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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第12部

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第八章 夢を貪る風①

 久遠真刃の居城である天雅楼本殿。

 その外装はいわゆる武家屋敷。巨大な日本家屋だ。しかし、その内装は少し特殊であり、和式内装と洋式内装のどちらも兼ね揃えていた。洋式区には会議室などが多く、主に公的なことに使用されている。芽衣と準妃隊員以外の近衛隊員はそちらに常駐していた。

 それに対して、和式区は私的なスペースだ。

 そこには真刃とエルナたちが暮らしている。準妃である神楽坂姉妹やホマレもだ。先日そこに綾香も正式に加わった。真刃以外の男性としては執事の山岡が常勤していた。

 そして、今日からは新たな準妃隊員としてアレックスが加わり、客人として剛人やセイラたちが滞在していた。


「ふわあ……」


 朝。布団にて熟睡していた琴姫が、背筋を伸ばして欠伸をした。

 寝ぼけ眼で周囲を見やる。

 客間には同じく布団で眠るラシャとセイラの姿があった。

 ラシャは布団から大きくはみ出す豪快な寝相。寝間着である浴衣も開けていた。一方、セイラは就寝した時と全く変わらない様子で寝息を立てていた。

 どうにも対照的な二人に、琴姫は笑みを零す。

 しかし、この客間には琴姫たち以外にもう一式、布団が敷かれているのだが、それはすでに綺麗に折り畳まれていた。

 アレックスの布団だ。彼女は琴姫よりも早く起床していたようだ。


 琴姫は枕の上の方に置いておいた黒縁メガネを取ってかけると、立ち上がった。

 ひょこひょこと歩いて襖を開ける。

 その先は渡り廊下だ。そして広い庭園が見える。

 そこにはアレックスの姿があった。

 服は黒いタンクトップに、紺色のジーンズ。ラシャから借りた服のままだ。

 しかし、昨日購入したジャケットは羽織っていない。

 朝日で汗を光らせて、大太刀を振っている。


 朝の鍛錬なのだろう。

 けれど、それは剣術と呼ぶには程遠いものだった。

 踏み込み、重心を沈めて、螺旋を描くように全身の筋肉を捩じらせて大太刀を薙ぐ。

 それをあらゆる角度で繰り返す。

 大量の汗も納得だ。まさしく一振りごとに全身運動だった。

 大太刀を振り抜く度に、全身から汗が飛び散っていた。


(……綺麗……)


 琴姫は純粋にそう思った。

 研ぎ澄まされた剣術の美しさではない。

 それは刀に合わせた動きだった。

 大太刀の威力を十全に引き出すための動きだ。

 人のために刀があり、刀のために人がいる。

 そんな言葉が脳裏に浮かんだ。


(うわわ! なんかインスピレーションが湧きそう!)


 琴姫は、ギランとメガネの奥の瞳を輝かせた。

 刀歌のために協力を申し出たが、アレックスのために霊具も創ってみたい。

 強くそう思った。


(千堂さんの工房を借りれないかな! というより、刀歌姉の旦那さまが強欲都市の王(グリード・キング)なら予算度外視で色んなモノが創れんじゃないかな! 刀歌姉に聞いてみよ!)


 霊具職人の血が騒いでいた。

 彼女に相応しい霊具。どんなモノがいいだろうか。


(防具? 補助具? 攻撃特化? 何がいいかな?)


 ワクワクする。

 想像の中で様々な図面を引いていた。

 そんな琴姫をよそに、アレックスは鍛錬に集中していた。

 アレックスは前だけを見据えていた。

 大きく息を吸い、静かに吐く。それを繰り返して神経を研ぎ澄まさせる。

 大太刀――重桜を背に担ぎ直して、重心を深く沈めた。

 そして、


(もっと、速くだ)


 全身を使って重桜を薙ぐ。

 再び汗が飛び散った。重桜の重みを使ってその場で反転する。


(こんなもんじゃダメだ)


 さらに強く踏み込んで跳躍。空中で回転して重桜を振り下ろす。

 風が断ち切られた。

 アレックスは両足で着地した。


(……オレは)


 汗が地面へと零れ落ちる。

 と、その時だった。


 ――また女か。


 不意に、父の言葉が脳裏によぎった。

 それは父に最も多く聞かされた言葉だった。


 ――何故、男が産まれない。女などただの貯蔵庫(タンク)ではないか。


 父はいつも苛立ちを抱いていた。


 ――どいつもこいつも低級我霊ごときに容易く殺されおって。出来損ないどもが。もはや私の代では無理なのか。ならば最後に残ったお前が子を孕め。無論、男児をな。


 姉たちの死を悲しむ幼いアレックスに、父はそんな言葉を放った。


 ――オズの血を絶やすな。男児を孕め。いいな。


 それが父の最期の言葉だった。

 思えば、父に名前を一度も呼ばれた記憶がなかった。

 そもそも男にも女にも使われる名前を与えたのは、父の皮肉だったのかもしれない。

 時代遅れの男尊女卑。正直に言って、最悪の父親だった。

 ただ、それでもオズ家の復興を願ったのは、家族に幻想を抱いていたからだ。

 理想のオズ家を自分の手で作り上げたかったからだった。


(そうだ。オレは――)


 アレックスは前に手を伸ばして、強く固める。


(本当の家族が欲しかったんだ)


 ――ならば、良かったではないか。


(――――え)


 アレックスは目を見張った。

 朝日が注ぐ庭園。そこに父の幻影が浮かび上がったのだ。

 筋骨隆々な熊のような大男。巨大な拳を持つその影がアレックスに近づいてくる。


 ――ようやくか。


 幻影の父は、語り掛けてくる。

 アレックスは思わずビクッと肩を震わせた。体が委縮する。

 父はクツクツと笑い、


 ――胤を見つけたな。我が娘よ。いよいよ男児を孕め。


 そう告げる。

 幻影の父は歩みを止めない。


 ――お前は母になれ。子を育てよ。それがお前の役目だ。それこそがお前の望む家族とやらではないか。そう。お前に剣など不要なのだ。


 言って、幻影の父は重桜の刀身に触れようとした、その時。

 父の姿に怯えを見せていたアレックスの瞳に強い輝きが戻る。


(うるせえよ、くそ親父)


 重桜を振り抜いて、幻影の父を斬り裂いた!

 幻影の父は一瞬少し驚いたような顔をしつつも、クツクツと笑いながら消えていった。

 アレックスは幻影が完全に消え去るのを見届けて、大きく息を吐いた。

 それから眉をひそめる。


(何だったんだ? 今のは?)


 父に対してはトラウマがある。

 父の暴言、暴力を今でも夢に見ることがあるのは事実だ。

 しかし、あんな白昼夢のような幻影を見たのは初めてのことだった。


(疲れてんのか? つうか、あれか? マリッジブルーって奴なのか?)


 すでに覚悟を決めていても、まだあの人とは《魂結び》にまで至っていない。

 これからの不安と、前日までの疲労が重なって、妙な幻を見たのかも知れない。


(まあ、もしかしたら昨夜には……ってこっそり思ってたしな)


 とりあえず、そう自己判断した時、アレックスはふと視線に気付いた。

 屋敷の方を見やると、何故か瞳をキラキラとさせた琴姫がいた。

 だが、感じた視線は彼女のモノだけではない。

 アレックスは、少し離れた場所で立つその人物に目をやった。


 年齢は十四歳ほどか。

 スレンダーな肢体に灰色の隊服を着た、ボーイッシュな赤髪の少女だ。

 腰に片手を当てて、アレックスを見据えている。

 アレックスは重桜を鞘に納めて屋敷の方に向かった。


「おはよう。琴姫。それと確か茜だったか?」


「ええ。そうよ」


 赤髪の少女――神楽坂茜が答える。


「あなたと同じ準妃隊員の神楽坂茜よ。今日から新人隊員になるあなたを迎えに来たわ。アレックス=オズ」








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