第五章 それは憧憬でもあって④
「昔から王さまには特別な剣が付き物なんよ」
千堂の工房を訪れた真刃は彼の案内で廊下を歩いていた。
「ほら。アーサー王のエクスカリバーとか。大正育ちの久遠君には分かりにくいやろか?」
工房からとある場所に続く道。
そこを歩くのは千堂と真刃の二人だけだった。後は霊体の猿忌が追従しているだけだ。
厳密には、真刃の胸ポケットにしまったペーパーナイフに刃鳥も宿っているのだが、彼女は基本的にあまり口を挟む真似を好まない。
ちなみに金羊は千堂の工房に残っている。千堂コレクションに感激していた。
閑話休題。
「……いや。それなら以前、調べる機会があったな」
真刃がそう答えると、千堂が扇子をパンと鳴らして「お、そうなんや」と呟く。
「なら話は早いわ。久遠君も王やから象徴みたいな剣を持つべきっていうのが、綾香ちゃんからのご要望なんよ」
「……それならばもう持っているぞ」歩きながら真刃は言う。
「軍属だった頃に支給された軍刀だ。昔からの己の愛刀だ」
「いやいや。支給された時点でそれって量産品やん」
千堂に、奇しくも金羊と同じことを指摘された。
「前にその刀、ボクも見せてもろたけど、見た目が武骨すぎや」
「……軍刀だからな」
至極まともな回答をする真刃。華美な軍刀が全くないとは言えないかも知れないが、真刃の持つ軍刀は実用性重視のため、武骨なのは仕方がないことだ。
「質自体は意外に悪くないようやけど、王の剣としては地味すぎやな。だからこそ綾香ちゃんもボクに依頼したんちゃう?」
「……綾香の依頼か」
なんだかんだで、手持ちの軍刀に愛着のある真刃は渋面を浮かべた。
しかし、労力を割いてくれた千堂。何より、いつも過剰な重荷を背負わせてしまっている綾香の願いでは無下にも出来ない。
「まあ、とりあえず試してみてや。自信作やで」
そう言って、千堂は案内を続ける。
この場所は千堂の工房とも繋がっている、彼の運営する霊具売買の店舗でもあった。
ここには試技室もあり、そこに件の剣をすでに運搬しているそうだ。
「造ったのは大太刀や」
「……ほう」
千堂の説明に真刃が双眸を細めた。
「日本人やしな。やっぱ特別な剣って刀やろ」
千堂が細い瞳をさらに細めて言う。
「実用性を重んじる君に合わせた大太刀や。銘は『重桜』。中々にじゃじゃ馬な子やけど、そこは手懐けて欲しいところやな」
「……なるほどな。いささか興味がわいたぞ」
真刃は笑みを零した。
「王に剣が付き物ならば、伝説の剣とやらには試練が付き物ということか」
「まあ、そういうことやな」
そこで千堂は足を止めた。扇で廊下の奥の方を差して、
「このまま真っ直ぐ進めば試技室につくで。一番奥の部屋や。ボクはモニター室の方に行っとくわ。そっちの方が色々とリアタイでデータが確認できるんや」
「ふむ。承知した」
真刃はそのまま進む。
「では、お前の自信作とやらを試させてもらうことにするか」
「ハハハ。ま、壊さん程度に勘弁してな」
言って、千堂はその場で真刃の背中を見送った。
真刃は一度振り返って苦笑を零しつつ、足を進めるのだった。
◆
それは一振りの刀だった。
長大なる刀。いわゆる『大太刀』に分類される武具だ。
「……おお」
こっそりと八番室に入り込んだアレックスは、コンクリート製の殺風景な部屋の中央に設置されている大太刀に目が釘付けになった。
金の装飾が施された黒い鞘に収まる大太刀だった。
アレックスが主に愛用する武具は大剣だ。
しかし、あの人の影響もあって、日本刀には昔から興味があって憧れもあった。
ただ、米国では霊具は銃器が主流だった。実は大剣も使い手が少ないマイナーな武具なのである。そのため、さらにレアな刀を手にする機会がなかったのだが、考えてみればここは日本なのだ。日本の武具店ならば刀が売ってあってもなんら不思議ではない。
「こいつは盲点だったな」
アレックスは台座に置かれた大太刀を手に取った。
ズシリと重い。
その重さに少しゾクゾクしながら、ゆっくりと抜刀してみる。
そして、
「……スゲェ」
思わず感嘆の声が零れ落ちた。
アレックスの瞳に映るのは、美しい刃紋を持つ刀身だった。
まるで吸い込まれそうな輝きである。
一目で分かる。これは間違いなく名刀だった。
そして同時に一目惚れでもあった。
アレックスは大太刀を完全に引き抜いた。掲げて見やる。
大きな反りの入った刀身。重さはアレックスの愛剣よりも少し重いぐらいか。
背に担ぎ、全身を使って大太刀を薙ぐ。
風をも置き去りにしそうな鋭さだ。手にもよく馴染む。
「……うわあ」
改めて大太刀を掲げてアレックスは瞳を輝かせた。
まるで自分のために造られたような刀だ。
しかも霊具である以上、何かしらの術式が刻まれている可能性が高い。
「欲しい! これ欲しい!」
ぴょんぴょんと子供のように跳んで、アレックスはそう叫ぶ。
ますますこの大太刀のことを知りたくなった。
そういえば、ここは試技室だった。
戦闘人形を使った実戦形式に近い模擬戦が出来ると言っていた。
アレックスは大太刀を片手に改めて室内に目をやった。
殺風景なコンクリート製のそれなりに広い部屋。この広さは戦闘を想定しているからか。天井の四隅には監視カメラがある。タッチパネルは部屋の奥の壁に設置されていた。
アレックスはタッチパネルの前にまで移動すると、操作し始める。
背景なども設定できるようだ。場所はコロッセオを選択した。
他には使用者に人数指定。対戦相手の数の指定などもある。敵の強さレベルも決められるようだ。どうせなら強い方がいい。最大に設定した。
「相手は……そうだな。引導師にするか」
そちらの方が戦闘の駆け引きなども期待できそうだ。
アレックスは一通りの設定を決めて、VRルームの機能をONにした。
部屋が暗転する。唯一つ輝いたままのタッチパネルに『LOADING』の文字が浮かび上がる。そしてそれが消えると、部屋に明かりが戻って来た。
そこは殺風景な風景から一転、コロッセオに変わっていた。
「おお~。マジでリアルだ」
アレックスは闘技場の上に立っていた。
観客席、大歓声まで再現した幻術と見紛うほどの精緻さだが、あくまでVRだ。この闘技場の面積が元の部屋の広さと言ったところか。
アレックスは戦場の広さを把握した後、大太刀を肩に担いで自分の対面を見やる。
「なるほど。あんたがオレの相手ってことか」
アレックスは不敵に笑う。
いつの間にか、そこには一人の青年が立っていた。
前髪を上げた紳士服姿の青年だ。黒髪のアジア系。恐らくは日本人か。
年齢は二十代後半ぐらいに見えるが、日本人は童顔も多いようなのでよく分からない。
ただ、どこか憧れのあの人に似た青年でもあった。
その傍らには式神なのか、骨の翼を持つ猿の霊体が浮かんでいた。
「ああ、いいぜ」
アレックスは双眸を細めた。重心を沈めて大太刀を背に担ぎ直す。
そして、
「そんじゃあ試させてもらおうか」
そう宣言するのであった。




