幕間一 刃の真意
その日。
やや太陽が沈み始めた時間帯。
蒼髪の青年――扇蒼火は古びた館の中を進んでいた。
同行者もいる。蒼火と同じ近衛隊の隊服を着た青年二人だ。
共に二十代半ば。一人はかなりの長身で、もう一人は筋肉質な青年たちだ。
その隊服が示す通り、近衛隊の隊員である。
長身の青年の名は島津。もう一人を高崎と言った。
蒼火も含めて三人は特務隊と呼ばれていた。
王の《隷属誓文》が刻まれた霊具の捜索。そして破壊の特命を受けたメンバーだ。
他にも特務隊のメンバーはいる。捜索候補の場所が多いため、彼らは三人と二人に別れてチームを組んでいた。
「しかし、マジであったんだな。加賀見郷介の洋館」
廃墟のように物が散乱した廊下を歩きながら、高崎が言う。
「てっきり都市伝説だと思ってたぜ」
「昭和の怪人。加賀見郷介か……」
と、島津も高崎の言葉に続く。
――加賀見郷介。
昭和初期に暗躍したという引導師である。
その名が本名なのかは分からないが、彼は呪物蒐集家として有名だった。
ここで言う呪物とは、いわくつきの霊具のことだ。
それを時には金銭で。時には力尽くで奪い、蒐集していたという話だ。
嘘か真か、その中には神威霊具まであったという。
そうして晩年に自分の死期を悟った彼は、山間深くに洋館を建てて、そこに蒐集した呪物をすべて隠したと噂されていた。
しかし、その洋館がどこにあるのか。
それを突き止めることが出来る者はこれまで誰もいなかった。
――そう。いなかったはずだった。
「ホマレちゃん、スゲエな」
高崎が言う。
「まさかここを見つけ出すとはな」
「まあ、それ以外はポンコツではあるがな」
島津が苦笑を浮かべて言う。
ホマレのポンコツぶりは近衛隊でも有名だった。
「けど、俺は好きだぜ。ああいう一点突破型のポンコツ娘。しかもめっさ可愛いし」
あごに手をやって高崎は笑う。
「甘やかしまくりてえ。ポンコツぶりに拍車がかかるぐれえに。もちろんベッドの上でも。準妃じゃなきゃ口説いてたかもな」
「好みで言うのなら、俺はやはり芽衣の姐さんがいいな」
島津が語る。
「強欲都市で聞いていた噂とは大違いだ。あの優しさが溢れるような包容力。嫁さんにするなら姐さん一択だろう」
「むむ。貴様、さてはおっぱい星人か」
高崎がギロリと睨む。島津も眼光鋭く高崎を見やり、
「貴様こそチッパイ派か」
そんなことを言う。
二人は眼光をぶつけ合った。
その時。
「二人とも不敬だぞ」
今まで無言だった蒼火が口を開いた。
「準妃と正妃の違いがあっても、どちらも王の妃だ」
そう告げる。高崎と島津が肩を竦めた。
「ただの雑談だろ。固すぎんぞ。扇」
「そうだぞ。お前こそ誰が一番なんだ?」
島津がそう問うと、
「無論、奥方さまだ。あのお方こそ至高に決まっているだろう」
意外にも蒼火は即答した。
蒼火のいう奥方さまは漆妃・久遠桜華のことだ。
「そんな分かり切った話よりもだ。二人とも。いよいよ本丸のようだぞ」
続けて、蒼火はそう告げた。
高崎も島津も表情を変えた。
三人の足は止まる。そこは廊下の奥にある大きな扉の前だった。
「……ここは明らかに雰囲気が違うな」
双眸を鋭くして島津が呟く。
「コレクションルームってことか? だが、見た目通りじゃねえかも知んねえ。確か加賀見郷介は空間系引導師だったって話だよな」
と、神妙な声で高崎も告げる。
稀代の空間系引導師。
それが加賀見郷介のもう一つの顔だった。
「ここから先は別空間という可能性もある。二人とも気を引き締めるぞ」
蒼火がそう告げたその時だった。
不意に扉に亀裂が奔ったのだ。
――いや、それは斬線とも呼ぶべき断裂だった。
蒼火が目を見張る中、斬線は幾つも奔り、瞬く間に扉を分解した。
そうして破壊された扉の奥から出てきたのは――。
「大漁大漁っ!」
上機嫌な様子の背の高い男だった。
島津が百八十越えなのだが、それよりもさらに長身だ。
年の頃は二十代前半のようだ。
明るい緑色の長髪をなびかせるかのようにオールバックにしている青年だった。
左耳には十字架の装飾具。人相は陽気そうではあるが、はっきりとまでは分からない。丸いサングラスをかけているからだ。
衣服も奇妙だった。
光沢を持つライトグリーンの神父服とでも言えばいいのか。二の腕辺りが異様に膨らんでいるのも気になるが、よく見れば左腕は義手のようだ。細い銀色の鎖で形作られていた。
いずれにせよ、蒼火たちは大きく間合いを取った。
全員が身構える。
この秘匿された館に居て、この風貌。
そして先程の斬撃。
明らかに一般人ではあり得なかった。
「およ?」
そこで男はようやく蒼火たちの存在に気付いた。
「どちらさま? もしかしてトレジャーハンターかな?」
「何を言っている?」
蒼火は表情を険しくした。
「お前こそ何者だ? 何故ここにいる?」
「う~ん? オレさまかい?」
男は小首を傾げると、おもむろに宙空に生まれた虚空に手を入れた。
物質転送の術だ。そこから取り出したのは黒い水晶だった。
大きさ的には四十センチほどか。表面に文字が刻まれているのが分かる。
蒼火も、他の二人も顔色を変えた。
それは、彼らが捜していた物と完全に特徴が一致していた。
「オレさまはお使いかな。これを取りに来たんだよ」
男は言う。
蒼火は歯を軋ませた。
「貴様! それを返せ! それは我が王のモノだ!」
「……は? 王?」
男は再び小首を傾げた。
それから黒い水晶と蒼火たちを交互に見やり、
「おおっ! なるほど!」
得心したようで大きく頷いた。
「あんたら、大兄者の部下ってことか!」
あごに手をやって、うんうんと頷く。
「大兄者が生きているっていう親父殿の話はマジだったんだな」
「……大兄者だと?」
島津が眉をひそめて反芻する。
が、すぐに島津も、高崎も、そして蒼火もハッとする。
「てめえ! まさか『久遠刃衛』の一派か!」
――久遠刃衛。
警戒すべき人物としてその情報は近衛隊にも共有されていた。
そして少なくとも久遠刃衛には四人の従者がいることも。
「いや、一派って」
すると、男は軽く肩を竦めて、
「オレさまたちは家族だよ。親父殿の息子で大兄者の弟さ」
そう言って、大仰に一礼して名乗る。
「久遠家三男。久遠破刃瓢濫」
そしてニカっと笑った。
「気軽に破刃って呼んでくれよ」
「……親愛を見せるというのなら」
蒼火は手を男――破刃へと向けた。
「まずはそれを渡せ。話はそれからだ」
「ああ~、そりゃあ無理じゃんよ」
破刃は両腕で『×』を作った。
「これを持ち帰るのが親父殿の命令でさ。大兄者の頼みでも無理さ」
「……そうか」
蒼火は開いた手を拳に変えた。
島津と高崎も同じく拳に力を込める。
「久遠刃衛の人物像は聞いている。そんな輩にそれを奪わせる訳にはいかない」
蒼火はそう告げた。
「ああ~、そっか」
破刃はぺチンと額を打った。
「親父殿は鬼畜で外道だかんな。気持ちは分かるじゃんよ。けどさ」
一拍おいて、破刃は告げる。
「悪りいが、オレさまって親孝行者なんだよ」
そうして。
わずか数分後。
蒼火たちは戦闘不能に陥っていた。
蒼火と高崎は床に倒れ、島津は壁に寄りかかって気絶している。
全員死んではいない。
だが、あまりにも一方的な結果だった。
仮にも三対一だったというのにだ。
(な、なんだ、こいつは……)
辛うじてまだ意識を繋いでいた蒼火が戦慄していた。
勝負にもならないこの圧倒的な力。
これではまるで――。
「オレさまも『久遠の一振り』ってことさ」
頭上から破刃の声が聞こえてくる。
「まあ、これはオレさまが預かっておくよ。そんでさ」
水晶の霊具を手に破刃は言う。
そして、
「いずれ挨拶に行くじゃんよ」
破刃は、ニカっと笑ってこう続けた。
「だから、真刃の大兄者によろしく言っといてくれじゃんよ」
その伝言を耳に残して。
蒼火の意識は、闇の底へと沈んでいった。
「さてさて」
破刃は霊具をひょいひょいと手の上で転がしつつ、
「家族水入らず。今から会うのが楽しみじゃんよ。大兄者」
陽気な笑みを見せて、破刃は立ち去っていくのであった。
久遠の五刃の第三刃。
その銘は『久遠破刃瓢濫』。
その真意は誰にも分からない。




