第七章 奉刀巡礼②
そわそわそわ。
時間は少し遡る。場所はリムジンの中だ。
無事、武具も購入したアレックスなのだが、どうも試技から戻って来てからずっと落ち着かない様子だった。
大太刀を虚空にしまうこともなく、抱きかかえてシートに座っている。
常在戦場の心構えとは全く違う。ただただ大太刀を大事そうに抱えた乙女だった。
ずっと火照った顔でもじもじと膝を動かし、時折、吐息を零すのだ。
剛人たちとしては困惑するばかりだった。
さらに言えば、何故かリムジンには同乗者が増えていた。
和装の男性である。名前を千堂晃と名乗っていた。
何でもこの街における幹部の一人らしい。それは運転手にも確認していた。
まあ、運転手も、千堂のいきなりの同乗に困惑していたようだが。
千堂は、剛人たちと向かい合う位置で座っていた。
「……ねえ。アレックス」
その時、セイラが口を開いた。
「その刀、大切なのは分かるけど、今はしまっときなさいよ。流石に邪魔だし」
「そんなのダメだ!」
すると、アレックスはムッとした表情を見せた。
「あの人から預かったんだからな! オレには持ってる義務があるんだ!」
「……何か忠犬みたいなモードに入ってネエか?」
と、ラシャも困惑した口調で言う。
対し、アレックスは「がるる」と八重歯を見せて唸った。本当に犬のようになっている。
他方、琴姫は千堂と話が合っていた。
「へえ。面白いやん。要は術式の拡張ってことやね。発想がええわ」
「ほ、本当ですか!」
琴姫の作品――剛人の法被――を手に取り、霊具について語り合っている。
琴姫曰く、『千堂晃』とは相当に名の知られた霊具職人だったらしい。
「今度、別の作品も見せてくれへん?」「は、はい!」
と、二人がそんなやり取りしていると、
「な、なあ、千堂さん……」
アレックスが上目遣いで千堂に尋ねた。
千堂のみならず、全員がアレックスに視線を向ける。
アレックスは、ぎゅうっと強く大太刀を抱きしめて、
「その、ちゃんとあの人にオレを紹介してくれんだよな?」
「ああ~、そこは任しとき」
千堂は苦笑いを浮かべつつ引き受けた。
「半分はボクの説明不足のせいやし。久遠君の盛大な勘違いを解かなあかんしな」
一拍おいて、
「けど、アレックスちゃんはどうするん? 勘違いは解くけどその後は?」
「そ、それは……」
アレックスは一瞬言葉を詰まらすが、ふにっと自分の頬を片手で持ち上げて、
「ま、負けたんだし、その、あの人の隷者になってやってもいい……」
深く俯き、耳まで真っ赤にしつつそう告げた。
セイラ、ラシャ、琴姫の女性陣は興味津々にアレックスに注目した。
一方、剛人と刀真は少し顔を引きつらせていた。
「(剛人兄さん。アレックスさんって兄さんが助けてきたんだよね?)」
「(ま、まあ、一応そうなるな……)」
「(こういうのって普通、剛人兄さんの方と仲良くなるのが定番なんじゃないの?)」
「(い、いや、それを言うな。何かNTRを経験してるような気分になる)」
と、小声でやりとりしていた。
「し、仕方がねえだろ!」
その時、いつしかセイラたちに詰め寄られていたアレックスが叫んだ。
「そりゃあ全部勘違いだったよ! 《魂結びの儀》なんかじゃなかったよ! けど、完敗したんだ! 言い訳もできねえ完敗だ! なら潔く女になるのが引導師だろ!」
ニマニマと笑うセイラたちを押しのけて、そう力説した。
すると、千堂が、
「ああ~、君の想いは分かったけど、それって実は結構難しいんよ?」
「………え?」
アレックスが千堂に視線を向けた。剛人と刀真、セイラたちもだ。
千堂はパンと扇子を開いて言葉を続ける。
「久遠君は強欲都市の王なんよ。それは最強の引導師であり、西の魔都の最高権力者でもあるんや。その隷者は魔都のお妃さまになるんよ。うちではその子らを正妃って呼んどる」
アレックスが「……正妃」と反芻した。千堂は頷く。
「数字を持つ妃たちのことや。現在は零から漆……まあ、もう捌でええか。そんだけおるよ。はっきり言って全員がもの凄い美少女か美女やで。もちろん実力も兼ね備えとる」
そこで千堂は扇子を閉じて刀真の方を差した。
「ちなみに君は刀歌ちゃんの弟くんなんやろ? 刀歌ちゃんは参妃。参番目の妃や」
刀真は「え?」と目を瞬かせる。
「お、おい! さっき運転手が言ってた『サンヒ』ってそういう意味か! つうか、勝手に人の幼馴染を妃にしてんじゃねえよ!」
と、剛人が気炎を吐く。
ただ、今日一日で知った情報量が多すぎてどうにも勢いがなかったが。
「他にも近衛隊には準妃隊員ってのもおるんよ。数字を持たない妃候補たちや。もしアレックスちゃんが本気で久遠君の隷者になりたいんやったらそっからやろな」
「じゃ、じゃあ、その準妃隊員ってのは!」アレックスは前のめりになって問う。「どうすればなれるんだっ!」
想像以上のアレックスの熱意だった。
剛人に刀真、セイラたちにしても、改めて彼女が本気なのだと察した。
対し、千堂は「う~ん」と呻き、
「近衛隊は芽衣ちゃんの管轄やし、準妃隊員の入隊基準はボクもようは知らんけど」
一拍おいて、千堂は顔を少し上に上げた。
「たぶん、正妃の推薦ちゃうかな。綾香ちゃんは例外として、茜ちゃんや葵ちゃんは綾香ちゃんと芽衣ちゃんの推薦になるやろうし、ホマレちゃんは桜華ちゃんやったはずや」
「す、推薦制なのか……」
アレックスは愕然とした。が、すぐに刀真の方を見やり、
「な、なあ、刀真!」
「え、はい?」目を瞬かせる刀真にアレックスはお願いする。
「お前の姉ちゃんって正妃のNO3なんだろ! 面通しさせてくれ!」
「え、えええ……」
「頼む! ドゲザでも何でもするから!」
今にも本当に土下座しそうな勢いで頼み込むアレックス。
すると、セイラが「少し落ち着きなさいよ」と告げた。
「忘れたのアレックス。ゴウトも言ってたじゃない。運転手さんが言ってたって」
「………へ?」
アレックスがキョトンとした顔でセイラを見つめた。
「『弐妃・杜ノ宮かなたさま』って。あなたの友人の杜ノ宮さんって、刀歌さんよりもさらにランクが上の妃なんじゃないの?」
「………え?」
アレックスは目を丸くする。
そして一瞬遅れて、
「――はあ!? モーリーが!?」
愕然とした。すると、千堂が「そういや」と切り出して、
「アレックスちゃん。君ってフォスター家所属の人間なんやろ? 君の主家のエルナ=フォスターちゃんは壱妃やで。正妃のリーダーや」
「…………はい?」
アレックスは目を丸くした。
「良かったやん。君って人脈あるやん」
と、千堂はかんらかんらと笑うのであった。
そうして――……。
天雅楼本殿の玄関にて。
どうしてか最初に入って来た千堂にかなたたちが困惑していると、彼の後に続いてアレックスが入って来た。
そして、
「モ、モーリーっ!」
とても大切そうに大太刀を抱きしめて、彼女はこう叫ぶのであった。
「ご、ごキゲンうるわしく! お久しぶり、ですっ!」




