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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第11部

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第三章 お妃さまたちのお稽古2(後編)➂

「………え?」


 月子は顔を上げた。

 今の声は後ろから聞こえた。

 振り返ってみるが、そこには誰もいない。


「……気のせい?」


 小首を傾げて月子がそう呟くと、


「ここ。ここ」


 再び声を掛けられた。

 そしてひょいっと。

 六炉が横から覗き込むように顔を出した。


「―――え」


 月子は少しギョッとした。

 なにせ、何もない空間から、いきなり六炉の頭だけが現れたからだ。


「え? 六炉さん? 消えて?」


「ん。光を曲げているの」


 と、完全に全身を現した六炉が告げる。

 どうやら微細な氷の粒を操り、光の屈折率を変えて潜んでいたようだ。

 現れた六炉は月子と同じアスリートウェアを着ていた。

 いつもは奇抜な衣装なので、こう見ていると新鮮な姿だった。

 それはともあれ、六炉は月子の隣に座って膝を抱えた。


「どうして姿を隠して?」


 月子が六炉の横顔を見て尋ねる。と、


「……ん」


 六炉は遠い目をした。


「杠葉から逃げて来た」


 と、率直に言う。


「あの人、おかしい。色々とおかしい」


 プルプルと小刻みに震えながら六炉が呟く。

 月子は顔を引きつらせた。

 どうやら杠葉のスパルタに耐え切れず逃走して来たようだ。

 妃たちの中で実力NO3の六炉がだ。


「……ん。ともかく」


 気持ちを切り替えて六炉は月子を見やる。


「月子はどうしたの? 落ち込んでいるみたい」


 と、尋ねてくる。

 落ち込んでいる月子を心配して声を掛けてくれたらしい。


「えっと……」


 月子は少し躊躇うが、


「……実は」


 と、自分の心情を吐露し始めた。

 六炉は静かにその話に耳を傾けていた。


「私にはみんなと違って系譜術(クリフォト)はありません。これ以上、強くなれないんです」


 膝を抱えて月子は視線を伏せた。

 数秒の沈黙。

 すると、六炉は首を傾げてこう告げた。


「月子。もしかして勘違いしている?」


「……え」


 月子は顔を上げて六炉を見た。


系譜術(クリフォト)ならムロも持ってない」


 そんなことを六炉は告げた。

 月子は「え?」とキョトンとした顔を見せる。


「もっと言えば、今の天堂院家はムロを含めて直系が八人いるんだけど、誰も系譜術(クリフォト)は継承していなかった」


 そう続ける六炉に、月子は目を瞬かせた。


「それってどういうことですか?」


 驚きつつ月子が問うと、六炉は「……ん」とあごに指先を当てて、


「みんな、独自の異能……天堂院家で名付けた独界(オリジン)を使うの。ムロと(はっ)ちゃんはカカ上さまが同じらしいからほぼ同じ属性だけど、他のみんなはそれぞれ違う」


「え? じゃあ天堂院家って系譜術(クリフォト)の継承者がいないんですか?」


 月子の質問に、六炉は「ん」と首肯する。

 月子は「ええ?」とますます驚いた。


「それって天堂院家としてはいいんですか? 継承者がいないって……」


 天堂院家は火緋神家にも並ぶ大家だ。その次代の本家直系に系譜術(クリフォト)を継ぐ者が一人もいないというのは他家ならば大問題である。

 けれど、六炉は、


「テテ上さまは気にしていない感じ。それよりも千年我霊(エゴスミレニア)の討伐の方に執着しているみたい」


 父のことを思い出しながらそう答える。

 天堂院九紗の千年我霊に対する妄執は尋常ではない。

 その根源がいったい何なのかは娘の六炉も知らなかった。


系譜術(クリフォト)の継承者は分家の人の中にはいるから気にしていないのかも。ともかく」


 一拍おいて、六炉は本題を告げる。


「別に系譜術(クリフォト)を持っていなくても強くはなれる。月子は自分の独界(オリジン)を見つければいい。そしたらきっと象徴(シンボル)にも至れる」


「……私の象徴(シンボル)


 月子は茫然と反芻する。


「それって燦ちゃんみたいに私がですか?」


「ん」六炉は頷いた。


「燦の場合は系譜術(クリフォト)独界(オリジン)が一致していたから発現したんだと思う。杠葉や桜華もそう。代々受け継ぐ力と同じ魂の根源を持っていてもおかしくないから」


 六炉は人差し指を立ててさらに補足する。


「燦やムロは直感で。杠葉と桜華は百年間の気の遠くなるような修行と、もの凄い数の実戦経験で真理を得て到達したっぽい」


 なむ~と胡坐をかいて手を合わせる六炉。


「だったら私は……私には燦ちゃんみたいな直感力はないから……」


 月子が眉根を寄せると、六炉は「う~ん……」と考え込んで、


「月子はもっと我儘になっていいと思う」


「――え?」


 かつて真刃にも指摘されたことに月子は目を見張る。


「魂は心に強く繋がっているから」


 六炉は言葉を続ける。


「あるがままに感情を爆発させるの。そしたら魂が震える」


「魂が……震える……」


「うん。そう」


 自分の豊かな胸元に片手を添えて、六炉は頷く。


「漫画とかだとよく怒りや哀しみなんかで覚醒する。あれは正しい表現だと思う。心がより強い力を求めて魂に訴えかけているの。だから」


 そこで六炉は立ち上がった。


「月子にも可能性はあるから。意識してみて。それじゃあムロはそろそろ行く」


 あまり長居をし続けると杠葉に見つかってしまう。


「頑張って。月子」


 そう告げて、六炉は再び姿を消した。

 まだ近くにいるのかも知れないが、どこにいるかは分からなかった。


「……感情の爆発。私の象徴(シンボル)……」


 月子は静かに反芻した。


『……月子さま』


 その時、傍聴に徹していた狼覇が言う。


『六炉さまのお話には一理あるかと、それがしも思います』


「……うん」


 狼覇の言葉に頷く月子。

 しかし、すぐに眉根を寄せた。


「けど、感情の爆発って難しいよ……」


 どうも自分は感情を抑え込む癖がある。

 両親が健在だった頃からの癖だ。

 忙しい両親に対して、つい自分を抑え込んでいた。

 火緋神家に引き取られてからは、さらにその傾向は強くなっていた。

 真刃と出会ってからは少し改善したが、流石に象徴(シンボル)の覚醒に至るにはまだまだ抑え込んでいるような気がする。


「どうすればいいんだろう……」


 六炉は一つの道筋を教えてくれたが、これはこれで困難な道だった。


『今は修練に集中されて、心の片隅に留めておく程度がよろしいかと』


 と、狼覇が助言してくれる。

 月子は「うん」と頷いた。


「そうだね。まだ強くなれるかもって分かっただけでも充分だね」


 前向きにそう考えて、月子は立ち上がった。


 だが、月子はまだ知らない。

 今回の決戦において。

 まさに魂を揺さぶるような事態が待ち構えていることに。

 感情を爆発させるに相応しい相手が這い寄ろうとしていることに。

 今はまだ知る由もなかった。




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