第二章 覚悟の在り様➂
しばらくして、エルナたちは天雅楼本殿内の訓練道場に到着した。
そこには茜の言った通り、すでに先客たちがいた。
全員が訓練のために集まっているからか、この場にいる人間たちはエルナや茜と同様にアスリートウェアを着ていた。
まずは一人目。
茜そっくりな容姿を持ち、髪と瞳の色だけが青い、茜の双子の妹である葵だ。
勝気な茜と違って穏やかな性格のため、同じ顔立ちでもおっとりとした印象がある。
今はちょこんと正座していた。
二人目も少女だ。
年齢は十二歳。勝気な眼差しに、毛先に行くほどオレンジ色になる赤髪を持つ少女だ。
流石にスタイルこそまだまだ子供らしいが、圧倒的な美貌を持つ少女――肆妃『星姫』・火緋神燦だった。腰にはベルトを嵌め、ライオンのキーホルダーをつけている。
燦は待ちくたびれたように両足を伸ばしていた。
「あ、エルナ! おっそい!」
と、エルナたちが来たことに気付き、燦が憤懣の声を上げた。
「あ、おはよォ。エルナちゃん」
そう告げるのは三人目の人物だ。
年齢は二十歳ほど。ふわりとした長い栗色の髪に、エルナさえも凌ぐ完成された抜群のプロポーション。片耳には銀色のイヤリングをつけている。
大きく常に優し気な眼差しが印象的な女性――伍妃の芽衣だった。
板張りの床に両膝をつき、腰を軽く上げて立つ彼女の前には四人目の人物がいた。
年齢は燦と同じく十二歳。
ふわりとした淡い金髪に、澄んだ湖のような蒼い瞳。彼女は日本人の父と欧米人の母を持つハーフなのだが、美貌ともに母譲りの血なのか、そのスタイルはかなり年齢離れしている。四歳ほど年上に見られることも多かった。
白いチョーカーを首に付けた美しい少女――肆妃『月姫』・蓬莱月子である。
「……おはようございます。エルナさん」
月子は微笑んで挨拶をする。
エルナは少しホッとした。
(……よかった。もう大丈夫そうね。月子ちゃん……)
過酷すぎる真実に打ちのめされた月子だったが、今は顔色が良い。
どうやら危うかった心も安定したようだ。
(まあ、だからこそかなたも席を外してるんだろうけど)
弐妃であるかなたは特別に月子を気にかけていた。
それこそ姉妹であるかのようにだ。
月子がもう大丈夫だと思ったからこそ刀歌の付き添いに行ったのだろう。
「おはよう。みんな」
エルナは笑う。
それから周囲を見やる。
ここには葵、燦、芽衣、月子以外にも集まっている者がいた。
宙に浮かぶ鬼火たちだ。その数は三つ。
鬼火状態では分かりにくいが、狼覇、赫獅子、白狐の鬼火だった。
肆妃たちと伍妃の専属従霊である。なお、エルナも今はブレスレットを身に着けており、そこから鬼火が抜け出した。壱妃の専属従霊である九龍の鬼火だ。
ちなみに準妃隊員である葵と茜にはまだ専属従霊はいない。現在選定中だった。
そして、ここにはもう一体、従霊がいた。
十二歳ほどの少女の姿である。
彼女だけは実体化していた。
その顔立ちは美麗であり、眼差しは赤い。腰まである真っ白な髪を持ち、頭部からは兎のような耳が垂れている。身に纏うのは白い和装だった。首には黄金の懐中時計を掛けていた。
エルナにとっては初めて出会う従霊だった。
「……あなたが」
エルナが従霊の少女に声を掛ける。
「五将筆頭の時雫なのね」
『……はい』
従霊の少女――時雫は恭しくエルナに頭を下げた。
『お初にお目にかかります。従霊五将が筆頭。時雫と申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。壱妃・エルナさま』
「いえ。気にしないで。凄くバタバタしてたし、私も挨拶が遅れたわ」
エルナは穏やかに笑う。
「私は妃の長。壱妃のエルナ=フォスターよ。よろしくね。時雫」
『はい。エルナさま』
壱妃と五将筆頭は改めて挨拶をした。
「けど、あなたが実体化してるってことは……」
エルナは月子の方を見やる。
月子は少し緊張した様子で正座していた。
「これから月子ちゃんの時間操作の異能の訓練をするつもりなのね」
「……はい」
それに対しては月子がエルナを見て頷いた。
「私から頼んだんです。私は――」
月子は膝の上で、ギュッと拳を固めた。
「もっと強くならないといけないから」
「……そう」
エルナは少し瞳を細めた。そこでふと芽衣の方に視線を向けて、
「けど、芽衣さんがこの時間に訓練って珍しいですね」
「ああ~、うん。そだねェ」
芽衣は二パッと笑った。
「ウチは元々月子ちゃんの傍にいて欲しいってシィくんに頼まれてたのォ。月子ちゃんはもう大丈夫そうだけど、ウチは空間操作系の引導師だし、時間操作系術式の訓練なら何かの役に立てるかなって思ってェ」
と、芽衣が言う。
エルナは『なるほど』と思った。
空間操作系と時間操作系は類似した術式と言われている。
逆に芽衣にとっても時間操作系の訓練は参考になる可能性もあった。
「改めて思うと、最強って言われる時間操作系の術式か。結構興味が湧くわね」
エルナは頬に指先を当てて呟く。
「だから早く来いって連絡したのにエルナ全然来ないし」
ぷっくうっと頬を膨らませる燦。
燦にしてみればお預けを喰らっていた状況だった。
「ごめんって」
エルナは苦笑を浮かべて、ポンと燦の頭に手を乗せた。
それからこの場にいる全員を順に見やり、
「みんな待たせてごめんね。それじゃあ月子ちゃん。訓練を始めてくれる?」
「あ、はい」
月子は頷いた。次いで時雫の方に目をやって、
「時雫。お願いできますか?」
『はい』
月子と視線を合わせて時雫は首肯した。
『真刃さまからも月子さまに術式の指導をするよう命じられております。ではまず』
そこで一呼吸おいて。
『月子さま。いえ。あえて月子と呼ぶの』
時雫は自身の胸に手を当てて言う。
『今の私はあなたの師だから。そして先に言っておくの。私は訓練では少し厳しいから』
――と。




