第七章 奉刀巡礼④
「……とまあ、そういうことになったんだ」
十分後。
アレックスは、ホクホク顔でセイラたちに報告した。
場所は天雅楼本殿の一室。来客した女性陣のための和室だ。
同様の部屋が男性陣――剛人と刀真にも用意されている。
ただ、今はその部屋には男性陣も集まっていた。
「オレ、正式にあの人の隷者になることになったんだ。たぶん近日中には契約もする。契約自体はまず第一段階かららしいけど」
腰を降ろして、大太刀を片腕に、アレックスは言う。
唇には空いた指先をそっと当てていた。何とも乙女な仕草である。
少し離れて座る剛人と刀真は、どうにも気まずそうな表情を見せるが、アレックスを中心に膝をついて集まるセイラたちは「「「おお~」」」と感嘆の声を上げた。
「そいつはもう確定だな」ラシャが言う。
「男女で契約すりゃあ第二段階まで行くのが普通だしな」
「ええ。そうね。おめでとう。アレックス」
セイラが笑みを浮かべながら、ポンと柏手を打った。
「良かったじゃない。引導師界隈はとてもシビアよ。強くなるためにならモラルなんて二の次の世界だし、好きになった人と契約できるなんて稀なんだから」
「うん。そう聞くね」琴姫も頷いた。
「琴は引導師じゃないけど、調べてみたら魂力が140もあったし。この界隈で生きてくには身の危険を感じたから、まだ少し早いけど覚悟を決めた訳なんだし……」
そう呟いて、剛人の方に目をやった。
いわゆるジト目である。ただその頬には朱が入っている。
剛人は「う」と少し腰が引けた。
すると、ラシャとセイラも剛人の方に視線を向けた。
「ゴウト」
ラシャは剛人の方に近づき、大きな胸を揺らして両腕を開いた。
「死ぬほどエロいことしてもいいぞ。誰かに奪われる前にアタシを奪ってくれ」
「……待ちなさいよ。ラシャ」
先陣を切るラシャをセイラが止めた。
そして同じく剛人に近づき、恥ずかしそうに両腕を広げた。
「まずは私からよね? だって一つ屋根の下で暮らした経験は一番長いんだし……」
そう告げた。
すると、琴姫もおずおずとしながらも剛人に近づいて、
「……ん」
同じく両腕を広げた。それから潤んだ眼差しを逸らしつつ、
「……琴は最後でいいよ。けど、怖いから優しくして……」
そんなことを言った。
一方、剛人は、
「と、刀真ぁ……」
やはり刀真に顔を向けて泣きついてきた。
「……だからそんな目で九歳児に助けを求めないでよ……」
刀真としては九歳児の前で堂々と求愛する女性陣も大概だと思ったが、そこはもうそういう界隈だからと納得するしかなかった。
と、その時だった。
不意に部屋の襖の奥から「入るぞ」という声が聞こえて来た。
全員が廊下にある襖に振り向いた。
「お、おう! いいぜ!」
その声に聞き覚えがあり、天の助けとばかりに剛人は応えた。
すると、襖が開かれて、廊下から少女が部屋に入って来た。
剛人の幼馴染であり、刀真の姉である刀歌だ。
刀歌は剛人の想い人でもある。琴姫は刀歌の幼馴染であるのでまだ表情は柔らかいが、セイラとラシャは最大の敵の来訪に警戒心を露にする。
一方、アレックスも刀歌を見つめて、
「あ。参妃の……刀歌さんか。それと――」
来訪者は刀歌一人ではなかった。刀歌の後ろに、もう一人同行者がいた。
年の頃は十八か十九ほどか。
肩辺りまで伸ばした艶やかな黒髪に、やや勝気な眼差しの美女である。
抜群なスタイルの上には、刀歌と同じ正妃の正装を纏っていた。
「確か、漆妃の……桜華さんだったか?」
アレックスが言う。
――そう。漆妃・久遠桜華だった。
「ああ。そうだ。改めて名乗っておこうか。自分の名は久遠桜華という。先程はあまり話す機会がなかったな。オズ」
「アレックスでいいよ。見たところ、あんまオレと年も変わんねえみたいだし」
「……いや、アレックス」
すると、刀歌が苦笑いを浮かべた。
「桜華師は正妃の中で最年長者だ。お前よりもずっと年上なんだぞ」
「へ? そうなのか?」
アレックスは目を瞬かせた。
「じゃあ二十代半ばぐらいなのか? やっぱ日本人って若く見えんだな」
と、率直な感想を零した。
刀歌としては「い、いや、そのな」と説明に困っていた。
一方、桜華は「その話は後でもいいだろう」と告げて、未だ座ったままの剛人の元に近づいていった。剛人は刀歌によく似た、初めて出会う美人に眉をひそめていた。
そして、
「……大きくなったな」
桜華は、とても優しい眼差しを剛人に向けた。
それから「へ?」と困惑する剛人の頭を、片手でわしゃわしゃと掻き始めた。
「あのやんちゃ坊主が、すっかり戦士の相だな」
嬉しそうにそう告げる桜華。
剛人はもちろん、刀歌以外の人間は全員困惑していた。
続けて桜華は刀真の方に視線を向けた。
「刀歌。あの子が……」
「はい。弟の刀真です」
こくんと頷く刀歌に、桜華は「おお」と声を上げた。
そして刀真の元に近づくと、少年の脇に手を差し込んで抱き上げた。
「え? え?」
姉によく似た女性にいきなり抱っこされて刀真は混乱した。
「あ、あの、あなたは誰ですか?」
そう尋ねると、桜華は大いに瞳を輝かせた。
「おおっ! なんて利発そうな子なんだ!」
満面の笑みを見せる。
そして、
「きっと、自分と真刃の子はこんな感じなんだろうな!」
今にも刀真に頬ずりでもしそうな様子でそう告げた。
すると、
「いえ。桜華師」
桜華の後ろで控えていた刀歌がかぶりを振った。
「刀真は私の弟ですから。だから、私と主君の子が刀真にもっと似るはずです」
師にも劣らない豊かな胸に片手を当てて、臆することなくそう告げる。
桜華は「むむ」と呟き、弟子を見据えた。
「言うようになったな。刀歌」
「貴女は私の師です。今も昔も心から尊敬しています。ですが、こればかりは同じ正妃として対等な話ですから」
「その意気や良し。けど、もっと似るのは自分の子だ」
「いえ、私の子です」
と、そんなことを主張し合う漆妃と参妃の師弟コンビであった。




