第五章 それは憧憬でもあって➂
三十分ほど前。
天雅楼本殿の執務室にいた真刃に連絡が届いた。
『ご主人。PCにメールっス』
今はPC内に移動していた金羊がそう教えてくれた。
同時に執務机の上で開いていたノートPCのモニターにメールが表示される。
執務席に座る真刃が「ふむ」と呟き、メールの内容を確認した。
それは火緋神耀からのメールだった。
真刃は双眸を細めた。
「……改めて火緋神家の当主との会合が決まったようだな」
そこには会合の日時と場所が記されていた。
燦の父との会合。
杠葉にとっては息子か孫のような人物だと聞いている。
『山岡からは中々の堅物とも聞いておるな』
と、そんな台詞と共に、ボボボと鬼火が輝いて霊体の猿忌が現れる。
『しかし、あの怪物どもと戦うには火緋神家の協力は不可欠だ』
「……分かっておる」
真刃は背もたれに体重を預けて嘆息した。
「火緋神家とだけは関わるつもりはなかったのだが、これも仕方あるまい」
これが必要であることは、真刃もよく理解しているつもりだ。
ただ、そうは言っても、やはり気まずさのようなモノがあった。
それだけ因縁深い一族ということである。
(……百年の因縁か)
遠き日々に真刃が思いを馳せた、その時だった。
『あ。ご主人』
金羊が言う。
『もう一本メールっス。今度はAKIRA先生からっスね』
金羊の言う『AKIRA先生』とは幹部の千堂晃のことだ。
再びPCにメールの内容が映し出される。
真刃と猿忌はそれを見やり、
『……ほほう』
興味深そうに、猿忌があごに手をやった。
『あれが完成したのか』
「……ふむ」
しかし、真刃の方はあまり乗り気ではない様子だ。
「千堂には悪いが、己としては必要ないのだがな」
『まあ、確かにご主人には不要っスね。けど、定例会議で綾香ちゃんが言ってたように、ボスの象徴的なモノとしてはありだと思うっスよ』
「……まあ、そうかもしれんが」
一拍置いてから、真刃は腕を組んで思いを零す。
「己が言いたいのは、あれならすでに持っているという意味なのだが……」
『いやいや。あれって言ってみれば量産品じゃないっスか』
金羊が呆れた声で言う。
『王さまが量産品を大事そうに持ってたら様にならないっスよ』
『それは一理あるな』猿忌も同意する。
『配下も増えた。拠点も得た。愛する妃たちもいる。主もそろそろ王としての自覚を持てということだ』
一拍おいてから、
『さて。では早速届けてもらうことにするか』
「……いや待て。猿忌」
真刃はPCモニターの時間を見やる。
「かなたの友人が来るまで時間がまだあるな」
そう呟いた後、おもむろに立ち上がった。
「王の自覚とやらは知らんが、結局、手間をかけてまで制作してもらったのだ。己から千堂の工房にまで出向くのもいいだろう」
『おおっ! AKIRA先生の工房っスか!』
金羊が期待を込めた声を上げる。
『楽しみっス! きっとフィギュアの博物館みたいっスよ!』
「ああ。そう言えば、千堂は今代屈指の人形師でもあったな」
真刃は苦笑を浮かべて告げた。
「ふむ。息抜きには丁度良さそうだな」
◆
その頃。
「うわああ……」
琴姫は瞳を輝かせていた。
場所は天雅楼の一角。武具店の店内だった。
そこは百貨店のワンフロアにも劣らないほどの広大さだった。ショーケースが多数あり、武具のみならず、防具や特殊な霊具も展示している。
「凄い! これ凄いよ!」
主に武具を展示したショーケースの前に張り付いて琴姫が言う。
「性能が段違いだよ! 値段も段違いだけど!」
「お、おう……」
庶民派の剛人は顔を引きつらせていた。
恐る恐るアレックスの方を見やり、
「だ、大丈夫なのか? 値札がどれも七桁を越えてんだが……」
「ああ。そんぐらいの貯えならあるよ」
アレックスは展示された霊具を吟味しつつ、気軽に言う。
「セイラ。貸してもらえっか? この件が終わったら必ず返すから」
「ええ。構わないわよ」
セイラもショーケースを見ながら頷いた。
「これぐらいなら。あなたの身元も杜ノ宮さんが保証してくれるだろうし」
「サンキュ」
そんなやり取りをする女子たち。
剛人と、同じく根が庶民派である刀真はガクガクと震えていた。
「まあ、アタシは流石に引くけどな」
ラシャはショーケースを覗き込んで言う。
「ダウンタウン出身だし。この額はエグイよな」
そんなことを呟いた。剛人と刀真はコクコクと同意していた。
対し、アレックスは、
「命を預ける霊具には金をかけるべきだぞ。お。これいいな」
そう言って、店員と交渉してジャケットをショーケースから出してもらった。
かなり大きな白いジャケットだった。普段、アレックスが愛用しているジャケットに似ている。一般着としても使えるデザインだった。
アレックスはそのジャケットを羽織った。
「お。軽いな。着心地も最高だ。しかも防刃、耐火、耐寒か。これもらうよ」
即断した。剛人と刀真は「「ひえっ」」と息を呑むが、アレックスは気にせずに購入し、そのまま着用した。いつもの上着が無くて落ち着かなかったのだ。
「さて。本命は……」
アレックスは、主に武具が置かれているショーケースに向かった。
欲しいのは大剣だ。出来れば失った愛剣にも劣らない武具があればいいのだが。
アレックスはショーケースを覗き込んだ。
(……う~ん)
アレックスは悩ましげに眉をひそめた。
中々の名剣揃いのように見える。いくつか琴線に触れる剣もあった。
ただ、やはり実際に使ってみないと分からない。
「よろしければご試技されますか?」
「え? ここで試せんの?」
店員の声掛けに、アレックスが目を瞬かせた。
店員は「はい」と答えて、
「本店の地下には武具の試技室がございます。ご案内いたしましょうか?」
「へえ~。だったら」
アレックスは気になる大剣を幾つかピックアップした。
それを店員がショーケースから取り出し、他の店員も手伝って運んでいく。
アレックスは「少し試してくるよ」と、色々と見物している剛人たちに一声を掛けてから一人、店員に案内された。
地下の試技室は中会議室ほどの部屋が並んでいる場所だった。
「これらはいわゆるVRルームとなります」
歩きながら店員が説明してくれる。
「当店の店主は実戦形式に強い拘りをもっておりまして、試技にも限りないリアリティを追求しております。そのため、VRルームでは精巧な戦闘人形に我霊、もしくは引導師の姿を投影して模擬戦が可能になっております」
「へえ~」
アレックスは感心の声を零した。
「お客さまのVRルームは七番室となります。ご希望の武具もすでに運搬しております。VRルームに入れば、タッチパネルより使用が可能になりますので、ごゆっくりと。何かございましたらタッチパネルでお呼びください。すぐに応対させていただきます」
店員はそう告げてアレックスに一礼すると、一階に戻っていった。
アレックスは一人廊下を進む。
意外と使用者が多いようだ。武具や霊具を運ぶ店員と何度かすれ違った。
アレックスは気にせずに歩いていたのだが、
(……お?)
おもむろに足を止めた。
前を歩く店員たちを見て思わず足を止めてしまったのだ。
「……重いな」「流石は特注か」
二人の店員は台車を使いながら、そんなことを呟いていた。
彼らは八番室へと台車ごと入っていった。
そうして彼らが部屋から出てくるまで一分とかからなかった。店員たちは荷物がなくなり軽くなった台車を運びながら、アレックスに気付くと一礼してその場から去っていった。
アレックスはしばし様子を窺っていたが、不意にそわそわとする。
周囲に人がいないことを確認してから、こっそり八番室のドアを開けてみた。
すると――。
「……おお」
目を輝かせるアレックス。
そこには彼女が興味津々になるようなモノがあった。




