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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第12部

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第六章 王の一振り④

 後手に回ってはまずい。

 大太刀を背に、アレックスは駆け出した。

 地を這うような疾走をし、相手の直前で横に跳躍。VRで覆われた壁を蹴りつけてさらに加速する。それを縦横無尽に幾度も繰り返した。

 大太刀を携えて出来る加速ではない。大太刀の重量はゼロに変化させていた。

 そして男の背後に回る。アレックスは跳躍から大太刀を勢いよく振り下ろした。対し、男は振り返ることもなく、すでに手刀を頭上に構えていた。


 ――ギィンッ!

 再び響く金属音。だが、防がれつつも男の両足は地を砕いて沈み込むことになった。

 直撃の瞬間に大太刀の重量を一トン近くに変化させたのだ。

 並みの相手なら斬撃を受け止めようが、そのまま圧し潰される一撃だ。

 しかし、足場は砕けても、男がダメージを受けた様子はない。

 アレックスは宙に浮かんだまま、延髄蹴りを繰り出した。

 当然、その足は刃物と化している。


「……ほう」


 男は直感で察したようだ。

 左の手刀で受け止めた。今度は肉体同士の衝突だというのに金属音がした。

 アレックスは「くそッ!」と舌打ちして後方に跳んだ。

 すぐさま再び接近する。

 中遠距離を大太刀で牽制しつつ、四肢をすべて刃に変えて男に挑む。

 男の方は左右の手刀のみで迎え撃った。

 流石にアレックスのように四肢すべてとはいかないらしい。

 しかし、極めて類似した系譜術を持つ者同士の戦いのようだった。

 それだけに簡単には決着がつかない。


(……やべえ)


 アレックスは焦っていた。

 一向に攻めきれない。

 男は立ったまま、手刀だけでアレックスの猛攻を凌いでいる。

 このままでは激しく動き続けている自分の方の体力が先に尽きてしまう。


(小細工なしで勝負に出るしかねえ!)


 アレックスは大きく後退した。

 はぁはぁ、と切れる息を整えてから、大太刀を上段に構えた。


「……ほう」


 息も切らさず自然体で立つ男は双眸を細めた。


「一撃に賭けるか。潔いな」


 男は右の手刀を構えた。


「来るがよい」


 そう告げる。

 アレックスは静かに大太刀を構えていた。

 互いに理解している。

 もはや駆け引きは必要としない。

 彼女は最高の一撃で挑み、男はそれを受け止める。

 ただ、それだけの話だった。

 アレックスの頬から一筋の汗が流れる。

 それはあごを伝い、(ひと)(しずく)が地へと落ちた。

 直後、

 ――ダァンッ!

 アレックスは跳躍した!

 一瞬で間合いを詰め、男の頭上へ渾身の一撃を振り下ろした!

 男は手刀で受け止める。再び地が砕けた。

 瞬間的に変化させた刃の重量は実に九トン。引導師だろうが耐えられる重さではない。

 だが、男は、


「見事だ」


 微笑さえ浮かべていた。

 そして力強く大太刀を撥ねのけてみせた。

 対し、アレックスには柄を抑えるだけの握力もなく、大太刀は宙へと弾かれた。

 両手を頭上に、アレックスは茫然と目を見張っている。

 そして男はアレックスの肩を左手で掴むと、そのまま壁へと叩きつけた!


「――かはッ!」


 あまりの威力にアレックスは壁にめり込んだ。衝撃でVRも停止し、アレックスが叩きつけられた現実の壁が姿を現す。

 さらに男は跳躍する。アレックスに向けて右の手刀を構えていた。

 ――ズンッ!

 それは突き立てられた。

 アレックスにではなく、彼女の顔の横にある壁にだ。

 アレックスは目を見開いたままだった。


「さて」


 男は笑う。


「勝負ありだ。これでお前は(オレ)のモノになったな」



       ◆



(――――あ)


 アレックスは唖然としていた。

 体が動かない。

 大文字になって壁にめり込んだままだった。

 そして徐々に。

 徐々に理解していく。

 自分は負けた。

 負けてしまった。

 ……そう。

 すべてを賭けた《魂結びの儀ソウルスナッチ・マッチ》で負けてしまったのだ。

 目の前には自分に勝った男がいる。

 今この時より。

 自分はこの男の隷者(ドナー)――女になったのだ。


「刃の娘よ」男は尋ねてくる。「異論はあるか?」


 アレックスは一瞬きゅうっと唇を噛むが、


「……ねえよ」


 瞳を逸らしながらも、そう答えた。


「……あんたの勝ちだ。オレを好きにしろよ」


 自分にも矜持がある。

 言い訳も出来ないような完敗だった。受け入れるしかなかった。


「うむ。では、好きにすることにしよう」


 男はそう告げると、手刀を壁から引き抜いた。続けてアレックスの腰を掴み、自分の方へと抱き寄せる。アレックスの体で支えられていた壁が崩れ落ちた。

 アレックスは、自然と彼の首に両腕を回していた。

 一方、彼はアレックスの背中についたコンクリート片を払っていた。

 その間、彼女は無言だった。


(……心音がうるせえ)


 自身の心音に、アレックスは唇を噛む。

 これからのことを考えると、どうしても緊張する。

 大きな不安を抱く。

 当然だった。なにせ、これから契約するのだ。

 そして彼の女にされるのである。


(……くそ)


 けれど、何故か嫌悪感を覚えることはなかった。

 圧倒的に負けてしまったからか。

 誰かの腕に抱かれることも初めてなのに受け入れていた。


「お前に痛みがあるのかは分からんが……」


 勝者としてアレックスを腕の中に納める男がそんなことを呟いた。

 その台詞に、アレックスはビクッと震えるが、


「……ある」


 正直にそう答えた。まだそういった経験がないことを。

 どうせ、すぐにばれることなのだから見栄も意地も張らなかった。

 すると、男は「……そうか」と呟いて、アレックスの髪をそっと撫でた。

 そして、


「極力、傷つけぬように大切に扱ったつもりだが」


 アレックスを降ろして、申し訳なさそうな口調でそう告げた。

 アレックスは「た、大切にしてくれるのか?」と反芻して、彼の顔を見上げた。


「無論だ。お前は(オレ)の愛刀となるのだからな」


 言って、彼は歩き出す。それからフロアに突き刺さっていた大太刀を拾い上げた。


「やはり良き太刀だな」


 彼は刀身を見つめて、双眸を細めた。

 続けて鞘も拾い上げると大太刀を納めた。


「受け取れ」


 それをアレックスに渡した。

 アレックスは唖然としつつも大太刀を受け取り、両腕で抱きしめた。


「これよりお前はその太刀と共に(オレ)の傍らに立つがよい。だが、今日のところは」


 彼は優しく微笑んで、アレックスの頬に片手を当てた。


「すまぬな。雑に扱ってしまった。痛みがあるのなら千堂に修繕してもらうがよい」


「え? あ、うん」


 アレックスはこくんと頷いた。

 戦闘で傷んだかもしれない大太刀のメンテナンスを命じられたと思ったのだ。


『……主よ』


 その時、宙に浮かぶ霊体の猿が近づいてきて口を開いた。


『用件は済んだようだな。そろそろ刻限だぞ』


「うむ。そうか」


 彼は猿を一瞥して頷いた。

 それから再びアレックスの方を見やり、


「すまぬが、これから(オレ)には私用がある。客人を迎えねばならんのだ。千堂はモニター室にいるはずだ。この決着も見ていることだろう。じきにここに来るはずだ」


「え? うん? 分かった」


 アレックスは彼に私用があることだけは分かったので、何となく承諾した。

 彼は「うむ」と頷き、


「修繕も調整も千堂がしてくれよう。また会おう。重桜(かさねざくら)よ」


 そう告げて、ポンとアレックスの頭の上に手を置いた。

 アレックスが唖然としている内に、彼は部屋から出て行ってしまった。

 アレックスの腕の中には大太刀だけが残されていた。

 そうして、

 ――トクン、トクン、トクン。

 彼がいなくなっても鼓動はずっと早いままだった。


(……だから心音がうるせえって)


 思わず視線を深く落としてしまう。

 その耳は赤く染まっていた。


(……そっか。そうなんだ。あの人がオレの……)


 きっと、近日中だ。

 近日中に、自分は運命の夜を迎えることになる。

 無念がないと言えば嘘になる。隷者(ドナー)となればオズ家の復興は絶望的になる。

 しかし、全力を尽くした戦いだった。

 その結果から逃げるつもりも、目を逸らすつもりもなかった。

 引導師(ボーダー)として。一人の女として。

 すべてを受け入れるつもりだった。

 アレックスは大太刀を強く抱きしめたまま、しばらく佇んでいた。

 すると、


「ああ~、お邪魔さん」


 いきなり部屋に見知らぬ男が入って来た。

 アレックスは一瞬ビクッと肩を震わせた。

 大きく息を吸い、吐いてを繰り返して冷静さを整える。

 それから入って来た男に目をやった。

 細い目が印象的な、扇子を持った和装の男だった。

 初めて会う人物である。


「だ、誰だ?」


 そう尋ねるアレックスに、男は扇子をパンと開いて告げるのであった。


「いや、君こそ誰やねん?」


 ――と。







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― 新着の感想 ―
さ、最後の最後まですれ違いが是正されなかった…ぽんこつ…
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