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【第12部まで完結】骸鬼王と、幸福の花嫁たち  作者: 雨宮ソウスケ
第10部 『乙女たちの日々』

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陸妃/雪幻に温もりを②

 それは昼過ぎのこと。

 フォスター邸のリビングにて。

 遅い起床をした六炉は寝ぼけまなこのまま、その部屋に来た。

 時間的に、エルナたちは全員学校のはずだ。

 真刃も仕事で出掛けているかもしれない。

 しかし、芽衣か執事の山岡はいるはずだった。


 ……くゥ。

 お腹がすいていた。

 芽衣に頼めば何か作ってくれると思ってリビングに来たのだ。

 すると、そこには確かに芽衣がいたのだが……。


 ――スゥ、スゥ。

 珍しくソファーに座って眠りこけていた。

 ボリュームのあるふわりとした長い栗色の髪に、タートルネックの白いボーダーシャツと黒いロングスカートを履いた美女――近衛隊隊長の芽衣だ。

 強欲都市(グリード)にいた頃の彼女は、ピンク色のベビードールドレスを好んで着ていたが、本来の芽衣はこういったゆったりとした服の方が好みだと六炉は聞いていた。

 強欲都市(グリード)では容姿に合わせたキャラ作りをしていたらしい。


 ともあれ、六炉は悩んだ。

 芽衣は気持ちよさそうに眠っている。

 自由奔放すぎる六炉と違って、芽衣はこの家に来てから家事全般を引き受けていた。

 そのため、疲れているのかもしれない。

 そんな彼女を自分の都合で起こすのは可哀そうだと思った。

 ――が、


「………う」


 眠っている芽衣が不意に眉をひそめた。

 そして強く自分のスカートを握ると、首を軽く仰け反らせた。


「……あ、んっ……」


 呼吸も徐々に早くなってくる。

 悪夢でも見ているのか、微かに肌が火照っている。

 時折身じろぎもして、熱の籠った吐息を何度も零していた。

 逆に喉を鳴らすこともある。


「芽衣? 大丈夫?」


 流石に心配になって六炉が肩を揺さぶると、芽衣の首が大きく傾いた。

 その時、気付く。

 タートルネックに隠されていた芽衣の首筋に少し充血した痕があることに。

 すると、


 ――パチリ、と。

 不意に芽衣が目を開けた。


「……え?」


 芽衣がパチパチと目を瞬かせた。

 六炉と視線が重なると、みるみる顔を真っ赤にさせて、


「――ひゃああっ!?」


 ソファーの上から跳ね上がった。

 が、直後にビクンっと全身を震わせて、目の前のローテーブルに両手をついた。


「ふ、ふはあ……」


 そのまま四つん這いのような姿勢になるが、何故かその姿勢から動かない。

 テーブルに手をついたまま、プルプルと両膝を震わせるだけだった。

 芽衣の顔が強張った。

 それが数秒ほど続いた。

 そして少し涙目で六炉の方に顔を向けると、


「ご、ごめん、ムロちゃん。ウチこれ以上動かれへん。手伝って……」


 そう懇願して来た。

 六炉はよく分からなかったが、芽衣が必死なのは分かったので手伝った。

 彼女の身体を起こしてソファーに座らせた。


「……ゆ、油断してた……」


 ソファーに座って、どうにか人心地ついた芽衣が言う。


「急に動いたら絶対アカンって気ィつけとったのに……」


「どうしたの?」


 隣に座った六炉が心配そうに芽衣の顔を覗き込んだ。


「体の調子が悪いの?」


「いや、悪いと言ったら悪いとは思うんだけど……」


 芽衣は少し目を泳がせた。

 が、ややあって「……うん」と意を決し、


「……ウチね。昨夜、『伍妃』になったの」


「………え?」


 六炉が目を瞬かせた。

 芽衣は視線を逸らした。その横顔は真っ赤だった。


「えっとね、ウチの都合で《魂結び(ソウルスナッチ)》の方はまだで近衛隊の隊長さんも兼任だけど、昨夜ね。正式にね。正真正銘シィくんの女になったんよ」


 一拍の間。


「…………え」


 六炉は目を見開いた。


「め、芽衣? それって真刃とエッチしたの……?」


「……そ、それは……」


 六炉の指摘に、芽衣は「うぐゥ」と言葉を詰まらせた。

 そして真っ赤になった顔で視線を逸らして人差し指を噛んだ。

 それはあまりにも雄弁な仕草だった。

 六炉は唖然としていた。唐突だったということもあるが、それ以上に自分が強くショックを受けていることに茫然とした。


 言葉もなく、六炉はふらりと立ち上がった。

 そのまま、ふらふらとリビングの出口に向かって歩き出す。


「あ、ちょ、ちょっと待って! ムロちゃん!」


 芽衣も立ち上がって六炉の後を追おうとするが、またしても、ビキッと衝撃を受けてローテーブルに両手をつくことになった。


「うわわっ!? ちょっと待って! ムロちゃん! ガチで待って!? ウチっていま小鹿並みの機動力しかないんよ!?」


 再び両膝をプルプルと震わせる芽衣。

 しかし、六炉には聞こえていない。

 ふらふらとリビングを出て、そのまま自室へと戻った。

 そしてベッドの上に身を投げ出すと、


「…………」


 無言のまま、全く動かなくなった。

 ショックだった。

 寵愛権は持っていてもまだ妃でもなかった芽衣に先を越されたこと。

 実は、それ自体にはほとんどショックを受けていない。

 ショックを受けたのは別のことである。

 芽衣とは一緒にこの家にやって来た。

 立場、スタートライン、すべてが同じだと言える相手だった。

 だというのに――。


(……ムロは)


 六炉がショックを受けたこと。

 それは、芽衣は愛されたのに、自分は愛されていないという事実だった。



『雪妖から譲り受けた貴様の美貌は、これより数多の男を狂わせることになるだろう。だが、貴様がそれらの男と共に生きることはない。貴様は孤独なのだ』



 幼き日に出会った古妖の言葉が蘇る。



『化け物に化け物と呼ばれる人間! 哀れだね! 強すぎる君は一人ぼっちの怪物だ!』



 強欲都市(グリード)で遭遇した名付き我霊(ネームドエゴス)の言葉もだ。

 そんな言葉に怯えて、彼女は自分を愛してくれる人を探した。

 自分を受け止めてくれるほどに強い人を求めた。

 そうしてようやく真刃に出逢えた。

 真刃は間違いなく自分よりも強い。けれど、それは六炉を愛してくれることに直結する話ではないと、今さらながら気付いてしまった。


 やはり、自分のような怪物は愛してもらえないのだろうか。

 芽衣は愛されて、自分は愛されないのはそういうことではないのだろうか。


 そんな考えが頭から離れなかった。


(……ムロは)


 努力を怠っていた。

 自分には芽衣のような万能なスキルはない。

 それを理由にして諦めていた。

 自堕落に生きるだけの怪物女が愛されるはずもないのに。

 だから、


「……このままじゃダメ……」


 六炉は、決意と共に立ち上がった。



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