第四章 奇縁、再び➂
一時間後。
アレックスの休んでいた部屋に、金堂家の全員が集まっていた。
剛人にセイラ。ラシャに琴姫の姿もある。
対面にはアレックスの姿がある。
それぞれ座布団を敷き、剛人とラシャは胡坐をかき、セイラと琴姫は正座をしている。
アレックスは意外にも正座だった。
剛人たちは知る由もないが、昔、かなたが座っている姿を見て憶えた座り方だった。これが日本人にとって礼節を示す態度だと認識していた。
そしてさらにもう一人。
この場には参加者がいた。
さらりとした黒髪が印象的な、九歳ほどの少年だ。
小学校の制服を着た御影刀真だった。真っ直ぐ綺麗な正座をしている。
ただ刀真としては、
(……いや。なんで僕、ここに呼ばれてるの?)
完全に困惑する状況だった。
いきなり兄貴分の剛人に呼び出されたのだ。
『すまん。マジで助けてくれ』
まず、その一文が送られてきた。
『親父と母ちゃんたちが一週間も留守なんだ。数日だけでいいから泊まりに来てくれ。俺一人じゃあ間が持たねえんだよ』
文章だけでも切羽詰まった感が伝わってきた。
仕方がなく、刀真は数日だけ金堂家に泊まりに来たのである。
(……けど)
視線を剛人の方に向けると、途中で琴姫と視線が重なった。姉の幼馴染でもあり、刀真もよく知る人だ。琴姫は困ったように笑って軽く手を振ってきた。刀真は軽く頭を下げた。
(ホントに琴姉さんも剛人兄さんと同居してたんだ)
話には聞いていたが、この金堂家で会ったのは初めてだった。
セイラとラシャの同居のことも聞いている。二人ともすでに面識はあった。
留学して来た二人が金堂家の居候になっていることも。
だからこそ、剛人は刀真に救援を求めたのだ。
しかし、
(なんで一人増えてるんだろう?)
刀真はアレックスに視線を向けた。
浴衣を着た金色の髪の美少女だ。セイラとはまた違う雰囲気を持っていた。
名前をアレックスと聞いていた。
彼女のことは本当に名前だけをついさっき教えてもらっただけだった。
何かトラブルが起きている。刀真もそれだけは察した。
少し緊張感が和室を満たす。と、
「で。あんたはどこのどなたさんなんだよ?」
意外にも本題に入ったのはラシャだった。全員が彼女に注目する。
「ゴウトが連れ帰って来たってことはあんたもゴウトの隷者ってことかい?」
「おい。待てラシャ」それに対し、剛人が反論する。
「その言い方だと、お前らが俺の隷者みてえに聞こえるじゃねえか」
「いや、それはもう遅かれ早かれさ」
そう告げて、ラシャは剛人へと両手を広げた。
「アタシらはもう覚悟済みなんだ。セイラはもちろん、コトさえもだ。三人ともこの一週間でゴウトの女になって第二段階までいっちまう覚悟なんだよ」
「ラシャ!?」「ラシャ姉!?」
思わずセイラと琴姫が腰を上げた。
「なに暴露してるのよ!?」「それはまだ言っちゃダメだよ!?」
二人とも顔が真っ赤だった。一方、ラシャも少し顔が赤かったが、
「こういうのは宣言した方がいいのさ。そもそも、もしそいつが入ったら、せっかく三人で決めたローテーションとか合同日とかも日程が狂っちまうし」
そんなことを言う。セイラと琴姫はますます赤くなった。
対し、剛人は、
「……と、刀真ぁ……」
「……そんな悲痛な顔で九歳児に助けを求めないでよ、剛人兄さん……」
刀真は、年齢不相応な何とも言えない表情でそう返した。
すると、
「……あんたらにどんな事情があるかは知らねえけど」
アレックスは淡々と答える。
「オレは無関係だよ。ゴリマッチョは生理的に無理だから」
「なにさ? ガチムチが嫌いなのかい?」
ラシャが皮肉気な笑みを見せた。
「夜の男ってのは圧倒的な雄度。獣っぷりを見せつけてこそだと思うけどね」
「それが年がら年中MAXで、うんざりするような奴がいんだよ」
アレックスは心底嫌そうに言った。
「まあ、夜だけ獣ってのは分からなくねえが、それよりもだ」
脱線しかけた話をアレックスは戻した。
「まずは感謝する。そっちの兄ちゃん、ゴウトだったか。マジで助かったよ。けど、オレはここがどこなのかもまだ分かってねえんだ」
そう切り出して、アレックスは自分の数日間の状況を語った。
剛人たちも自分たちの素性を語った。ここが日本であることも。
互いに語り終えた時、全員真剣な顔だった。これは想像以上に深刻な内容だった。
「……他の人らや助けてくれた二人ってのは、その後どうなったのか分かんねえのか?」
剛人がそう尋ねると、アレックスはかぶりを振った。
「分かんねえ。他の奴らはいわゆる『商品』なら、仮に捕まってもまだ生きている可能性はあるけど、オレたちを助けてくれた二人は……」
アレックスは静かに拳を固めた。
剛人は「……そうか」と腕を組んで呟いた。
「あなたも引導師なのでしょう?」
セイラがアレックスに問う。
「自分が所属する家――組織に救援要望はもうしたの?」
「……それが……」
アレックスはこの上ない渋面を浮かべた。
「まだだ。つうか、基本オレはハグレ者っぽくって報告も他人任せでさ。オレ自身で連絡とかはほとんどしたことがねえんだ。だから連絡先はスマホ頼りで憶えてもいねえ」
「なら組織の名前は? 主な活動地域は? そこから私が調べるわ」
セイラがそう提案すると、アレックスは「すまねえ」と答えてから、当主の名前を告げようとするが、
「……あれ?」
アレックスは眉をひそめた。どうしてか名前が出てこない。
あれだけインパクトのある当主の顔も朧気になって思い出せなかった。
「……名前が出て来ねえ。姿もだ。なんでだ……?」
「……それって、もしかして記憶阻害じゃないかな?」
霊具職人であり、様々な霊具に詳しい琴姫が言う。
立ち上がると、アレックスの元へと行き、彼女の瞳の奥を見据える。
目を瞬かせるアレックスを相手に、十数秒ほど観察し、
「……うん。やっぱりそうだ。逃走に繋がるような記憶が曖昧になるみたい。特定の霊具にそういった効果があるよ。こういうのって継続的にかけていないといずれ効果が消えるはずだから、たぶん二、三週間ぐらいで自然に思い出すよ」
「……チ。やられちまったか」
アレックスは舌打ちする。
万が一の逃走も想定して事前に仕掛けられていたということだった。
「じゃあ、しばらくはアレックスの方から救援は求められねえってことか」
剛人が嘆息する。
「どうするの? 剛人兄さん」
ずっと静かに話を聞いていた刀真が、神妙な声色で兄貴分に尋ねる。
「話を聞く限り、かなり危険な案件だと思うけど……」
「俺の方でも親父とかにも連絡して、アレックスの保護の当てを探してもらうよ」
剛人は刀真に視線を向けて答える。
「御影のおじさんにも聞いてみっか。ただどちらにしても時間が掛かるだろうな。その期間、アレックスをうちで預かってもいいが……」
そこで剛人は、琴姫、セイラ、ラシャにも視線を向けた。
三人はまじまじと剛人を見つめていた。
(……まずいな)
剛人は渋面を浮かべる。
(誘拐犯の規模も、その正体も分かんねえ以上、リスクがある)
最悪の場合、アレックスを再び拉致するための襲撃も考えられる。
剛人一人ならば別にそれでもいい。
だが、彼女たちを危険にさらす訳にはいかなかった。
ましてや琴姫は非戦闘員だ。守り切れない可能性がある。
腕を組んで剛人は考える。
どこかにアレックスを預けられるような当てはないのか。
例えば火緋神家、天堂院のような大家。
もしくは襲撃なんぞ歯牙にもかけないほどに強力な引導師とか……。
(……ぬぬぬ)
大家に伝手はない。
そこは父たちに任せるしかない。
しかし、個人であるのならば一人だけ思いついた。
――そう。万の兵すら蹴散らしそうな恐ろしく強力な引導師だ。
さらに悩み続ける剛人。
だが、その人物以外に当てが全く思いつかない。
あの男なら、少なくとも相談ぐらいには乗ってくれるはずだ。
「……くそ。仕方がねえ」
極めて不本意ではあるが、剛人は苦渋の決断をした。
「ここは一番頼りたくねえ野郎にも頼るしかねえか」




