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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第12部

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第三章 エスケープ・シンデレラ➂

(――くそ)


 同時刻、暗い倉庫内で男は険しい表情を浮かべていた。

 手には霊具である拳銃。倉庫の荷の影に身を隠して小さく呼気を零す。

 どこからか銃声が聞こえた。

 倉庫内での銃撃戦。まるで映画のワンシーンだ。


(先走っちまったか)


 男は舌打ちする。

 引導師(ボーダー)の世界では有能な若手たちを誘拐するという事案が多い。

 若手――主に少年少女を誘拐して洗脳。そして隷者(ドナー)にするという事案だ。

 男はそんな誘拐組織を追う国家引導師の一人だった。

 ――そう。彼はれっきとした警察官(・・・)なのである。

 名を高城景(たかしろけい)と言った。


(これはただの誘拐(・・・・・)だったのか?)


 銃柄を強く握りつつ、高城は周囲を警戒する。

 ここに彼がいるのは偶然だ。

 誘拐組織の捜査の一環でここに訪れていた。

 被害者は海外にて人身売買されるケースもある。そう考えて、高城は相棒である緒川達弘警部と共にこの倉庫街に訪れたのである。

 そしてそこで見てしまったのだ。明らかに怪しげな集団を。

 コンテナを運ぶ船員を装っていたが、二人とも国家引導師になって十年以上のキャリアがある。数多の修羅場も経験している高城たちの嗅覚は誤魔化せなかった。


「(……おい。高城)」「(……ああ)」


 倉庫の影に隠れつつ、相棒である緒川とアイコンタクトを取った高城は行動した。

 彼ら国家引導師は職務質問などしない。

 大抵の場合、超常の犯罪者たちとは戦闘になる。基本的に少数で行動している以上、奇襲の機会を自ら捨てるのは愚の骨頂だからだ。


「(……行くぞ)」


 くいっとあごを動かして高城は緒川に合図する。

 まずは荷の確認だ。それが想像通りのモノならすぐに応援を呼ぶ。

 二人は倉庫の壁沿いに移動した。

 そして倉庫内に侵入。船員の隙をつき、コンテナの中身を確認した。


「(……ビンゴか)」「(ああ)」


 緒川と高城は頷いた。

 そこには八人の少年少女がいた。全員が白い拘束衣を付けられ、コンテナ内で転がらされていた。目には目隠し、口元には革製の黒いマスクを付けられている。


「(……全員が外国人か)」


 高城は彼らの髪の色、顔立ちを見てそう判断する。


「(逆輸入って奴か。俺らの追っている件とは別件だな)」


 緒川がそう呟く。


「(だが、見捨てておけねえな。俺が見張りに付く。高城)」


「(ああ。分かっている)」


 緒川の合図に高城はコンテナに侵入し、スマホに入れた通訳アプリ(言語変換術式)を起動させて、彼らに話しかける。互いの言葉を自動で変換してくれる術式だ。


「(助けに来た。拘束を解く。声を出さないでくれ)」


 そう告げて、まず彼らのマスクと目隠しを解いた。

 次いで拘束衣を解こうとするが、それには時間が掛かりそうだった。仕方がなく拘束ベルトだけを切断した。それから、高城たちは八人を連れて倉庫を脱出しようとしたが、流石にこの大人数でそれは厳しかった。

 移動しているところを船員の一人に見つかってしまったのだ。


「俺たちが囮になる! 君たちは逃げてくれ!」


 高城と緒川はそう告げた。

 応援はすでに呼んでいる。時間を稼げば彼らは同僚に保護されるはずだ。

 八人は困惑しつつも頷き、それぞれ散開した。

 そうして戦闘が始まった。

 相手はどうやら一般人――引導師(ボーダー)ではないようだ。

 使用するのは銃。いわゆる通常兵器だが、それでも充分に脅威だった。

 防御特化や自動再生のような術式を持つ者なら話は別かもしれないが、超人的な身体能力を持っていても引導師とて銃で撃たれれば普通に死ぬからだ。


(――くそ!)


 高城も緒川も劣勢を強いられていた。

 二人にとって銃撃戦は下手な異能戦よりも厄介だった。

 敵の数は二十以上。圧倒的な弾幕の前に二人は分断されてしまった。

 そうして今に至るのである。


「……緒川は無事なのか」


 高城がそう呟いた時だった。

 不意に銃声が止んだのである。


「……?」


 高城が訝しみ、コンテナの影から相手の様子を窺うと、


「ッ! 緒川!」


 驚愕で目を見張る。

 相棒の緒川が床に沈んでいたのだ。

 すでに下半身が見えない。まるで底なし沼に沈んでいるようだった。

 いや、よく見れば周囲の犯罪者たちも床に呑み込まれていた。

 下半身、上半身まで呑み込まれている者もいる。

 しかし、そんな異常事態にも誰一人悲鳴を上げない。

 むしろ恍惚とした表情を見せていた。緒川さえもだ。


「――緒川ッ!」


 相棒を救出するために高城が飛び出そうとした時だった。

 ――ズブリ、と。

 いきなり片足が沈みこんだ。

 ハッとして足元を見やると、高城自身も床に沈み始めていた。


「――クッ!」


 足を引き抜こうとするがビクともしない。


(まずいッ!)


 表情を険しくして高城が焦っていると、不意に裸の女が床から現れた。

 高城は目を見張った。

 絶世と言ってもいいほどの美女だった。彼女は高城の上半身を掴んだ。

 すると高城の背中に、ぞくりとした快感が奔る。

 さらに美女の数は増える。彼女たちは揃って微笑み、高城の体を掴んできた。

 その度に言葉にも出来ない快感を覚え、全身の力が抜ける。彼女たちの吐息が頬に触れ、思考がぼんやりとなり、気付けば銃も落としていた。


(……あれ? 俺は、なにを……)


 体はどんどん沈んでいく。

 すでに緒川も犯罪者たちも、どこにもいなくなっていた。

 けれど、高城はそのことにも何も感じなくなっていた。

 そうして、


(……うあァ、気持ちいい……)


 そんな意識と共に、高城もまた床の底に沈んでいった……。



       ◆



 十五分後。


「……お見事です。土蜘蛛さま」


 倉庫内に入ったエリーゼが土蜘蛛に頭を下げる。


「これほどの数を殺さずに無力化されるとは」


 エリーゼは床を見やる。

 そこには倒れた二十数人の人間たちがいた。

 中には拘束衣を着た脱走者たちの姿もある。

 全員かなり呼吸が荒いようだが、死んではいないようだ。

 しかしながら、全く息をしていない者もいる。

 この場には二名分の白骨も転がっていた。衣服はそのままに、血肉だけが完全になくなっている。まるで骨だけを洗浄して服を着せたかのような状態だった。

 ここに侵入していた者たちの末路だった。


「……お優しいことだな」


 エリーゼと共に倉庫内に入って来たジェイが苦笑を浮かべて呟く。


「敵だけを殺したのか。使えねえゴミも一緒に始末して良かったんじゃねえか?」


 言って、そこらに転がっている船員姿の男を軽く蹴った。

 すると、


「いやいや。それはいかんでござるよ。ジェイ氏」


 人差し指を振って土蜘蛛は答える。


「ミスは誰にでもあるものでござる。ゆえに一度や二度の失敗は大目にみなければ。拙者が尊崇してやまない、かの宇宙の帝王も部下の失敗には意外と寛大な御方だったでござる。雑兵の名前までちゃんと憶えていたりもして、結構ホワイトな帝王だったのでござるよ」


「……いや、誰だよ。それ?」


 ジェイは眉根を寄せた。


「まあ、いいが、残念ながら来るのが少し遅かったみてえだな」


 そう告げて、ジェイは倒れている拘束衣の人間の数を数えた。

 ――七名。一人足りなかった。


「おいおい」


 ジェイは苦笑を零す。


「よりにもよって俺らのお気に入りだった女がいねえじゃねえか」


「……一名、運よく逃げ延びたということですか」


 エリーゼは眉をひそめた。


「では追っ手を差し向けますわ」


「いやいや。それには及ばぬでござるよ。エリーゼたん」


 土蜘蛛が大きな腹を揺らして笑った。


「なにせ、わざとでござるから」


「……はい?」


 エリーゼはさらに眉根を寄せた。


「どういう意味でしょうか。土蜘蛛さま?」


「なに。拙者は最初からあの娘っ子を花嫁と決めていたのでござる」


 土蜘蛛は指を立てて横に振った。


「ゆえにあえて逃がしたのでござるよ」


「……? 何故? 彼女に温情をかけたのですか?」


 エリーゼが困惑しながらそう尋ねると、ジェイが「ああ~そういうことか」と呟いて、ポンと手を打った。


「デブグモ。やっぱお前、良い趣味してんな」


「ボフフ。即座に気付くジェイ氏も流石でござる」


 土蜘蛛はクツクツと笑う。エリーゼだけは分からないという顔をしていた。


「どういうことですの? ジェイ」


 弟分にそう尋ねると、ジェイは肩を竦めた。


「いや、簡単なことっすよ。一度希望を持たせてから絶望に叩き落とす。俺らが心を折るのによくやる手法っす」


「ボフフ。然りで候」


 土蜘蛛は言う。


「まあ、拙者の目的はジェイ氏よりももう少し捻くれているでござるが、ともあれ」


 一拍おいて、こう宣言する。


「拙者の調教はすでに始まっているということでござるよ」






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フリ◯ザ様は我霊にすらいい上司って認められているのか
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