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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第11部

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第八章 刻の兎②

『いつもすまないな。月子』


 父・天晴(あまはる)はいつもそう告げて月子の頭を撫でてくれた。

 どれほど忙しくても、父が月子を邪険にしたことはない。

 いつも笑顔を見せてくれた。


『月子は甘えん坊ね』


 母・アメリアはよく月子を抱きかかえてくれた。

 大きな胸で、ぎゅうっと抱きしめてくれる。

 月子は母の匂いが大好きだった。


 大切な思い出はいくつもある。

 けれど、月子が両親を最も鮮明に思い出すのはあの日だった。


 激流に呑み込まれていく船内。

 遠くからは爆発音。

 船体そのものが断末魔のような軋みを上げる。

 響く絶叫。泣き声。怒声。

 そして、


『――月子! 逃げろ!』


 最後となった父の声。

 事故だと思っていた。

 だから、誰も恨まずにいようと考えていた。

 自分の不幸を誰かのせいにしないようにしていた。

 だというのに――。



『豪華客船・プリンセス=ルシール号。それを沈めたのはUだよ』



 あの女の言葉が、脳裏に反芻される。

 すべては仕組まれたことだった。

 それも恨みや憎しみなどが動機ではない。


 ただただ自分のため。

 自分が『鑑賞』したいがため。

 それこそ映画でも観るかのように。


 そんなことのために両親は殺された。

 多くの人が殺された。


 あの女は、恍惚として両親の最期を語った。

 父が自分の頭を撫でてくれることは二度とない。

 母が自分を抱きしめてくれることは二度とない。


 全部。

 全部。

 全部、あの女のせいだった。


 自分が一人になったことも。

 父と母が海に呑まれて死んでしまったことも。

 全部、あの女が仕組んだことだった。

 



「…………」


 海の底。

 船の残骸が沈んだ場所。

 深い海底にて、月子はうずくまっていた。

 白いドレス姿の、九歳の頃の月子。

 姿も衣服もあの日と同じだった。


 幼い月子は何も喋る様子もない。

 膝を抱えて、ただただ肩を震わせていた。

 その時、海底でありながら声が聞こえてくる。

 船の残骸から聞こえる怨嗟の声だった。


 苦痛。悲鳴。憤怒。

 あらゆる負の叫びが残骸から放たれている。


 それは徐々に黒い影と成り、月子の周囲を漂い始めた。

 黒い影たちは怨嗟の声を上げ続けているが、それは月子に対してではなかった。

 自分たちを殺した者に対してだった。


 そんな中、足音がする。

 海底では不思議なことだが、その足音は怨嗟の声同様にはっきりと聞こえる。


「…………」


 幼い月子がゆっくりと顔を上げた。

 その足音の主は月子だった。

 同じドレスを着た十二歳の月子だった。

 しかし、近づくにつれてその姿は変わっていく。

 一歩ごとに成長しているのだ。

 膝を抱える月子の前で止まった時、彼女は二十歳ほどの女性に変わっていた。


 母であるアメリアによく似た女性。

 成長した月子の姿だった。


 彼女は、無言でうずくまる幼い月子に手を差し伸べた。

 幼い月子は、静かに成長した自分を見つめていた。


「……行きましょう」


 成長した自分が告げる。

 幼い月子は頷いた。

 自分自身の手を取った。

 そうして――……。




「……………」


 目が覚める。

 天井が見えた。

 まだ慣れていないが、天雅楼本殿の自分の部屋の天井だった。

 月子が、むくりと上半身を起こす。

 普段以上の重さに、視線を下ろす。誰かが着替えさせてくれたのか白装束の和装だった。いつもよりも視界を大きく遮る胸元が目に入る。

 他にも腕や足にも違和感を覚える。


 すぐに気付いた。

 再び自身が二十歳ほどまでに成長していることに。

 まさに夢の中の姿だった。


 そしてもう一つ。自分の手が誰かに握られていることにも気付いた。

 横を見やると、そこには燦がいた。

 親友は見たこともない無表情で、ずっと月子の手を握っていた。


「……燦ちゃん」


 月子は悲しげに微笑んだ。

 他にも茜と葵、義父である山岡の姿もある。

 ただ、誰も動く気配がない。

 姿の変わった月子に気付くこともなく、完全に停止していた。


(……時間停止)


 すぐにそれが異能のせいだと気付いた。

 恐らくは自分の異能である。

 すると、


『――月子さま』


 不意に喉元から声を掛けられる。

 狼覇の声だった。


『……その御姿。この状況はやはり……』


 専属従霊として月子のチョーカーにずっと憑依していた狼覇は、月子の異能の覚醒に巻き込まれたようだった。


「狼覇さん……」


 月子は燦の手を優しく離して、ベッドから立ち上がった。


「私の独界(オリジン)が目覚めたみたいです」


『それは喜ばしきことです。ですが』


 狼覇は言う。


『どうか今はお休みくだされ。今の月子さまの心労は計り知れませぬ』


「ありがとう。けど、今は少し考え事をしたいの」


 月子はそう告げて、部屋の襖を開けた。

 縁側の廊下には、月明かりが差し込んでいた。

 そして、


「ごめんなさい」


 一拍おいて、


「けれど、今は少しだけ散策に付き合って」


 月子はそう告げるのであった。






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