表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第13部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第12部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

468/503

第三章 エスケープ・シンデレラ④

 その日の夕方。

 ごく普通の住宅街にて。


(ああ~くそ)


 一人の少年が帰宅の途についていた。

 年の頃は十五、六歳ほど。精悍な顔つきに、逆立つ浅黄色の髪。がっしりとした大柄な体と褐色の肌が印象的な少年だ。白い制服を着ており、彼が学生であることが分かる。

 私立星那(せいな)クレストフォルス校の高等部一年生。金堂(こんどう)剛人(ごうと)だった。


(どうなってんだよ。これは)


 剛人は手に持ったスマホを見やりつつ、渋面を浮かべた。

 それは幼馴染である御影刀歌との連絡のやり取りだった。

 現在、刀歌は学校を休んでいる。それもほぼ休学にも近い様子だ。

 そのことを心配して理由を問い質した内容だった。

 しかし、刀歌の返答はどれも『心配するな』といったモノだった。

 具体的なことは何も書いていない。直接電話をしてもはぐらかされるだけだった。刀歌の弟である刀真にも尋ねてみたが、彼も姉からは何も聞かされていないらしい。

 剛人は「……くそ」と呻く。


(……おじさん――刀歌の親父さんなら何か知ってんのか? いや、刀歌はおじさんと仲が悪かったしな)


 父親にも何も告げていない可能性が高い。

 刀歌の両親は、その性格から扱いにくい刀歌よりも、素直な刀真に愛情を注いでいた。

 刀真の話では、ここ数年で、刀歌と両親――特に父親――との仲はかなり冷え切っていたらしい。現在、御影家では刀歌はまるで最初からいなかったような扱いであり、会話にも挙がらない。親として学費こそ出しているが、今は出奔にも近い状態とのことだ。


 刀歌は決して無能ではない。それどころか群を抜いた才女だ。だというのに、御影家の現当主は、後継には刀真さえいれば、刀歌はどうでもいいと考えているように見える。


(おじさんは才能にコンプレックスがあるみたいだったしな)


 剛人は渋面のまま嘆息した。


(刀歌は刀歌で直球だったしな。《魂結び》の件で小五ぐらいから露骨に反発してたけど、そこまで仲が悪化してたのかよ……)


 幼馴染の家庭不和は、やはり気がかりだった。

 ともあれ、いま重要なのは刀歌の現状の確認だ。実家がそんな状況だからこそ、学校を辞めるつもりで、いよいよ嫁入りの準備をしている可能性もあった。

 剛人にとっては最悪の事態である。

 刀歌に惚れている剛人としては何としても阻止しなければならない。


(けど、問題は俺の方にもあんだよな)


 ボリボリと剛人は頭を掻いた。

 剛人は刀歌に惚れている。

 それは子供の頃からの強い想いだ。それが揺らぐことはない。

 しかし、最近、剛人の環境は大きく変わってしまった。

 剛人の家。金堂家に居候が三人も増えてしまったのだ。


 一人は、セイラ=ロックス。

 年齢は十五歳。腰まで伸ばした金髪が美しい碧眼の少女。剛人がアメリカでホームステイした先のお嬢さんであり、現在は剛人のクラスメイトでもある。


 一人は、ラシャ=グラーシャ。

 年齢は十七歳。褐色の肌と、さらりとした短い黒髪の少女だ。かつてアメリカのスラム街(ダウンタウン)を根城にしていた少女だ。彼女も剛人のクラスメイトだった。剛人と同じクラスになるため、年齢を偽装して転入してきそうだ。まあ、スレンダーなセイラとは対照的なプロポーションのため、偽装しきれていないと剛人は思っているが。


(あいつらのこともどうしたもんか……)


 歩きながら、剛人は困った表情を見せる。

 本当に悩みどころだった。

 あの二人に好意を寄せられているのは知っていたが、まさか海まで越えてくるとは。


 そうして三人目。

 名前は黒田(くろだ)(こと)(ひめ)。年齢は十四歳。

 ボサボサの短い髪に黒縁メガネ。さらにオーバーオールを愛用しているため、野暮ったい雰囲気を持っているが、セイラ、ラシャにも劣らない美少女だった。

 彼女は剛人――さらに言えば刀歌にとっても――の幼馴染であり、縁戚でもあった。琴姫はかの黒鉄重工の社長令嬢なのである。


 この三人が金堂家の居候。

 そして実質的に剛人の花嫁たちでもあった。少なくとも剛人の家族はそう思っている。


『ガハハッ! よくやった! 剛人! ようやく嫁さんを連れてきたか!』


 父は、バンバンと剛人の背中を叩いてそう告げた。


『けど、正妻は誰になるのかしら?』


 と、母は困ったように笑った。


『やっぱり琴ちゃんかしら。昔からの付き合いだし。まあ、私たちの時のように正妻の座を拳で決めるようなことにならないといいけど』


『あの頃、あんた、本気で私らをねじ伏せにかかったしね』


『あれは本当に恐ろしかったわ。今でも夢に見るぐらい』


 と、母は一緒に暮らす父の二人の女性隷者たちと昔を懐かしむように語り合っていた。

 ちなみに剛人は実母を『母ちゃん』。他の二人を、『涼子母ちゃん』とか名前を付けて母と呼んでいた。引導師界隈では正妻と愛人が同居しているのが主流だ。従って母親が数人いるのも引導師の家系では珍しくもない。補足として女性が隷主の場合も同居は同様なのだが、女王が君臨する時は、そもそも結婚はせずに騎士として序列を付けるケースが多かった。

 閑話休題。

 なお剛人には兄弟はいない。一人っ子だった。

 それだけに次代の花嫁たちは金堂家にとって大歓迎だった。

 だが、剛人にとっては不満だ。

 誤解なく言えば、三人ともとても魅力的だ。

 セイラはとても気の利く淑女だ。誰にでも公平であり、自分にも他人にも厳しくあるが、その心根は優しい。時折見せる照れた姿はとても可愛かった。

 ラシャは天真爛漫だった。彼女の明るさは周囲に笑みをもたらす。魔性とは違うカリスマ性を持つ少女である。奔放に見えて純情な一面もあり、やはり可愛い。

 琴姫は昔から知る少女だった。剛人がやらかしてしまったため、紆余曲折の結果、同居することにまでなったが、彼女が傍にいてくれると優しい気持ちになれる。剛人にとって絶対に守るべき少女だった。懸命に剛人のことを知ろうとし、頑張る姿には愛しさがこみ上げる。


 自分には勿体なさすぎる少女たちだった。

 ただ、それでも剛人にとって本命は刀歌なのだ。


(……グヌヌ)


 腕を組んで唸る剛人。

 本命がどんどん遠ざかり、外堀が強固に埋められていく。そんな感じがした。


(俺には女難の相でもあんのかよ)


 思わずそんなことを考えてしまった時だった。


「――と」


 丁度、道の角を曲がったタイミングだった。人影がいきなり現れたのである。深く悩んでいたせいもあって曲がった先に人がいることに気が付かなかったのだ。


「やべ」


 ドン、とぶつかる。

 日々鍛えている剛人はビクともしなかったが、相手はそうもいかなかったようだ。

 相手が小柄だったこともあり、大きく吹き飛んでしまった。


「とッ! 悪りい!」


 剛人は咄嗟に相手の片腕を掴んだ。

 すると、相手はガクンと膝を崩した。それだけぶつかった衝撃が強かったのかと思ったが、相手の衣服を見て剛人は「は?」と眉をしかめた。

 その人物は真っ白い拘束衣を着ていたのだ。さらにはふらふらと体を揺らし始める。剛人が腕を掴んでなければ、すぐに倒れてしまいそうだった。

 そして、


「お、おい」


 その人物は力尽きたように剛人に寄りかかってきた。

 反射的に剛人は相手を支えた。


「おい、あんた、しっかりしろ!」


 そう声を掛けながら、剛人はふと気付く。

 相手が少女であることに。

 剛人より少しだけ年上だろうか。十七か十八。ラシャと同世代ぐらいの少女だ。


「おい! あんた!」


 剛人は、彼女を両腕で支え直して呼び掛ける。

 彼女は外国人でもあった。顔立ちと金色の髪からして間違いない。

 日本語が通じていないとも考えられる。剛人は英語でも話しかけてみるが、彼女は完全に気絶しているようだ。呼びかけに全く応じなかった。


「ちょっと待てって! 無茶くちゃ訳アリの格好で気絶すんなよ!」


 剛人はかなり焦る。この少女が何かしらの事情を抱えているのは一目瞭然だが、どうして自分の腕の中で気絶するのか。


「く、くそ!」


 とにかくこのままにはしておけない。

 どんな事情があるとしても、彼女が相当に消耗しているのは確かなようだ。

 剛人は少女を抱きかかえて走り出した。

 とりあえず家まで連れて帰るしかない。


(何なんだよこれ!)


 走りながら、剛人は頬を引きつらせた。


(マジで俺って女難の相でもあんのかよ!)


 謎の少女を運びつつ、自分の奇妙な運命を嘆く剛人であった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ