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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第12部

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第三章 エスケープ・シンデレラ②

 ニ十分後。

 ジェイたちは車内にいた。

 公道を走る特注リムジンの中だ。


「……おい。デブ」


 リムジンに備えられたソファーに座り、ジェイが口を開いた。

 向かい側のソファーには土蜘蛛とエリーゼが座っている。


「その歳で見合いかよ」


「ボフフ」


 土蜘蛛は頬を揺らして笑った。


「生きた年月など些細なことでごさる。そんな理由で参加しない方がおかしいでござるよ。なにせ、拙者たちにとって、この上ないメリットでござるからな」


「それでも言っちゃなんだが、あれにはまだまだ不明な点が多いだろ?」


 ジェイは指を組んで言う。


「見た目と違ってあんたは相当なジジイなんだろ? 老獪と呼ばれる世代だ。あんたぐらいなら、もう少し情報が揃ってから慎重に動くと思うんだがな」


「ボフフ、それも一理あるでござる」


 土蜘蛛は再び頬を揺らした。


「確かに慎重さは重要。老獪であることは長生きの秘訣でござる。されど、同時に拙者は企業者でもあるのでござるよ」


 そう告げて、土蜘蛛はポンと両手を重ねた。


「商売の秘訣は嗅覚でござる。ニーズを読み取り、いち早く行動すること。拙者の鼻が今回の件は我霊たちにとって今後の要となるモノであると嗅ぎ取ったのでござるよ」


 土蜘蛛は眼鏡の奥で双眸を細めた。


「――『番い魔(バディ)』。拙者たちにとっては枯れない魂力(オド)の泉。我霊(エゴス)引導師(ボーダー)が交わり生まれる新たなる存在。興味が尽きぬでござるな」


「……なるほど」ジェイは皮肉気に笑った。


「それはそれで説得力があるか。そんであんたの見合いは成功したのかよ?」


「……グ」


 これまでどちらかと言えば友好的だった土蜘蛛が初めて黙り込んだ。

 ジェイは眉根を寄せて、視線をエリーゼの方に向けた。


「残念ながら」エリーゼはかぶりを振った。


「土蜘蛛さまは天の七座に次ぐ御方よ。いかに才がある者を選んだといっても引導師(ニンゲン)の小娘程度では耐え切れないのですわ」


「……ああ~」ジェイはこめかみ辺りで指先をくるくる回した。


「快楽堕ちさせたらそのまま馬鹿になってたって奴っすか。我霊(エゴス)あるあるっすね」


「そうでござるよ。だから拙者が悪い訳ではないのでござる」


 と、土蜘蛛が言い訳じみた台詞を言う。

 人間にとって我霊の体液は麻薬にも等しい。上級になるほどに高濃度の麻薬だ。当然ながら過剰に摂取し続ければ、肉体にも精神にも甚大な影響を及ぼす。

 ジェイたちはこれまで四十組以上もの我霊と引導師をマッチングさせたのだが、理性を保ちつつ、番い魔(バディ)へと変化した引導師はわずか五人だけだった。


「まあ、そういうことにしといてやんよ」


 ジェイは苦笑を浮かべた。エリーゼはコホンと喉を鳴らし、


「ともあれ、土蜘蛛さまの番い魔(バディ)はまだ未確定なのですわ。そのために今、わたくしたちは移動をしているのです」


「そうなんすか? 誘われたからついてきましたけど、どこに行くんすか?」


 ジェイが車窓の景色に目をやった。

 若干、街外れに向かっているように見える。


「港ですわ」エリーゼは答える。「そろそろ荷が届く時間ですの」


「……荷?」


 初めて聞く話にジェイが首を傾げた。


「なんすかそれ? 港ってことは船で届けられることっすか?」


「ええ」エリーゼは頷く。「いま国内では動きにくいので。あなたが海外出張に出向いている間にわたくしの国外の友人たちに協力してもらったのですわ」


 率直に言えば、と続けて、


「新たな花嫁、花婿候補を海外から送ってもらったのです」


「あ。なるほど。そいつらが荷ってことすか」


 ジェイは得心した。


「ええ。八名ほど」エリーゼはそう答えると、スマホを取り出して操作する。

 ややあって、ジェイのスマホが小さく震えた。

 ジェイがスマホを取り出して見やると、そこにはエリーゼから送られた資料があった。

 恐らく十代後半から二十歳ほどの欧米人。男女ともに四人ずつの名前と顔写真だ。


「男も女も美形ばっか……まあ、引導師(ボーダー)なら当然か」


 ジェイはスマホを手に双眸を細めた。


「俺なら四番がいいな」


 ジェイがそう呟くと、


「……むむ! ダメでござるよ! その子は拙者のでござる!」


 沈黙していた土蜘蛛が再び口を開いた。

 前のめりになってジェイに近づき、


「良いでござろう? 良いでござろう? 特に勝気そうなところが!」


「まあ、確かにかなり勝気な性格みたいだな」


 ジェイはさらにスマホに目を落とす。資料には捕縛時の各経緯も記載されていた。


「仲間が全滅した後も逃走せずに孤軍奮闘ってか。勇ましいねえ。十代後半ぐらいか。海外版サムライっ娘だな」


 ジェイがニタニタと笑う。


「こいつの心は中々に折れなさそうだな」


「それが特に良いのでござるよ~」


 身をくねらせて土蜘蛛は言う。


「それを徹底的に調教するのが何ともまあ。徐々に折れていくのが最高でござる。ただ、近頃の娘っ子は容易く堕ちてしまうから少しがっかりでござるな」


「おう。そいつは同感だぜ」ジェイは肩を竦めて土蜘蛛を見やる。


「意外と女の趣味は合いそうだな。デブグモ」


「ボフフ。ジェイ氏も良いご趣味をお持ちのようで」土蜘蛛は全身を揺らして笑う。「その名前も親愛の証として受け取っておくでござるよ」


「……まあ、そんな話よりも」


 その時、エリーゼがジェイを見据えて告げる。


「ジェイ。あなたもその中から花嫁候補を見繕っておきなさい」


「え? 嫌っすよ」


 ジェイは姉貴分に渋面を見せた。


「俺の花嫁は桜華ちゃんと刀歌ちゃんだって決めてるんすから」


「……まだそれを言っていますの?」


 呆れたように、エリーゼが溜息をついた。


「久遠桜華はとてもあなたの手に負えるような女ではありませんわ。そもそも、あの女はわたくしが殺しますから」


「それなら刀歌ちゃん一択っすね」


 と、ジェイは言う。


「俺の花嫁(ブライド)なんだ。こればかりは意地を通させてもらいますよ。姐さん」


「……あなたは」


 エリーゼは眉をしかめつつ、再び溜息をついた。

 この弟分は軽薄な性格ではあるが、意外と頑固な一面もある。

 エリーゼの主人はジェイのそんな気質が気に入って彼を眷属にしていた。従って、これ以上無理強いするのはあまり好ましくない。


「……まったく。仕方がありませんわね」


 と、エリーゼが妥協する。ジェイは「あざす」と頭を下げていた。

 そうこうしている内に、リムジンは進む。

 大きな倉庫が並ぶ景観に移り、停泊する幾つかのコンテナ船も見えて来た。

 そうしてリムジンはとある倉庫の近くで停車する。

 車のドアが自動で開かれ、エリーゼたちはリムジンから降りた。


「……どういうことかしら?」


 すると、エリーゼが訝し気に眉根を寄せた。


「運搬は人間に任せたと聞いていたけど、出迎えにも来ないなんて」


 名付き我霊(ネームドエゴス)の総数は決して多くはない。

 そのため、エリーゼたちは雑用にはよく人間を利用していた。引導師でもないただの人間たちをだ。今回も人間の組織に依頼して荷を運搬させていた。

 裏稼業の人間たちではあるが、彼らは支払った報酬分はしっかりと仕事をこなす。依頼主が来たというのに案内役も兼ねた出迎えがないのは不自然だった。


「……ムム。エリーゼたん」


 その時、土蜘蛛が口を開いた。


「血の匂いがするでござるな。それとこれは硝煙ですかな。倉庫内からでござる」


「へえ~、鼻がいいな。デブグモ」


 と、ジェイが感心するように言う。

 一方、エリーゼは表情を険しくした。


「血と硝煙の匂いですか……。申し訳ありません。土蜘蛛さま。どうやら何かしらのトラブルがあったようです」


 一拍おいて、


「我々が状況を確認してまいりますので、土蜘蛛さまはどうかリムジン内でお待ちください。ジェイ。行きますわよ」


「へ~い」


 倉庫内に向かうエリーゼに倣い、頭に両手を乗せたジェイも続く。


「ああ。待つでござるよ。エリーゼたん。ジェイ氏」


 が、そんな二人を土蜘蛛が止めた。

 二人が振り返ると、土蜘蛛は大きな腹を抑えてボフフと笑い、


「折角の面白そうなイベントでござる」


 そう嘯いて、五百年の時を生きた怪物は、初めてその本性を剥き出しにしたような不吉極まる笑みを見せた。そしてこう告げる。


「ここは拙者に任せてくれぬでござるか」









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