零妃/逢魔が時代④
(……嫌な夢だわ)
朝。杠葉は不快な気分で目が覚めた。
ゆっくりと上半身を起こす。
そこはフォスター邸に設けてもらった杠葉の私室。
妃たちの中で唯一の和室だ。
寝間着は和装。寝具もベッドではなく敷布団である。
彼女的にはこちらの方が落ち着くのだ。
だがしかし、今朝ばかりは最悪の気分だった。
(どうして今更あの時の夢を……)
原因としてはやはり第陸番か。
真刃に宣戦布告してきたという千年我霊。
その繋がりで同じ千年我霊のことを思い出したのかもしれない。
(やれやれね)
杠葉は立ち上がり、するりと帯を外した。
妃の各部屋には、小さいがシャワールームもある。
和室であっても、杠葉の私室も例外ではない。
嫌な汗もかいたため、洗い流したい気分になった。
シャワールームに入って和装をその場で脱ぐと、冷水を浴びる。
(……千年我霊)
火緋神家が把握している千年我霊は四体。
その内で確定しているのは二体。第参番と、第陸番だ。
他の二体は遭遇したが、あくまで千年我霊と思しき存在という判断だった。
一体は火緋神家の本家筋の若き引導師が持ち帰った情報。
豪華客船プリンセス=ルシール号を沈めた名付き我霊である。
千年我霊と遭遇した場合の死亡率は恐ろしく高いが、そもそも奴らは気に入った相手にしか名乗らない。情報が少ないこともそれが一因していた。
客船を襲撃した名付き我霊も名乗ることはなかったため、会話のやり取りから、千年我霊の可能性があるというのが火緋神家の見解だった。
そしてもう一体。
――そう。あの絶世の美女のような白い我霊だ。
あの我霊も名乗らなかったが、杠葉は確信している。
第参番とのやり取りからして一目瞭然だった。
何よりもあの美貌だ。
七体いると言われる千年我霊。
その内の二体には女性の怪異名が付けられていた。
一体は第参番。
傾国の妖姫の名を冠している《傾世鏖魔性魂母前》だ。
そしてもう一体は七つの邪悪の首領。始まりの千年我霊だった。
その怪異名は、とある女神の名前だった。
死の国の主にして国産みの女神である。
しかしながら、あの我霊は男性だった。
女神の名を冠するのは不自然だと言わざるを得ない。
だが、杠葉はこう思う。
あの恐ろしいほどの美貌である。
名付けた者が女性であると誤認してもおかしくはない、と。
恐らく、あの我霊こそが――。
(これは……)
冷水を浴びながら、杠葉は嘆息した。
(真刃にも話さないと)
今回の第陸番の襲撃を凌ぎ、また討伐できたとしても。
そうなれば、他の千年我霊から注目を浴びることは避けられない。
いずれは第参番。
そしてあの男とも対峙することになるだろう。
(天堂院九紗なら喜びそうな状況ね)
因縁深き、妄執の魔王。
その娘の一人を真刃は妻に娶ろうと決めている。
あの男が真刃の義父になるということだ。
(そっちも問題だわ)
シャワーを止めて、杠葉はかぶりを振った。
天堂院九紗の娘。陸妃の六炉のことは嫌いではない。
本当に魔王の娘なのかと疑いたくなるほど無垢で優しい娘だ。
真刃も彼女のことをとても大切にしている。
しかし、因縁深さを鑑みると気が重くなるのは仕方がないことだった。
まあ、因縁において自分が言うのもいかがなものかだが。
(私は零妃)
杠葉は濡れた裸体のまま、胸元に片手を当てた。
(もう火緋神の長でもない。真刃のために生きる女よ。真刃の敵は私が倒す)
それが妄執の魔王であっても。
千年我霊であってもだ。
心も、体も、魂も。
すべてはただ真刃のために。
そのためだけに生き長らえることを決めたのだ。
「まあ、だけど」
杠葉はシャワールームを出た。
「私は一人じゃない。他の妃たちを鍛え上げるのも急務よね」
そう呟いて、タオルで髪を拭くのであった。
◆
一方。
前日の夕刻のこと。
とあるホテル。散策から戻った魂母前を出迎えたのは、白い紳士服を着た黄金の髪を冠のように結いだ女性――エリーゼだった。
「お帰りなさいませ。魂母前さま」
ドアを開き、恭しく頭を垂れるエリーゼ。
「あら。お迎えありがとう。エリーちゃん」
日傘を畳んで、魔女のような黒い衣装に身を包んだ魂母前はスイートルームに入る。
この部屋はホテルの最上階。
その気になれば十人は休める大きな部屋だった。
「散策はいかかでしたか?」
エリーゼがそう問うと、
「……ふふ」
魂母前は意味深に笑った。
「とても懐かしい気配にあったわ。もしかしたら、凄く面白いことになるかも」
「まあ、そうなのですか」エリーゼはポンと柏手を打った。
「それは是非ともお聞きしたいですわ。実は魂母前さまがご不在の間にこちらでも大きな変化がございました」
「あら? 何かしら?」
エリーゼと並んで歩きながら、魂母前が尋ねると、
「あっ! タマちゃんだ!」
不意にそんな声を掛けられた。
魂母前が「あら」と視線を向けると、そこには――。
「ターマちゃんっ!」
魂母前に抱き着く影がいた。
「まあまあ!」
魂母前はその影を抱きしめ返した。
その影は小柄な少女だった。
黒いゴシックロリータドレスを纏う鋼鉄の鬼面を被った人物である。
「久しぶりね。U」
「うん。久しぶり。タマちゃん」
口元に笑みを浮かべて鬼面の少女――Uは言う。
「いやはや」
その時、こちらに近づきながら声を掛ける者がいた。
左目には片眼鏡。天を突く口髭が印象的な四十代半ばの紳士。
――《恒河沙剣刃餓者髑髏》である。
「つい先程、彼女も到着されたのですよ」
そう告げる。
「うん。そだよ」
Uが頷く。
「折角の髑髏さんのお誘いだしね。けど、酷いよね」
魂母前から離れてUはスマホを取り出した。
「結局、髑髏さんのお誘いに応じたのってタマちゃんとUだけだよね。そもそも七人中、三人が海外に遠征中って何なのさ」
と、少し憤慨した様子で言う。
「まあ、そのようなタイミングもあるでしょう」
餓者髑髏が困ったように髭を撫でて告げる。
「吾輩もよく海外には赴きますからな」
「そりゃあUも旅行はするけど、タイミング悪すぎ。それに――」
Uは魂母前の顔を見上げた。
「祭神さまは国内にいるんでしょう? 来ないの?」
「あの方は……」
魂母前は困ったように頬に片手を添えて。
「あの方で愉しまれておられるようですね。何でも今は興味深い試行をされておられるとか。今回は『餓者よ、許せ』と仰ってました」
そう告げる。
対し、Uは呆れたように腰に手を当てて「む~ん……」と呻いた。
「祭神さま、いい加減スマホ持ってよ。《天座会》のグルチャでも祭神さまだけいないし。直の連絡のやり取りだと、タマちゃん経由か未だ式神だし」
「あの方が興味を持たれるのは人の心の在り様だけですからな」
餓者髑髏が言う。
「人の技術の進歩は、いかに進化しようとも些事に過ぎぬのでしょうな」
いずれにせよ、と続ける。
「これで配役も揃いました。吾輩としてはいかな舞台に仕上げるか、腕の見せ所ですな」
「ふふ。そうね」
魂母前は微笑む。
「今回の主演はあなたよ。期待しているわ。ガー君」
「Uもだよ」
Uもまた微笑を零している。
「男性陣は薄情だったけど、こうして天の七座の美女たちは揃い踏みなんだから、綺羅綺羅なところ見せてね。髑髏さん」
「フハハ。これは緊張する」
言って、餓者髑髏は大仰に頭を垂れた。
そうして、
「ふふ。では吾輩の舞台をお二人には存分に愉しんで頂きましょうか」
そう告げるのであった。
因縁深き、魔が集う。
それが運命にどう影響していくのか、誰も知る由もなかった。
第10部〈了〉
読者のみなさま!
本作を第10部まで読んでいただき、誠にありがとうございます!
しかし、第10部は短編集的な感じで書いてましたが、何だかんだで第11部以降のストーリーに関わる重要なキャラが出て来ました(;´Д`)
髭のおっさんに合流した人とか、ボス級の敵が行列で出番待ちしている中で、ラスボスさんが登場してしまいました。いつかは出すつもりでしたが、まさか短編で出てくるとは作者も考えていませんでした。しかも怪異名ももうほとんど開示していますし(-_-;)
第11部はめっさ長編になりそうな気がします。前後構成か、下手したら三部構成かも……。
まあ、まだ全然未定なんですけど(笑)
しばらくは更新が止まりますが、第10部以降も基本的に別作品との執筆のローテーションを組んで続けたいと考えております。
少しでも面白いな、続きを読んでみたいなと思って下さった方々!
感想やブクマ、『★』評価で応援していただけると、とても嬉しいです!
読んでくださった証でPVが増えていくことは嬉しいですが、やはりブクマや『★』評価は特に大きな活力になります! もちろん、レビューも大歓迎です!
作者は大喜びします! 大いに執筆の励みになります!
感想はほとんど返信が出来ていなくて申し訳ありませんが、ちゃんと読ませて頂き、創作の参考と励みになっております!
今後とも本作にお付き合いしていただけるよう頑張っていきますので、これからも何卒よろしくお願いいたします!m(__)m
最後に他作品の宣伝を!
どちらも『骸鬼王』並みの400話越えの連載作品なのですが、この文字数になってしまうとフォロワーも『★』評価もどうにも増えにくいことが中々に堪えます(-_-;)
よろしければ、それぞれ第1部だけでも興味を持っていただけたら嬉しいです!
何卒よろしくお願いいたします!m(__)m
『クライン工房へようこそ!』第17部まで完結!
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『悪竜の騎士とゴーレム姫』第15部まで完結!
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そして新作も投稿しております!
もしよろしければ、こちらも読んで頂けると嬉しいです!
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