第四章 奇縁、再び②
場所は変わって、とある部屋。
(…………う)
一人の少女が目を覚ました。
アレックス=オズだ。
(……ここ、は?)
横たわるアレックスは、うっすらと瞼を上げた。
見えるのは天井だった。珍しい木製の天井のようだ。
アレックスは眉をひそめた。
(……どこだ?)
少し痛む上半身を起こして周囲にも目をやる。
襖に畳。彼女が寝ていたのは布団だった。
(日本の和室ってやつか?)
見覚えのある部屋ではない。
よく見れば衣服も変わっていた。日本の浴衣とかいうのを着せられていた。
裸の上からのようで白い肌が見えている。
(気を失っている間に、誰かに着替えさせられたのか?)
少し不穏な感じがする。
少なくともアレックスを着替えさせた人物は、彼女が女性であると知ったということだ。
(いや、その心配は後でもいい)
まず重要なのは現状確認だった。
彼女の最後に着ていた――正確には着せられていた――服は拘束衣だった。
あの怪物に敗北して、アレックスは拘束されていた。
そしてアジア系の恐らくは日本人と思われる二人組に救出してもらったのだ。
だが、敵に見つかったため、二人は囮になってくれた。
アレックスも含めた捕らわれていた者たちは、バラバラになって逃走した。
結果、彼女はどうにか街らしき場所にまで逃げ込んだのである。
そこで――。
(……何があった?)
額を抑える。気力も体力も尽きて誰かとぶつかったような気がする。
ここはその誰かの家だろうか。
着替えさせてくれたのもその誰かなのだろうか。
アレックスが眉根を寄せた時だった。
不意に部屋の襖が開いた。
アレックスがギョッとして目をやると、そこには一人の少女がいた。
意外なことに和室への来訪者でありながら、その少女は欧米人だった。
アレックスよりも一、二歳年下らしき金髪の少女だ。
「あ。良かった。目を覚ましたのね」
と、少女が言う。
少女は手に湯を溜めた風呂桶を持っていた。腕にはタオルもかけている。
少女は欧米人とは思えない自然な動きでアレックスの横に正座した。
「細かい傷は霊薬で治癒させたけど、まだ動かない方がいいわよ」
と、英語で少女は告げる。
「……あんたは」アレックスは警戒しつつ問う。「誰だ? オレを助けてくれたのか?」
「あなたを連れてきたのはゴウトよ」
「……ゴウト?」
アレックスが眉をひそめつつ、その名前を反芻する。
「ええ。この家の跡取り。まったく。あの馬鹿は」
そこで少女は何故か嘆息した。
「せっかく今日から一週間、お義父さまもお義母さま方も出張で留守なのに。私もラシャも琴ちゃんも、いよいよかって緊張してたのにまさか新しい女の子を連れてくるなんて……」
「……いや、何言ってんのか、分かんねえが……」
アレックスは小さく嘆息した。
「オレが女だって知ってるってことはあんたがオレを着替えさせてくれたのか?」
「ええ。そうよ。けど」
少女は不思議そうに小首を傾げた。
「変なことを言うのね。あなた、どう見ても女の子じゃない」
「……え、いや、う~ん……」
アレックスは思わず呻いた。
確かに前情報や先入観がなければ女性と思ってもおかしくなかった。
「あ。ごめんなさい。もしかして心は男性って人?」
多様性の世代ゆえに少女はそう思ったようだ。
しかし、アレックスはかぶりを振る。恩人に嘘をつくのも申し訳ない。
「オレは女だよ。心もな。まあ、ちょっと事情があってな」
「そう。それならいいけど……」
少女はタオルを湯につけて言葉を続ける。
「私の名はセイラ=ロックスよ。あなたの名前は?」
「アレックス=オズだ。オズでもアレックスでも好きな方で呼んでくれ」
アレックスは素直に本名を告げた。
少女――セイラは「私はセイラでいいわ」と告げてから、さらに問う。
「一応確認しとくけど、あなたは引導師よね?」
「ああ。そうだ」
これも嘘をついたところで意味がない。アレックスは正直に答えた。
「お互いに色々聞きたいことはあるけど、私だけ先に事情を聞いても仕方がないわね。全員集まってから聞きましょう。それより今はアレックス」
セイラは桶の上でタオルを軽く絞った。
「服を脱いでくれる? 治癒させて着替えさせたけど汚れまでは拭けてないのよ。あなた、数日間ぐらいロクに入浴も出来ていないんでしょう?」
「あ、ああ。その通りだ。すまねえ」
アレックスは困惑しつつも、素直に頭を下げた。
次いではらりと浴衣を開ける。
白い素肌が露になる。下着も着けていないため、双丘も解放された。
「……むむ」セイラは少し眉をしかめる。「意外と私よりもあるわね」
そんなことを呟きながら、ハッとする。
唐突にセイラは襖の方へと振り返った。その表情は何故か険しい。
一方、アレックスはキョトンとする。と、
「おう。セイラ。そろそろ起きたか?」
突然、襖が勢いよく開けられた。
そこには大柄な少年が立っていた。ただアレックスはその姿を一瞬しか確認できなかった。
「だからあなたはそのラッキースケベ体質をどうにかしなさい!」
セイラがそう叫んで、虚空から武器を取り出したからだ。
アレックスも馴染みがある自動拳銃だ。セイラはいきなり発砲した。
狙いは少年の額だ。見事に直撃し、少年は庭の方にまで吹き飛んでしまった。アレックスが彼の姿を一瞬しか確認できなかったのはそのためだ。
「お、おい!?」
流石に唐突な殺人行為に、狂犬と呼ばれるアレックスさえギョッとする。
しかし、セイラは何食わぬ顔で「大丈夫よ」と告げる。
「一応ゴム弾よ。まあ、実弾でもこの程度で死ぬ奴じゃないから」
「そ、そうなのか?」
双丘を両腕で隠しつつ、庭の方を覗き込むアレックス。
そこには大の字になって目を回している少年の姿があった。
確かに死んではいないようだ。浅黄色の髪に褐色の肌を持つ少年だった。顔立ちは日本人のようなのでハーフなのかも知れない。額の一部が鋼のような銀色に変わっていたが、きっと自動で発現するタイプの防御系の術式だ。これが弾丸を防いだようだ。
「ま、まあ、今のも愛情表現って奴か?」
どこか的外れな感想を呟く、いまいち本調子ではないアレックスだった。




