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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第12部

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第一章 同盟交渉①

 朝。

 真刃は天雅楼本殿の廊下を歩いていた。

 服は白いシャツに灰色の胴衣(ベスト)紳士服(スーツ)姿。帽子や上着は着ていないが、真刃の仕事着だ。前髪も上げて仕事に備えている。


 これから朝の定例会議だった。

 昨夜から一睡もしていないのだが、真刃の足取りに疲労感はない。

 むしろ、それどころか充溢するほどの覇気があった。

 だが、そのことに不満がある者もいた。

 ボボボッ、と。

 歩く真刃の隣で鬼火が現れる。

 それは即場に骨翼を持つ半透明の猿の姿に変わった。

 従霊たちの長。猿忌である。


『……まったく』


 猿忌は呆れたように嘆息した。


『主はいかなるつもりなのだ?』


 そう尋ねる。


「……何の話だ?」


 真刃は足を止めて猿忌に視線を向けた。

 対し、猿忌はかぶりを振りつつ、


『紫子のことだ』


「…………」


 真刃は無言で猿忌を見据える。


『驚くべき事態だ。そしてまさに吉報。奇跡とも言える。主としても胸の裡に抑えきれぬ想いもあろう。だというのに』


 一拍おいて、猿忌は言う。


『一夜を共にしてどうして愛してやらぬのだ。エルナも承諾していたという話ではないか』


「紫子の意志だ」


 真刃は端的に即答する。


「エルナのことを気遣ってだ。実に紫子らしいではないか」


『それは我も感じておる。あれが本物の紫子であることもな。だが、結局のところ、昨夜、彼女を愛するかは主の決意一つだった。いかにエルナを気遣っていようと主が本気で求めれば紫子は拒絶などせぬ。そこは主の想いのままに動いても良かったろうに』


「……五月蠅い」


 真刃は嘆息しつつ、小さな声でそう返した。

 実のところ、昨夜は相当に危うかったのだ。我ながら鉄の理性だったと思っている。

 真刃はおもむろに右手を上げて、その掌を見つめた。


(………紫子)


 双眸を細める。

 現在、エルナの姿をした紫子は真刃の部屋で眠っていた。

 一晩中、真刃と語り明かしたのだ。


 今日まで何があったのか。

 紫子とエルナの状態は何なのか。

 知りたいこと。知るべきことは幾らでもあった。

 何より、詫びたかったこと、伝えたかったことに至っては限りがない。


 そんな中、時折、紫子の頬に触れる。

 彼女を膝の上にも乗せた。強く抱きしめる。

 全身を通して彼女の鼓動を感じた。

 理性を総動員しても想いが溢れてしまいそうだった。

 けれど、それ以上のことは必死に堪える。

 紫子は大切な女性だ。

 だが、同じほどにエルナも大切なのだ。

 二人とも大切だからこそ、ここで衝動に身を任せる訳にはいかなかった。

 そうして一晩が経ち、紫子は眠りについた。

 出掛ける前、彼女は真刃のベッドの上で寝息を立てていた。本人曰く、しばらくは目覚めないそうだ。エルナの方は純粋に眠っているだけらしい。

 起こしては可哀そうなので、エルナはそのまま寝かしておくことにした。


「……紫子のことは」


 真刃は口を開く。


「喜ばしいことだ。この想いがどれほどか。(オレ)の想いが分からぬお前ではあるまい」


『……無論だ』


 猿忌が静かに頷く。


『だからこそ言っておるのだ。紫子もエルナも主を愛しているのだぞ。ならば、主が愛で応えるのに何の問題があるというのだ』


「エルナはまだ幼い」


 真刃は何度も言った言葉を告げる。


「それに(オレ)も最近まで知らなかったのだが、娘が十六で嫁げるというのはいささか古い情報なのだろう? 現在は婚姻も、成人と認められるのも十八からだと聞いたぞ」


『……主は』少し呆れたように猿忌は言う。『人擬きであると自嘲するというのに、人の法には常に拘っているな』


「人擬きだからこそだ」


 真刃はぶっきらぼうにそう答える。


「人擬きが人の中で生きるのならば、せめて人の法には従うべきだからな」


『……………』


 真刃の言葉に、猿忌は無言で嘆息した。

 数秒の沈黙。

 そして、


『……承知した。要約するならばエルナが成人するまでは抱くつもりはないということか。かなたたちにしても同様だな。それもよかろう。なにせ、今の主が激情のまま抱けば、エルナにしろ紫子にしろ抱き潰してしまうことは確実のようだしな』


「……五月蠅い。お前はいつも一言多い。しかも今日は下世話だ」


 真刃は深々と溜息をついた。


「ともあれだ。まず危惧すべきことがあろう。そもそも今のエルナと紫子の状態がどういうモノなのか。その詳細をあの男――あいつ(・・・)に問い質さねばならん」


『……悪魔(デビル)か』


 表情を改めて、猿忌が神妙な声を零した。

 真刃は無言だ。

 昨夜、紫子から聞いた情報は驚愕するばかりのモノだった。

 特にこの状況を作り上げたという黒幕について。


 ――そう。悪魔(デビル)のことだ。

 真刃の前に時折現れる、梟の仮面で顔を隠した黒衣の男。

 意味深な予言ばかりを残しては振り回していく不気味な男だ。

 ただ、不気味ではあるが、従霊五将の回収を始め、これまであの男が真刃に敵対するような真似をしたことはなかった。


 一切正体が分からなかった謎の存在。

 だが、紫子曰く、その正体は――。


(……阿呆(あほう)が)


 真刃は静かに歯を軋ませた。拳も強く固める。


(あのお人好しめ。お前がそこまでする必要もなかろうに)


 胸の奥が強く痛む。

 記憶の中の()の姿が黒衣の男と重なった。

 あいつ(・・・)はどこまでも誰かのために生きる男だった。

 その末路が……。


「……いずれにせよだ」


 大きく息を吐いて真刃は呟く。


「あいつを捜索せねばならんようだ。それも含めて――」


『……ああ』


 猿忌が首肯した。

 真刃も頷き、こう告げる。


「今からの定例会議。今後の方針を決める重大なモノになるな」









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