第六章 王の一振り①
(……? これはどういうことだ?)
目の前の状況に、真刃は少し困惑していた。
千堂の指示通りに一番奥の部屋に入ると、何故か真っ暗だった。
部屋の奥に灯りと、何やら人影が見えたが、それを確認する前に部屋が明るくなった。
真刃は少し驚いた。
直前まで屋内だったはずなのだが、いつの間にか屋外にいたのだ。
空の見えるコロッセオのような場所だ。観客席もあり、大歓声が耳朶を打つ。
一瞬、封宮かと思ったが、これは幻術――いや、VRと呼ばれる技術だとすぐに気付いた。以前、ホマレと共にそれを活用した娯楽施設に行ったことがあったので気付けた。
(試技室はVRルームだと千堂が説明していたな。しかし)
真刃は眉根を寄せる。
闘技場の対面。そこには一人の少女がいた。
大きな白いジャケットを羽織る、金髪の少女だった。同じ金色の髪でも蒼い瞳の月子とは違う翡翠色の瞳を持っている。その勝気そうな眼差しで真刃を見据えていた。
そして何故か大太刀を背に担いでいる。今にも斬りかかってきそうな構えだった。
(察するに、あれが千堂の造った大太刀――重桜なのか。だが、どうしてそれを見知らぬ少女が持っておるのだ?)
ますます困惑する真刃。すると、
『……ふむ。なるほどな』
猿忌が双眸を細めて口を開いた。
『察するにあれは人形ではないのか? 千堂の阿修羅姫と同じ人形だ』
「……なに? 人形?」真刃は猿忌に目をやった。
「確かに千堂ならば人間そっくりの人形を創り出すのも容易いが、何故人形だ?」
『そうだな。例えば、いかに千堂が造り上げた大業物であっても、主が本気で戦う時は、どうしても使用する機会がないのは事実だ』
両腕を組んで、猿忌が自身の推測を語り始める。
『思い返せば、以前、杠葉の死を偽装するために神刀の模造品を造った時も千堂はやや残念そうであった。自信作が死蔵されるのが不満だったのやもしれん……』
真刃は「……ふむ」と呟き、猿忌の推測を深く吟味する。
「……なるほどな。それは分からぬ話でもないか」
『だからこそ、主が使用できぬ時の使い手として人形を用意したのではないか?』
猿忌は大太刀を背負う少女を見やる。
実に勝気――というよりも、血気盛んそうな少女の人形だ。
『刀と人形の一対で「重桜」か。じゃじゃ馬とは言い得て妙なことよ。あの大太刀を振るう人形をねじ伏せてこそ、主人として認めるということではないか?』
猿忌の妙に説得力のある推測に、真刃は眉をひそめた。
確かに千堂ならあり得そうな発想だ。
「仮にそうならば、大太刀は無論、あの人形を壊すのも止めた方がよさそうだな」
『確かにな。壊すなとも言われていた』
輝きを秘める大太刀。そしてあれほどの戦闘人形である。絶対に安価ではない。
仮に破壊すれば、修復にも相当な費用がかかるのは想像できる。
真刃は小さく嘆息した。
「……ならば、仕方あるまいか」
そう呟きながら、虚空に片手を突き刺すと、一振りの刀を取り出した。愛用の軍刀である。それを真刃は抜刀した。鞘だけは虚空に戻す。
「壊さぬように注意を払うことにしよう」
「……おい。さっきから何をこそこそ喋ってんだ?」
その時、少女の方から声を掛けられた。
真刃にしても猿忌にしても少し驚く。
仕草、表情、声。そのすべてが完全に人間だったのだ。
「……凄まじいな。千堂の技術は。まるで本物だ」
『ああ。阿修羅姫も凄いが、その後継機やもしれんな』
と、真刃と猿忌が主従揃って、ここにいない千堂を称賛した。
ちなみに真刃の胸ポケットに潜む刃鳥だけは無言だった。
彼女だけは、
(……えっと、その推測は本当にあってますの?)
何となくだが、主たちが盛大にズレた推測をしているような気がしていた。
しかし、進言しようにも、真刃も、大太刀の少女人形 (?)もすでに臨戦状態だった。
真刃は軍刀を片手に、くいっと手を動かした。
少女はムッとした表情を見せて動き出した。
ゆっくりと駆け出し、徐々に加速。大太刀を背に地を這うような疾走だ。そして真刃の直前にて大太刀を払った。回避しなければ胴体が上下に分断される一撃だ。
真刃は軍刀でその斬撃を受けた。火花が散る。
(……む)
軍刀の刀身がわずかに欠けた。強度で圧し負けたのだ。流石は千堂の一振りか。
少女人形はその場で逆方向に回転すると、再び斬撃を繰り出してきた。
強度で劣る軍刀で受けるのは悪手だ。
真刃は大きく跳躍し、大太刀の間合いから脱出した。
――が。
「逃がさねえよ!」
少女人形は刺突の構えで突進してくる!
だが、ただの突進ではないようだ。真刃の直前で地に切っ先を突き立てた。火花が散り、大太刀を使って棒高跳びのように少女人形は跳躍する。
くるんと宙空で回転し、体重も乗せた振り下ろしを繰り出してきた!
(――ほう)
真刃は軽く目を見開いた。
真刃にとって剣士といえば桜華になるのだが、彼女とは違う。獣性を剥き出しにした時の刀歌に近いような気もするがそれとも違う。
まるでこの少女を模した人形自身が刃のようだった。
――まさに刀人一体。
真刃は微かに苦笑を零す。猿忌の指摘通りだった。
大太刀と少女人形。それらで一振りの刀――重桜ということか。
(これは面白いな)
乗り気でなかった真刃も、これほどの完成度を見せられては興味も湧く。
真刃は、少女人形の振り下ろしを軍刀で受け止めた。
ただし、正面からではない。
刀身を縦に、地へと敵の刃を受け流す技だ。
軌道を逸らされた大太刀は、闘技場を投影したフロアを斬り裂いて止まった。
少女人形は驚いた顔を見せつつも、すぐさま間合いを取り直した。
大太刀を背に担いで、再び重心を低く身構える。
その表情は警戒しているようだ。
(表情も見事なものだ)
軍刀を自然体で構えつつ、真刃は双眸を細めた。
阿修羅姫という作品を知らなければ、きっと人間だと勘違いしたことだろう。
――千堂晃。
稀代の人形師、ここにありと言ったところか。
「実に興味深い。実に面白いぞ」
真刃は告げる。
「刃の娘よ。お前のすべてを知りたくなったぞ」
軍刀の柄を握り直し、真刃は歩き出した。
「お前の力を余すことなく見せてみよ。そして全力で確かめるがよい。己がお前を手にするに相応しき男かどうかをな」




