第六章 王の一振り➂
「……う~ん」
一方その頃。
試技室のモニター室にて。
「いやいや。これってどういうことなんやろ?」
扇子で口を隠して、千堂が首を傾げていた。
モニターには八番室の映像が映し出されていた。真刃と金髪の少女の姿だ。実は見物を決め込んでいる猿忌の姿もあるのだが、霊体のため、映像には映らない。
ともあれ、気になるのは二つだ。
どうして見知らぬ少女が重桜を持っているのか。
どうして我らがボスと戦うことになっているのか。
「王の命を狙った刺客って……ことはないかあ」
千堂はますますもって首を傾げた。
真刃が自ら千堂の元に訪れたのは、過密のスケジュールの中で偶然空いた時間での息抜き程度の気まぐれだ。予測して待ち構えることは出来ない。
すぐに戻るつもりだったため、護衛の近衛隊にも何も告げていないらしい。
近衛隊にとっては胃の痛くなる行為だが、そもそも護衛は不要だと真刃は宣言している。
無双とも呼べる自分自身の力に加え、いざとなれば、万を超える従霊を瞬時に召喚できる真刃にとっては確かに不要だろう。
(まあ、それはともかく)
千堂は、細い瞳をさらに細めて少女を見やる。
千堂が造り上げた大太刀『重桜』。それに刻んだ術式は重量操作だ。
ほぼ重量を消すことから、最大二十トンにまで刀身の重量を変更できる。
最大値状態では真刃でも振ることが難しい大太刀である。
(流石に最大値で振るうことは出来へんみたいやけど……)
千堂は感心する。
あの少女は魂力の調整で重量を瞬時に変化させているようだ。
速度を重視した時は限りなくゼロに。威力を重視した時は恐らく数百キロにだ。
(しかも、久遠君が魂力で強化した軍刀を斬り落としよった。たぶん刀身の切断力そのものを上げとんやな。そういう系譜術でも持っとんのか?)
だとしたら、異常なる鋭さと重さを兼ね揃えた斬撃ということだ。
何とも相性の良いことである。
「いやはや逸材やな」
パン、と扇子を広げて、千堂は率直な感想を口にする。
「ここまで相性がええと作者冥利に尽きるわ。あの子、見た目もごっつええし、新しいモデルにしたいぐらいやわ。う~ん、せやけど」
そこで千堂は真刃を挑発する少女に対して苦笑を浮かべた。
「流石にそれは調子に乗り過ぎやで。久遠君を見くびり過ぎや。よう憶えとき。きっと今から思い知ることになるでお嬢ちゃん」
一拍おいて、千堂は言う。
「ボクらのボスは誰よりも強いからこそ、王になったんやで」
◆
場所は変わって試技室。
(……すまぬな)
真刃は静かに折れた軍刀を見据えていた。
大正時代から唯一ともに渡って来てくれた愛刀である。
それを失えば、心情的には流石に堪える。
(我が愛刀よ。よくぞ今日まで付き合ってくれた。後で必ず埋葬しよう)
真刃は折れた軍刀を虚空へとしまった。
改めて、こちらに大太刀を向ける少女人形に目をやった。
人形とは思えない不敵な表情を見せている。
そして、
「何だ? まだやる気かよ?」
そんなことを言った。
薄々感じていたが、完全な自律思考能力まであるようだ。確か以前、今代にはAIなる人工知能があると金羊が言っていた。それを組み込んでいるのかも知れない。
いずれにせよ、千堂は本当に凄い人形を作ったものだ。
(だが、それを見誤っていたということだな)
真刃は少し悔やんだ。
千堂の技術を低く見積もったため、愛刀を失ったとも言える。
これは反省しなければならない事案だった。
とはいえ、今は――。
「当然だ」
真刃は少女人形を見据えて答える。
「ここで止めては己の愛刀に申し訳が立たん」
それに、と続けて、
「愛刀を失ったからこそ、尚更お前を手に入れねばならんだろう」
少し苦笑を浮かべつつ、真刃はそう告げた。
すると、少女人形はかなり不快そうに眉をしかめた。
それも人間そっくりな表情だった。
「……ならぶった斬るまでだ」
大太刀を背に担ぎ直し、少女人形は重心を沈めた。
対し、真刃は新たな武具も、従霊を纏うようなこともしない。
ただ、ゴキンッと拳を鳴らした――。
(引き際の悪いおっさんだな)
大太刀を担ぎながら、アレックスは思う。
警告はした。
落としどころも用意したつもりだ。
ここで退くのなら、購入という形でこの大太刀を手に入れるつもりだった。
どこか憧れのあの人に似た面影を持っている相手だったので、ガラにもなく温情をかけてみたのだが、残念ながら、あの男は欲を捨てきれなかったようだ。
(だったらいいさ。根こそぎ奪うだけだ)
アレックスはそう方針を決めた。
その時だった。
(―――え?)
アレックスは目を見張った。
いきなり男の姿が消えたのだ。ぞわりと背筋に悪寒が奔る。振り返ると、そこには消えた男がいた。無造作に右の手刀を掲げている。アレックスは大太刀を頭上に構えた。
直後、
――ギィンッ!
信じ難いことに、手刀と刃が交差して金属音が鳴った。
まるでアレックスの系譜術――《剣群襲来》のようだった。
手に持った刀剣類の切断力を数倍にまで底上げする術式。さらに三十センチ以上の棒状のモノを刃に変えることも出来る。要は自分の四肢を刃に変えることも出来るのだ。
それと同じように、あの男の手刀は刃そのものになっていた。
(オレと同じ術式!? いや違う!)
恐らくは、魂力による基本的な身体強化だ。
ただただ莫大な魂力を手刀に注ぎ、強化しているのである。
四肢を完全な刃と化すアレックスの系譜術とは違う。
とても名刀とは呼べない鈍重な切れ味。
ただひたすらに頑強なだけの鉄塊にも等しい刃だった。
「己は粗忽者でな」
そう言って、男は手刀を鋭く薙いだ。
アレックスは大太刀を縦にかざして一撃を受ける。
(――くッ!)
凄まじい膂力によってアレックスは大きく吹き飛ばされた。
手刀の一撃は、まるで斧の厚みだ。
そして衝撃そのものは自動車にでもはねられたようだった。
アレックスは体を転がして勢いを殺し、どうにか体勢を立て直した。
(……こいつ)
彼女の頬から喉にかけて冷たい汗が流れていた。
「さて」
一方、男はゆっくりと間合いを詰めてくる。
そしてこう宣言した。
「時間もない。そろそろ決着をつけようではないか」




