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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第11部

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第六章 その者の名は――。③

 千年我霊(エゴスミレニア)の怪異名。

 それには様々なモノがある。


 第壱番は、黄泉の国の女王にして、国造りの女神。

 第参番は、九尾狐としても知られる、傾国の妖姫。

 第陸番は、日本霊異記に記された、巨大なる髑髏の怪異。後世にて著名な作家により、「がしゃどくろ」なる創作の怪異が広められ、その名と誤認されるという奇妙な経緯を持つ。


 そして、第漆番は、それらにも劣らないほどに有名な怪異だった。


 その怪異名自体は知らない者も多いかも知れない。

 だが、その存在は誰もが知っている。

 恐らく、日本人ならばほとんどの者がだ。

 何故なら、その怪異――鬼と英傑が対峙する物語は、日本で最も有名なお伽噺の原型とも伝えられているからである。

 そのお伽噺の名は『桃太郎』。

 すなわち、『()()』とは『桃太郎』に登場する鬼の名前なのである。




「……ふふ」


 ぐしゃり、と。

 ()は両手で作った『桃』のマークを握り潰した。


「――なんでッ!?」


 一方、赫獅子の肩の上にて。

 燦が、愕然とした声を上げた。


「なんで第漆番!? 敵のボスって餓者髑髏じゃなかったの!?」


「……うそ。これってまさか二体の千年我霊(エゴスミレニア)の襲来が重なったの……?」


 狼覇の背に乗る月子も、唖然とした様子で呟く。

 千年我霊(エゴスミレニア)とは伝承級の存在だ。

 だからこそ、二体以上と同時に遭遇することはないと思い込んでいた。

 そもそも、我霊(エゴス)には強い縄張り意識の本能があるのだ。そのために千年我霊(エゴスミレニア)同士も互いに不干渉の縄張りを持っていると引導師(ボーダー)の間では考えられていた。


(それでもここで現れるってことは……)


 月子は神妙な顔で怨羅を見据えた。


「もしかして、この街ってあなたの縄張りなの? 実は餓者髑髏の方があなたの縄張りに割り込んできているの?」


 そんな可能性も考えるが、


「いやいや。縄張りって何さ。獣じゃあるまいし。違うよ。愛娘ちゃん」


 怨羅はパタパタと手を振って否定した。


「Uたち(・・)はね。髑髏さんにお招きしてもらってここにいるんだよ」


「……え?」


 月子はパチパチと目を瞬かせた。

 燦も意味が分からず、キョトンとしている。


「え? それ、どういう意味?」


 素直な性格だけに、燦は率直に尋ねた。

 対し、Uは「む~ん」と腕を組んで唸り、


「そもそも、縄張りなんか意識している名付き我霊(ネームドエゴス)なんてほとんどいないよ。それは獣の百年だけの習性だし。それより気になるんだけど、もしかしてUたち七人って引導師(ボーダー)たちの間だと仲が悪いとか思われてたりするの?」 


 そう尋ねた。

 そして、


「もし誤解しているのなら言っとくけど、Uたちって基本的に仲は良いよ。まあ、大君さんと祭神さまは仲が悪そうに見えるけど、ガチで衝突することは滅多にないし。やっぱり、この国でたった七人しかいない同胞なんだよ。普通にグルチャとかもしてるよ」


「「………は?」」


 その台詞には、燦も月子も目を丸くした。

 怨羅はさらに言葉を続ける。


「そんで、Uたち全員に髑髏さんからお誘いがあったの。大きなイベントを計画しているから皆も参加してみないかって」


 燦と月子は絶句した。

 それは実に分かりやすい説明だった。

 そして、考えられる中でも最悪の内容でもあった。


『……莫迦、な』


 言葉も発せない燦たちに代わり、狼覇が呟く。


『では、まさか、七つの邪悪がすべてこの地にいるということなのか……』


「ううん。残念ながらそれは無理だったよ」


 かぶりを振りながら、肩を竦めて怨羅が答える。


「どうにも野郎たちは友情に薄情でね。まあ、女性陣の方は揃ったんだけど」


 そこで指を三本立てる。


「Uと髑髏さん。そしてもう一人。参加するのは三人だけだよ」


 一拍おいて、


「だから、祭神さまは今回のイベントを『三千(さんぜん)神楽(かぐら)』と命名したの」


「……先程から」


 その時、未だ状況を掴めない耀が会話に介入する。


「あなたたちは何の話をしているのです? 燦、月子。どういうことですか?」


 怨羅から視線は外さないまま、耀が燦たちに問いかける。

 燦も月子も思わず言葉を詰まらせる。と、


「まあ、綺羅綺羅くん。そこら辺は後で聞きなよ。それよりも」


 怨羅が話を本題へと変えた。

 月子を指差して、


「愛娘ちゃん! Uは君に会いに来たんだよ!」


 笑顔と共にそう告げた。

 月子は「え?」と困惑する。燦、そして狼覇と赫獅子もだ。

 ただ、耀だけは明らかに顔色を変えていた。


『どういうことであるか』


 六角棍を向けて、赫獅子が問い質す。


『何故、貴様が月子姫に会いに来る?』


「あれ? だって愛娘ちゃんもUに会いたかったんじゃないの?」


 怨羅が小首を傾げて言う。


「……私が?」


 月子はますます困惑した。

 と、その時だった。


「燦! 月子!」


 突然、耀が声を張り上げた。


「今すぐ逃げなさい! 耳を貸してはいけない!」


 そう告げると同時に迦楼羅が怨羅に襲い掛かる――が、


「ああ。なるほどね」


 天空から降り注ぐ白雷の嵐に炎の鳳は撃ち抜かれた。

 怨羅はクスクスと笑う。


「優しいね。綺羅綺羅くん。愛娘ちゃんにあの日のことは教えてないんだ」


「黙りなさいッ!」


 耀は叫び、再び迦楼羅を召喚した。

 しかし、羽ばたく前に白雷で撃ち砕かれた。

 耀は舌打ちする。


「そこの式神たち!」


 耀は、赫獅子と狼覇に告げる。


「早く二人を連れて逃げなさいッ!」


「ま、待って!」


 だが、それに対して月子が叫んだ。


「私が何か関係するんですか!」


 耀に向かってそう叫ぶと、彼は「……ぐ」と沈痛な眼差しを見せた。

 月子も、異母妹の燦さえも初めて見るような表情だった。


「……よ、耀お兄さま?」


 直感で嫌な空気を感じ取った燦が、不安げな声を零す。


「ふふ、ねえ、愛娘ちゃん」


 その時、怨羅が微笑んだ。


「愛娘ちゃんは、もうUたちの本質。在り様って知ってるんだよね?」


「そ、それは……」


 狼覇の背中を強く掴みながら、月子は言葉を詰まらせる。


「Uたちは自分のために悲劇を撒き散らす。ねえ、愛娘ちゃん。あなたにとって最大の悲劇って何かな?」


「わ、私の、悲劇?」


「――月子!」


 迦楼羅が再び舞う!


「耳を貸すんじゃない! そいつは悪魔です!」


 天からの白雷を回避しつつ、火の粉を散らして怨羅へと飛翔するが、


「君の優しいところは嫌いじゃないけど」


 怨羅は片手を向けた。


「今は邪魔だよ。綺羅綺羅くん」


 掌から暴風を放った。

 荒れ狂う風が迦楼羅を呑み込み、再び霧散させた。

 その上、風は耀までを捉えて吹き飛ばす!


「耀お兄さま!」


『ぬう! いかん!』


 赫獅子が跳躍した。

 六角棍を手離し、空いた腕で耀をどうにか受け止める。

 それでも衝撃は大きく、耀は「ぐうッ!」と呻いた。

 燦と耀の火緋神兄妹を両腕に抱えて、赫獅子はズズンッと着地する。


「ふふ、これでようやく落ち着いて話せるね」


 腰に片手を当てて、怨羅は言う。

 その眼差しは月子に向けられていた。

 対し、月子は真っ直ぐ怨羅を見据えていた。


『……月子さま』


 狼覇が背中の月子に声を掛ける。


『ここは撤退しますぞ』


「……待って。狼覇さん」


 月子が答える。

 怨羅から決して目を離さず、


「……私、あの人の話を聞きたいです」


 そう告げた。

 怨羅は「……そう」と笑みを深める。


「けど、Uたちの在り方をすでに知っているのなら、別に詳しく経緯を話すことも必要ないんだよね。たぶん、事情の説明はこの名前だけで充分だよ」


 そして怨羅は告げる。

 月子にとって、大きな運命の分岐点だったその名前を。


「豪華客船・プリンセス=ルシール号。もちろん、君は憶えているよね?」


 ――そう。

 月子にとって、悪夢そのものであるその名前を。







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