第五章 それは憧憬でもあって②
一時間後。
アレックス一行は目を丸くしていた。
場所は見知らぬ街の中だった。アレックスたちを乗せたリムジンは元いた街を出ると、いつしか山間へと進んでいた。そこにあった石畳の道を通って巨大な洋館の前に到着した。
上空から見ると円形状になっている城壁のような洋館だ。そこで身体チェック――武器の所持よりも我霊ではないか――などを受けた後、洋館の内縁部へと案内され、アレックスたちは別のリムジンに乗り変えて進むことになった。
それがこの街だった。
「え、えっと……」
車窓から見える、古風な造形でありながら、真新しさも感じる不思議な街並みに、刀真が頬を引きつらせて呟く。
「こんな場所にこんな街ってあったっけ?」
「い、いや、知んねえぞ」
剛人がブンブンと顔を振った。
「つうか、刀歌の奴、今どこに住んでんだよ……」
剛人が青ざめて呟いた。
アレックスやセイラたちも困惑していた。
ただ、琴姫だけは「凄い……」と呟いて、街の光景に喰いついていた。
「この街、多分あちこちに霊具が使われてるよ。木造に見える家も強固になる術式が組み込まれてるみたい。まるで街自体が巨大な霊具だよ……」
宝石箱でも見つめる眼差しで、琴姫はそう告げる。
「……マジかよ」
アレックスが驚いた顔をする。
「建物に術式を刻むって……まあ、名家の本拠地とかならあり得ねえ話じゃねえが……」
アレックスも車窓から街並みに目をやった。
整えられた古都のような街だが、名家の本拠地といった趣ではない。
と言うより、普通に店舗なども並んでいるようだ。飲食店のような一般店舗のみならず、ショーウィンドウに剣や槍、銃まで展示してある武具店のような店舗まである。
「まさかこの規模の拠点なのか? 街一つの? どんだけ金持ってんだよ」
アレックスのライバルは、とんでもない金持ちの女になったようだ。
アレックスが少し渋面を浮かべていると、
「いやいや。霊具云々はともかく、街一つはネエだろ」
シートの上で胡坐をかいているラシャが「ハハハ」と笑った。
「多分ここは引導師たちの御用達の街とかじゃネエの? 百貨店の巨大版みてえな? そんでこの街のどっかにゴウトが応援を頼んだ奴が住んでるってことだろ?」
「……まあ、それが妥当なところね」
と、セイラもラシャの推測に頷いた。
すると、
「……いえ。違います。ここは王の『城下町』となります」
リムジンの運転手がそう告げた。
全員が「「「え?」」」と声を零して、灰色の隊服を着た運転手に注目した。
「この街――天雅楼すべてが王の所有物になるのです」
「へ? は? い、いや。待ってくれ」
流石に剛人が目を瞬かせた。
「え? あのおっさん、そんな金持ってんのか? つうか『王』って何だ?」
剛人は眉根を寄せる。と、
「王は我らが主のことです。そして王とは強欲都市の王のことを示します」
淡々とした声で、近衛隊の隊員でもある運転手は応えた。
「お客人の方々。どうか発言にはご注意を。これよりあなた方がお会いするのは、かの強欲都市を平定し、今や二万人もの引導師を統べるお方なのですから」
「「「…………………え?」」」
アレックスたちが目を見張った。
「この街にいる者は現在千五百名。インフラ維持のための一般人も二割ほど含まれますが、それ以外はすべて引導師です。この街の住人たちは王の兵であり、この街はこの地における王の居城――天雅楼本殿を守るためにあるのです」
運転手はさらに告げる。
「あの方を守るという言葉自体が不敬かもしれませんが。王はその御力を強欲都市の地にて示されました。力の化身たるその御姿に心酔する者は多い。いかにお妃さまのご友人方といえども、王を軽視するような発言には不快に思う者は多いのです。寛大な王ご自身は気にもなされないでしょうが――」
一拍おいて、
「いささか早いですが、じきに本殿に到着いたします。まずは弐妃・杜ノ宮かなたさま。そして参妃・御影刀歌さまにお会いしていただきます。その後は、恐らく王ともお会いすることになるでしょう。改めて発言にはご注意くださいと進言いたします」
「「「…………」」」
そう言われて、全員が沈黙した。
ややあって、
「……えっと、ゴウト……」
セイラが冷や汗をかきつつ、剛人の袖を引っ張った。
「……あなた、誰に応援を頼んだの?」
「い、いや、分かんねえよ。とんでもなく強いってことだけは知ってたが……」
刀歌の近況から全く置いてけぼりを喰らっていた剛人には何も答えられない。
刀歌の弟である刀真さえも困惑していた。
「強欲都市ってあそこだよね? 西の無法都市……」
一方、琴姫も眉をひそめていた。
「遂に平定されたっていう噂、本当だったんだ……」
「……つうか、二万人ってマジかよ」
ラシャも流石に驚きを隠せない。いや、どちらかと言えば警戒している様子か。
「ちょっと聞いたことがネエような数だぞ」
「……そうだな」
アレックスがポツリと呟く。当然ながら彼女も驚いていた。
名家の当主であっても、そんな数の配下は聞いたことがない。
もちろん、その実力にはピンからキリまであるだろうが、数とは純粋な力でもある。
そうして全員が沈黙する中、ややあって、
(……面白れえな……)
アレックスは微かに口元を緩めた。
好奇心が疼き始めていた。
優秀な引導師が多いと言われる日本。
そこにあってなお無法都市と呼ばれる強欲都市の話は他国でも有名だった。
どうやらアレックスのライバルを降した男は只者ではないようだ。
(あいつが女になったのも、それなりの理由があるってことか)
ウズウズウズ……。
心の疼きがさらに強くなる。
これは噛みついてみるのも面白いかも知れない。狂犬のサガだった。
アレックスは前を見やり、
「すまねえ。運転手さん。時間にまだ余裕があんだろ? なら少し寄り道してもいいか?」
「……いかがなされました?」
運転手がバックミラーを使ってアレックスの方に目をやった。
「実はオレ、いま何も武器を持ってねえんだ。その王ってのに会うのに別に霊具は持っていってもいいんだろ? ボディチェックじゃセイラの自動拳銃とかは素通りだったしな」
そう前置きして、アレックスはニヤリと笑う。
「だから少し武具店に寄っておきてえんだ。いつまでも無手だと落ち着かねえ。まあ、ここはあえて女らしく言うのなら」
少し皮肉気に笑って彼女は告げた。
「折角の王との謁見だしな。オレもドレスアップしておきてえのさ」




