分かる。お前は生粋の戦士だ。そんなお前の誇りを、あんな場当たり的な戦闘の結果などで踏み躙りたくはない」


「…………」


「従って(オレ)はお前に隷者になれと強要する気はない。(オレ)がお前に強要できるとしたら、それはお前が(オレ)の『刀』でいろということだけだ」


「……『刀』?」アレックスが口を開いた。「それは『重桜』のことか?」


「ああ。そうだ」真刃は頷く。


「なにせ、重桜とお前には(オレ)の長年の愛刀をへし折られておるからな。あれに関してだけは強要させてもらうぞ」


 一拍おいて、真刃は告げる。


「お前は(オレ)の『刀』として(オレ)の傍らに立て。(オレ)の傍らでその生き様を見届けよ。そして(オレ)がお前の主として相応しいと思ったのなら、今度こそ《(たま)(むす)びの()》を挑むがよい」


 アレックスは軽く目を見張った。


「その時は改めて受けて立とう。無論、負けるつもりもない。知っておくがよい。(オレ)が女を隷者にする時は、生涯その女を愛すると誓った時だ」


 真刃は少し苦笑を浮かべて、再びアレックスの額を指先で打った。


「人生のすべてを賭けて挑むがよい。アレックス=オズよ。迎え撃ってやろう」


 そう告げる真刃を、アレックスは目を瞬かせながら見つめた。

 そして、


「……はは」


 アレックスは笑みを零した。


「いいなあ。あんた。想像以上にいいよ」


 そう告げて、アレックスは翡翠色(エメラルド)の瞳を細めた。


「もの凄くオレ(ごの)みだ。いいぜ。『刀』としてあんたの傍に立ち、あんたを見極め、その時になったら改めてあんたに挑ませてもらう」


 自分の胸元に片手を当てて、


「その日までオレは自分を鍛え上げるよ。けど、まあ……」


 アレックスは少し皮肉気に微笑んだ。


「今の時点でもあんたが勝者であることに変わりはねえ。オレはあんたの『刀』だけど、準妃隊員でもあるんだ。だから、いつでもお手付きはありだぜ」


 両腕を大きく広げて、そんなことを告げた。

 真刃は「やれやれ」と苦笑を零した。


(オレ)は自分自身が思うよりも強欲な男だ。それこそつい最近に前科も作ってしまったしな。迂闊なことは言わぬ方がいいぞ」


「はン。覚悟の上さ」


 胸を張って、アレックスは言う。


「つうか、これはオレの直感だけど、これから先、あんたのどんな生き様を見たとしても、オレはあんたを嫌いにならないような気がするしな」


「それは光栄だと思っておこう。さて」


 真刃は優しく微笑んだ。


「せっかくだ。少し雑談でもするか。お前はかなたの友人らしいな」


「おう。モーリーのことか?」


 二人は月夜の下で雑談に興じるのであった。

 そうして――……。



 三十分後。

 アレックスはすでに部屋に帰り、真刃は一人、縁側で庭園を見つめていた。

 すると、一人の人物が廊下の奥から近づいて来た。


「中々ええ子やん」


 和装の男。千堂である。


「わざわざ《魂結びの儀ソウルスナッチ・マッチ》をやり直さへんでも、正妃(ナンバーズ)に迎えてあげてもええんちゃう?」


 扇子を、パンと開いて千堂が言う。


「特にあの子はボクの自信作の使い手やし。ボクとしては推したいところやね」


「……それを決めるのはあの娘だ」


 千堂を一瞥して、真刃は溜息をついた。


「それよりも千堂。調べはついたのか?」


「勿論や。分かったで」


 真刃の問いかけに、千堂は細い瞳を開いて答える。


「やっぱり大きな鼠が忍び込んでるみたいや」


 ――と。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ