表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第12部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

487/500

第七章 奉刀巡礼⑤

 ――しゅるる、と。

 夜。天雅楼に糸が舞う。

 視認するのも難しい極細の長い糸だ。そんな糸が無数に舞っている。

 引導師でもあっても気付かない。

 仮に視界内に入っても、ただゴミが風に舞っているとしか思わなかった。

 しかし、天雅楼の全方位から空を渡って入り込んだ無数の糸は、意志でもあるかのようにある場所へと向かっていた。

 ――そう。天雅楼本殿へと……。



 同時刻。

 剛人たちの和室にはさらに来客が訪れていた。

 弐妃・杜ノ宮かなたと、肆妃『月姫』・蓬莱月子だった。

 先に来ていた刀歌と桜華に並んで、四人の正妃は正座をしていた。

 全員が驚くほどに姿勢が良い。つられるように剛人たちも正座で対面していた。

 まあ、正座が苦手なラシャだけは胡坐をかいていたが。


「久しぶりだね。刀真君」


 月子がほんわかと笑って、刀真に手を振った。


「私のこと、憶えてるかな? ドーンワールドで会った……」


「は、はいっ!」


 刀真が背筋を伸ばして答える。


「つ、月子さん! お久しぶりです! 元気そうで何よりです!」


「うん。刀真君も元気そうで何よりだよ」


 月子は優しく瞳を細めて返事をする。

 普段と変わらない彼女の穏和な様子に、かなたを始め、刀歌も桜華も少し安堵する。

 先程の妃会合の時、議題とは別に、月子の様子もそれぞれ密かに気にかけていたのだが、彼女が精神的に落ち着いたのは確かなようだ。


「積もる話もあります。ですが、まずは本題から済ませましょう」


 かなたがそう切り出した。


「今回のオズの件、私は真刃様から全権を一任されています。ですので、オズ」


 そこでかなたは、大太刀を横に置いて、綺麗な正座をするアレックスに視線を向けた。


「まずはあなたのお話から伺いましょう」


「……おう。分かったぜ」


 表情を真剣なモノにして、アレックスは頷いた。


「そうだな。まずはオレが出くわしたくそったれ名付き(ネームド)の話からだな――」


 剛人たちには話していた内容を、改めて、かなたたちにも伝えた。

 流石にかなたたちも神妙な表情だ。

 ややあって、


「……それは案外、自分たちと無関係ではないかも知れんな」


 と、腕を組んで桜華が呟いた。全員が桜華に注目する。


「どういう意味です? 桜華師?」


 刀歌が師にそう尋ねる。と、


「……気になるのは、アレックスを攫ったのが名付きだということだ」


 桜華は腕を組んだまま、訥々と語り始めた。


「我霊が人を攫うことは不快ではあるが、よく聞く話だ。しかし、奴隷のように誰かに売りつけるという話は聞いたことがない」


「……確かにそうですね」


 かなたが、アレックスの方を見やる。


名付き我霊(ネームドエゴス)が人身売買をするというのはメリットがないように思えます。仮に売買する相手がいるとしたらそれは――」


「……恐らく人ではないだろうな」


 かなたの台詞を桜華が継いだ。さらに桜華は言葉を続ける。


「そして、アレックスはこの地に送られてきた。わざわざ遠い異国。しかも、現在臨戦状態とも呼べるこの場所にだ。取引先として考えられる相手は想像がつく」


 桜華は強く唇を噛んだ。

 すると、


「……アレックスさんは……」


 表情を微かに曇らせて、月子が呟く。


「何かしらの理由で、彼女(・・)たちの元に送られてきたということですか?」


 それは、月子にしては珍しい淡々とした声色だった。

 かなたたちは心配そうに月子を見やる。

 その視線に気付き、月子は「……大丈夫です」と告げた。


「私はもう大丈夫。けど、アレックスさんが犠牲にならなくて良かったです」


 そう言って微笑んだ。

 その傍らで、アレックスたちは少し困惑していた。

 かなたたちの会話の内容が、どうにも理解できないからだ。


「……なあ」


 ラシャが振り子のように体を揺らして尋ねる。


「もしかして、あんたらは何か事情を知ってんのか?」


 彼女らしい率直な問いかけである。かなたたちは、お互いの顔を見合わせた。


「かなた」妃の中で最年長者である桜華が言う。


「アレックスの件に関しては、真刃は全権をお前に任せている。情報の開示に関してもお前の裁

量で決めてもいいぞ」


「……はい」


 かなたは頷いた。

 そうして改めてアレックスたちを見やり、


「では――」


 かなたは現状を伝えた。

 三体の千年我霊に宣戦布告されている現状を。

 それに加えて、その他の補足的な情報も大まかに伝えた。

 真刃の素性。月子の因縁、ついでに杠葉や桜華の素性についてもだ。

 その話には一瞬、アレックスたちもキョトンとするが、


「……へ? はあ!?」


 ようやく意味を理解した剛人が跳ねるように立ち上がった。

 それから愕然とした様子で桜華を指差して、


「じ、爺ちゃん!? この人があの御影のひい爺ちゃんってことか!? うそだろ!?」


 幼い頃に修行に付き合ってくれた御影家の曾祖父と、目の前の美女が全く結びつかない。

 剛人としては唖然とするばかりだ。


「……『ひい爺ちゃん』は止めろ。刀歌同様にお前も『桜華師』と呼べ」


 そんな亡き親友の曾孫に対し、桜華は嘆息してそう告げた。


「ともあれだ」


 続けて、桜華はかなたの方を見やる。


「かなたが説明した通りの事態だ。現在この街は臨戦状態にあるということだ」


「え、えっと、それって……」


 琴姫が手を上げて言う。


「要は、二万人もの巨大な引導師(ボーダー)組織と、三体の千年我霊(エゴスミレニア)が率いる名付き我霊(ネームドエゴス)集団との全面抗争が近々勃発するってこと……?」


「……流石に二万人すべてを投入するのは難しいですが」


 かなたが答える。


「そう思ってもらっても構いません」


「……無茶くちゃ大事(おおごと)じゃない……」セイラが青ざめた顔で呻く。


「そんなのほとんど戦争よ。どれだけ犠牲が出るのか想像もつかないわ」


「しかし、逃げる訳にはいきません」


 淡々とかなたは告げる。


引導師(ボーダー)として。我霊から逃げては、私たちは存在意義を失いますから」


 ですが、と続けて、


「犠牲を出すことを由とは考えていません。『使命に走るな。自分を愛せ』が引導師の在り方です。一般人を守り抜くことも含めて、最善は尽くすつもりです」


「そういうことだ」


 刀歌が言う。それから剛人と琴姫の幼馴染二人と、弟の方に目をやって、


「今まで黙っていてすまない。出来ることならお前たちを巻き込みたくなかったんだ。時期になればお前たちには一時的にここから離れてもらおうと――」


 そう説明しようとすると、


「――おい! なに言ってやがる! 刀歌!」


 立ち上がったままの剛人が、強く腕を振って吠えた!

 そして虎のような眼光で刀歌を睨み据える。


「ふざけんなよ! この馬鹿野郎が!」


 刀歌に対して珍しいことだが、剛人はかなり本気で怒っていた。


「俺は蚊帳の外かよ! そういう時にこそ俺を頼れよ!」


「……剛人」刀歌が剛人を見つめる。


「……姉さま」


 刀真も口を開いた。


「剛人兄さんの言う通りだよ。僕はまだ子供だけど、それでも引導師(ボーダー)なんだ。僕にも何か出来ることがあるかも知れないんだ」


「うん。そうだよ。刀歌姉」


 琴姫も言う。


「一人で抱え込んで決め込むのは刀歌姉の悪い癖だよ」


「……琴姫」


 刀歌は琴姫に視線を移した。


「……すまない。では、三人とも力を貸してくれるか?」


「当たり前だ!」「うん」「OKだよ」


 剛人たち三人が答えた。ラシャとセイラも、


「まあ、アタシらは剛人の女だしな」


「そうよね。夫を支えるのは妻の役目よね」


 と、告げた。剛人は「お、お前ら誤解を招く台詞を!」と激しく動揺するが、刀歌は一切スルーして「感謝する」とだけ答えた。

 一方、アレックスは、


「……なるほどな」


 大太刀を手に取って立ち上がった。


「要は近々戦争が始まるってことだろ! いいぜ! むしろ大チャンスだ! ここで活躍してオレは一気に正妃(ナンバーズ)入りしてやるぜ!」


 握りしめた大太刀を前に突き出して、堂々と宣言するのであった。


「……それはともかく」


 対して、かなたはアレックスに冷たい。


「オズも含めて今日はゆっくり休んでください。今日は皆さんも色々とありすぎて疲れていることでしょう。現状に対する詳細は、明日、改めてお話いたしましょう」


 かなたはそう告げた。

 アレックスたちは、その言葉に甘えることにした。

 そうして、


「……結局、こうなってしまいましたか」


「ん? 何がだ?」


 深々と溜息をつくかなたに、アレックスはキョトンとする。


「……マジでひい爺ちゃんなのか? なに、そのおっぱい。本物?」


「……不躾に見るな。自前の本物だ。それと桜華師と呼べ」


 と、未だ困惑する剛人に、淡々と告げる桜華。


「元気だった? 刀真君?」


「は、はいっ! 月子さんっ!」


 ほんわか笑う月子に、ガチガチに緊張した様子で刀真が答えていた。


「そう言えば、きちんと話をするのは初めてかもな」


「ええ。そうね」「ああ。意外と学校じゃあんま会わなかったしな」「琴も刀歌姉がこんな場所に引っ越してからは久しぶりかな?」


 と、刀歌とセイラたちは、意外と楽しそうに盛り上がっていた。

 そんなふうに少しばかり雑談に興じる一同だった。



 しゅるる、と。

 天雅楼本殿に、風が舞い込んでいることに気付くこともなく――。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ